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病毒の王  作者: 水木あおい
2章

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年下の可愛い子


「――ほら、着たぞ。これでいいんだろう、これで!」


 やけくそ気味に叫ぶレベッカ。


 色が褪せてボロボロになっていた生地が、新品になった事以外、デザインなどは変わっていない。

 フリルの付いたシャツに、三段のフリルスカート。共に黒で、フリフリ可愛いゴシックな印象だ。



「うん、すごく綺麗になったよ! 可愛い!」



 長い銀髪と、赤い瞳、それに繊細な細工の銀のティアラと相まって、人形のような非現実的な美しさがある。


「そ、そうか?」

 少し頬を赤らめる様も可愛い。


「本当に。抱きしめていーい?」


「拒否する」


「――サマルカンド」


 すっと手を上げ……ようとしたら、その手は、リズの手に抑え込まれた。


 振り向くと、ジト目のリズ。



「マスター? さすがに一日に二度もあんな馬鹿な真似したら、私も怒りますよ」



「はーい……」


「サマルカンドも。血の契約があっても、言うべき事はちゃんと言って下さいね。それが正しい臣下ってものです」


「……は。しかし、私は一度刃を向けた身です」


「それは、自分で考えずに不当な命令に従った結果でしょう。そしてあなたは自分で考えて、命令拒否という決断を下した。出来ないとは言わせません」


「は……」

 サマルカンドが頭を垂れる。


「ハーケンも。こんな茶番に付き合わなくていいんですよ?」


「何。茶番なればこそ。いや、こうも最高幹部の階級と権限を馬鹿らしく使えるとは、我が主殿はなかなかに逸材であるな」


 リズが額を押さえた。


「でもレベッカ、そんなに嫌だった? リズが作ってくれる服は、質もいいよ? ……思い入れとか、あった?」


「服に不満はない。思い入れがなかったとは言わないが、かなり古くなっていたのは確かだし、これの方がデザイン同じで質はいいしな……」


 ちょい、とシャツの襟をつまむレベッカ。


「だが、私が拒否したのは、それが理不尽な命令であったからだ。それが、立場をかさに着てのものだったからだ」


 赤い瞳が、私を睨む。


「私は、そういうのが嫌いだ」


「そっか。ごめんね?」

「分かればいい」



「慣れてね」



「……おい、待て。改めるつもりはないのか?」


「私これでも最高幹部だから」


「……リズ」

「ごめんなさいレベッカ。あまりにも目に余るようだと止めますから……」


 リズがすまなさそうに言う。


「私がメイド服着てメイドやってるのもそういう事情ですから……」


「そうなのか? 確かになんであの、"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"がメイドやってるのかと思ったが……護衛の隠れ蓑じゃないのか?」


「半分はそうなんですけど、半分はマスターの趣味です。信じられます? この人、陛下に欲しい物を聞かれて、こう答えたんですよ」


 リズが、ちらりと私を見る。



「――『メイドさん付きの屋敷を下さい』って」



「何を言ってるんだお前は。……それにメイドが、そんなに珍しいか?」


「割と憧れだよ? ……私、ここじゃない世界から、来たから」


「あ……」

 レベッカが、まずい事を言ったという表情になる。


「せめて、そんなものでも、欲しかったんだ」


 リズが、一歩前に出た。


「レベッカ。無理は承知でお願いします。……多少のワガママは、認めてやっていただけませんか。家族も友人も、馴染みの相手が誰一人いない所で、今のような、厳しい立場の重責を担っておられるのです」


「そんなに言われると照れるよ、リズ」


「……こいつが本当にそんな繊細か?」

「そう言われると、私もちょっと自信ありませんが」


「リズ。そこは最後まで頑張って」


「……とりあえず、この服はありがたく受け取っておく」

「うん。そうして」


 微笑んだ。


「似合ってるよ、レベッカ」


「……そうか」




「次は何着せようかなあ」


 自室で呟いたら、リズが私をじろりと軽く睨んだ。


「念のために言っておきますが、彼女は得難い人材です。あまり怒らせないように」

「もちろん。私の可愛い部下だもの。ちゃんと大切にするよ」



「……随分とお気に入りですね」



「リズも可愛いよ?」


「……そういう事じゃなくてですね……」

 そう言いつつ、少し頬を赤らめるリズ。


「何か、理由でもおありで?」


 理由は、あった。


「私さ、妹がいるんだ」


 そう言ったところで、目を伏せる。


「……初めてお聞きしました」


 妹が、いる。

 それだけは……それだけは、確かだ。


 けれど。


「……名前、思い出せないんだ。自分のだけじゃなくて、あんなに可愛がってた事は分かる妹の名前さえ……分からない」


 それが、私だ。

 この世界に来た時、私は沢山のものをなくした。


 その一つが、年の離れた可愛い妹だ。


 向こうで私は、どうなっているだろう。

 行方不明という事になっているのだろうか。

 両親は健在だから、妹の生活がすぐにどうこうという事はないはずだ。


 けれど。


 もう、私はあの子と会えないし、あの子は私と、会えないのだ。


 それに、もしも会えたとして……どの面下げて会えるだろう。

 私はもう、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。


 私が攻撃を命令した対象には、彼女のような年端のいかない子も、多く含まれるのだ。


 非道の悪鬼。

 人類の怨敵。


 その称号は、決して伊達でも、理由のないものでもない。


「だから、ね。ちょっと……懐かしくてさ」

「マスター……」


 リズが、そっと手のひらに触れる。

 いたわるような彼女の微笑みに微笑みを返し、触れてくれた彼女の手を捕まえて、そっと握った。



「普通に年下の可愛い子が好きというのもある」



「一瞬じーんとしたのを返してくれますか」

「無形物の返品は承っておりません」


 ちなみにリズはダークエルフなので年上なのだけど、私の中では年下の可愛い子に分類されている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 六軍のストッパー・リズ。さすがに2度目はNG。 でも基本的にマスターに甘いのですね。 重責がうんぬん言ってますが、楽しそうなマスターを見るのが好きなんだろうな。 ハーケンのスタンスイイね…
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