年下の可愛い子
「――ほら、着たぞ。これでいいんだろう、これで!」
やけくそ気味に叫ぶレベッカ。
色が褪せてボロボロになっていた生地が、新品になった事以外、デザインなどは変わっていない。
フリルの付いたシャツに、三段のフリルスカート。共に黒で、フリフリ可愛いゴシックな印象だ。
「うん、すごく綺麗になったよ! 可愛い!」
長い銀髪と、赤い瞳、それに繊細な細工の銀のティアラと相まって、人形のような非現実的な美しさがある。
「そ、そうか?」
少し頬を赤らめる様も可愛い。
「本当に。抱きしめていーい?」
「拒否する」
「――サマルカンド」
すっと手を上げ……ようとしたら、その手は、リズの手に抑え込まれた。
振り向くと、ジト目のリズ。
「マスター? さすがに一日に二度もあんな馬鹿な真似したら、私も怒りますよ」
「はーい……」
「サマルカンドも。血の契約があっても、言うべき事はちゃんと言って下さいね。それが正しい臣下ってものです」
「……は。しかし、私は一度刃を向けた身です」
「それは、自分で考えずに不当な命令に従った結果でしょう。そしてあなたは自分で考えて、命令拒否という決断を下した。出来ないとは言わせません」
「は……」
サマルカンドが頭を垂れる。
「ハーケンも。こんな茶番に付き合わなくていいんですよ?」
「何。茶番なればこそ。いや、こうも最高幹部の階級と権限を馬鹿らしく使えるとは、我が主殿はなかなかに逸材であるな」
リズが額を押さえた。
「でもレベッカ、そんなに嫌だった? リズが作ってくれる服は、質もいいよ? ……思い入れとか、あった?」
「服に不満はない。思い入れがなかったとは言わないが、かなり古くなっていたのは確かだし、これの方がデザイン同じで質はいいしな……」
ちょい、とシャツの襟をつまむレベッカ。
「だが、私が拒否したのは、それが理不尽な命令であったからだ。それが、立場をかさに着てのものだったからだ」
赤い瞳が、私を睨む。
「私は、そういうのが嫌いだ」
「そっか。ごめんね?」
「分かればいい」
「慣れてね」
「……おい、待て。改めるつもりはないのか?」
「私これでも最高幹部だから」
「……リズ」
「ごめんなさいレベッカ。あまりにも目に余るようだと止めますから……」
リズがすまなさそうに言う。
「私がメイド服着てメイドやってるのもそういう事情ですから……」
「そうなのか? 確かになんであの、"薄暗がりの刃"がメイドやってるのかと思ったが……護衛の隠れ蓑じゃないのか?」
「半分はそうなんですけど、半分はマスターの趣味です。信じられます? この人、陛下に欲しい物を聞かれて、こう答えたんですよ」
リズが、ちらりと私を見る。
「――『メイドさん付きの屋敷を下さい』って」
「何を言ってるんだお前は。……それにメイドが、そんなに珍しいか?」
「割と憧れだよ? ……私、ここじゃない世界から、来たから」
「あ……」
レベッカが、まずい事を言ったという表情になる。
「せめて、そんなものでも、欲しかったんだ」
リズが、一歩前に出た。
「レベッカ。無理は承知でお願いします。……多少のワガママは、認めてやっていただけませんか。家族も友人も、馴染みの相手が誰一人いない所で、今のような、厳しい立場の重責を担っておられるのです」
「そんなに言われると照れるよ、リズ」
「……こいつが本当にそんな繊細か?」
「そう言われると、私もちょっと自信ありませんが」
「リズ。そこは最後まで頑張って」
「……とりあえず、この服はありがたく受け取っておく」
「うん。そうして」
微笑んだ。
「似合ってるよ、レベッカ」
「……そうか」
「次は何着せようかなあ」
自室で呟いたら、リズが私をじろりと軽く睨んだ。
「念のために言っておきますが、彼女は得難い人材です。あまり怒らせないように」
「もちろん。私の可愛い部下だもの。ちゃんと大切にするよ」
「……随分とお気に入りですね」
「リズも可愛いよ?」
「……そういう事じゃなくてですね……」
そう言いつつ、少し頬を赤らめるリズ。
「何か、理由でもおありで?」
理由は、あった。
「私さ、妹がいるんだ」
そう言ったところで、目を伏せる。
「……初めてお聞きしました」
妹が、いる。
それだけは……それだけは、確かだ。
けれど。
「……名前、思い出せないんだ。自分のだけじゃなくて、あんなに可愛がってた事は分かる妹の名前さえ……分からない」
それが、私だ。
この世界に来た時、私は沢山のものをなくした。
その一つが、年の離れた可愛い妹だ。
向こうで私は、どうなっているだろう。
行方不明という事になっているのだろうか。
両親は健在だから、妹の生活がすぐにどうこうという事はないはずだ。
けれど。
もう、私はあの子と会えないし、あの子は私と、会えないのだ。
それに、もしも会えたとして……どの面下げて会えるだろう。
私はもう、"病毒の王"。
私が攻撃を命令した対象には、彼女のような年端のいかない子も、多く含まれるのだ。
非道の悪鬼。
人類の怨敵。
その称号は、決して伊達でも、理由のないものでもない。
「だから、ね。ちょっと……懐かしくてさ」
「マスター……」
リズが、そっと手のひらに触れる。
いたわるような彼女の微笑みに微笑みを返し、触れてくれた彼女の手を捕まえて、そっと握った。
「普通に年下の可愛い子が好きというのもある」
「一瞬じーんとしたのを返してくれますか」
「無形物の返品は承っておりません」
ちなみにリズはダークエルフなので年上なのだけど、私の中では年下の可愛い子に分類されている。




