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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
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サマルカンドと序列の話


 レベッカが着任した日の夜。


 私は、サマルカンドを部屋に呼んだ。


「サマルカンド。……そのー、ありていに言えば、組織内の序列の話なんだけどね?」


「はい」


 サマルカンドがひざまずき、恭しく頭を垂れる。


「分かっております。私は現在序列第三位を頂いております。しかし、レベッカ様は死霊軍よりの派遣であり、また、不死生物(アンデッド)を中心とする暗殺班、及び、今後増員されるであろう護衛班の底上げを担う人材です。人格的にも指揮官向き。ゆえに、我が主の第一位、副官であるリズ様の第二位の次、第三位が適当でしょう。私は――第四位でしょうか、それとも、第五位でしょうか。それ以下でも、主の命ならば全てに頷きましょう」


 言いたい事を、全部言ってくれた。


「……うん。序列第四位を考えている。公的な発言権がわずかに低下するだけで、待遇に変化はない。護衛班として勤めてもらう事にも変わりはない」


 言いにくい事も、全部言ってくれた。


 彼は、割と特殊な事情でうちに来た。


 私を暗殺しに来たのだ。

 しかし、彼が最終的にそれを拒否した事で、私は生き延びた。


 ゆえに護衛班を新設。一人きりの護衛だったリズの下に置いた。

 上位悪魔(グレーターデーモン)であり――それが護衛向きでないとしても――戦闘能力も折り紙付き。

 それゆえの、『序列第三位』。


 前回の、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"的には一番ピンチだった襲撃時にも、敵わぬまでも時間を稼いだ。


 文字通り、自らの全てを、盾にして。


 そんな彼に、編成上の事情とはいえ、降格を言い渡すのは、気が重い。


「それでいいか?」


「全てに頷く、と言いました。――しかし、一つだけ発言をお許し下さい」


「一つと言わず。好きに言ってくれ」


「我が主に授けられた序列は、我が誇り。なれど、我が主に仕えるための肩書きであり、その数字や順列は些細な事。――ただ、変わらぬ信頼をたまわりますよう」


「……それはもちろんだけど……?」


 たまわる、という言葉は日常使いするべき言葉ではない、とだけは言いたい。



「その言葉だけで、十分でございます。以後、序列第四位として変わらぬ忠誠を捧げましょう」



「ありがとう、サマルカンド」


 デリケートなお仕事が終わって、ほっとする。


「お体にはお気を付け下さい。お命への危険は、我が身を盾としましょう」


「あのー、自分の体にも気を付けてね?」


「それはもちろんです。我が主の盾になれず死ぬような事は許されぬ事」


「……ねえ。私が最初に部下だと言った時の事、覚えてる?」


「はい。『お前は、私の『部下』だ。間違えるな。『道具』じゃない』と」


 多分、この黒山羊さんの事だから、一字一句間違いないのだろう。


「だったら……」


「失礼ながら、我が主は自らの価値を低く見積もりすぎでございます」


 サマルカンドが、ゆるゆると首を横に振った。


「私は部下として貴方にお仕えし、いざという時は貴方の盾となれる事が、幸福だと信じております」


「洗脳されたり……してないよね?」


 いつものサマルカンドではあるのだが、いつも通り言葉の一つ一つが重すぎて、たまに不安になる。


「その質問に意味はありませぬな。もし洗脳されていれば、素直に洗脳されているなどと言いますまい。――しかし、あえて言いましょう。我が忠誠心を上書き出来る精神魔法など、存在しないと」


「頼もしい事だね」


「至上の喜び」


 重い。


 好意を向けられる事は、嬉しいのだ。


 私は魔王軍最高幹部。つまり、相当高い地位にある。

 上には陛下一人。隣には同じ最高幹部五人。

 そして私の下には、部下がいる。


 サマルカンドはその一人だ。

 その中でも、私の命を狙いに来て、そのまま私と"血の契約"にてかなりブラック寄りの雇用契約を結んだという、特殊な立ち位置。


 彼の信頼の重さは、すなわち私の立場の重さだ。


 だから、サマルカンドに、ほとんど無条件に思えるほどの、絶対的な信頼を向けられる度に。

 ……私は、その感情を向けられるに足る存在なのだろうかと、思ってしまう。


「なあ、サマルカンド」

「はい、我が主」


 開こうとした口が、止まった。


 聞きたかった。

 『私は、いい主か?』と。


 聞きたかった。

 『はい、その通りでございます』と。


 この黒山羊さんは、きっと私の望む答えをくれる。



「いや、なんでもない。――努力しよう。お前の忠誠に足る主であれるように」



 だから、きっと、甘えてはいけないのだ。


「はい、我が主。微力なれど、その力となりましょう」


 この黒山羊さんは、私の事を信じてくれている。

 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を、殺しに来て、それでもやめてくれて。


 言ってしまえば、可能性を信じてくれた。

 自分の命さえ、懸けて。


「サマルカンド。これからも、よろしく頼む」


 この信頼は、盲目的なものではない。



「はい、我が主。私の全てを懸けて、そのお言葉を真実と致しましょう」



 ただちょっと、あまりにも使う言葉が重すぎて、カウンセリングとか勧めてみるべきだろうかと、不安になるだけだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 部下に降格宣告をする中間管理職感。 本社付きのおえらいさんが出向してきた感じ? そのままか? [一言] 「いやさ親分あっしの頭のとっぺんからけつのさきまでアンタのもんです、このサマ蔵の命す…
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