サマルカンドと序列の話
レベッカが着任した日の夜。
私は、サマルカンドを部屋に呼んだ。
「サマルカンド。……そのー、ありていに言えば、組織内の序列の話なんだけどね?」
「はい」
サマルカンドがひざまずき、恭しく頭を垂れる。
「分かっております。私は現在序列第三位を頂いております。しかし、レベッカ様は死霊軍よりの派遣であり、また、不死生物を中心とする暗殺班、及び、今後増員されるであろう護衛班の底上げを担う人材です。人格的にも指揮官向き。ゆえに、我が主の第一位、副官であるリズ様の第二位の次、第三位が適当でしょう。私は――第四位でしょうか、それとも、第五位でしょうか。それ以下でも、主の命ならば全てに頷きましょう」
言いたい事を、全部言ってくれた。
「……うん。序列第四位を考えている。公的な発言権がわずかに低下するだけで、待遇に変化はない。護衛班として勤めてもらう事にも変わりはない」
言いにくい事も、全部言ってくれた。
彼は、割と特殊な事情でうちに来た。
私を暗殺しに来たのだ。
しかし、彼が最終的にそれを拒否した事で、私は生き延びた。
ゆえに護衛班を新設。一人きりの護衛だったリズの下に置いた。
上位悪魔であり――それが護衛向きでないとしても――戦闘能力も折り紙付き。
それゆえの、『序列第三位』。
前回の、"病毒の王"的には一番ピンチだった襲撃時にも、敵わぬまでも時間を稼いだ。
文字通り、自らの全てを、盾にして。
そんな彼に、編成上の事情とはいえ、降格を言い渡すのは、気が重い。
「それでいいか?」
「全てに頷く、と言いました。――しかし、一つだけ発言をお許し下さい」
「一つと言わず。好きに言ってくれ」
「我が主に授けられた序列は、我が誇り。なれど、我が主に仕えるための肩書きであり、その数字や順列は些細な事。――ただ、変わらぬ信頼をたまわりますよう」
「……それはもちろんだけど……?」
たまわる、という言葉は日常使いするべき言葉ではない、とだけは言いたい。
「その言葉だけで、十分でございます。以後、序列第四位として変わらぬ忠誠を捧げましょう」
「ありがとう、サマルカンド」
デリケートなお仕事が終わって、ほっとする。
「お体にはお気を付け下さい。お命への危険は、我が身を盾としましょう」
「あのー、自分の体にも気を付けてね?」
「それはもちろんです。我が主の盾になれず死ぬような事は許されぬ事」
「……ねえ。私が最初に部下だと言った時の事、覚えてる?」
「はい。『お前は、私の『部下』だ。間違えるな。『道具』じゃない』と」
多分、この黒山羊さんの事だから、一字一句間違いないのだろう。
「だったら……」
「失礼ながら、我が主は自らの価値を低く見積もりすぎでございます」
サマルカンドが、ゆるゆると首を横に振った。
「私は部下として貴方にお仕えし、いざという時は貴方の盾となれる事が、幸福だと信じております」
「洗脳されたり……してないよね?」
いつものサマルカンドではあるのだが、いつも通り言葉の一つ一つが重すぎて、たまに不安になる。
「その質問に意味はありませぬな。もし洗脳されていれば、素直に洗脳されているなどと言いますまい。――しかし、あえて言いましょう。我が忠誠心を上書き出来る精神魔法など、存在しないと」
「頼もしい事だね」
「至上の喜び」
重い。
好意を向けられる事は、嬉しいのだ。
私は魔王軍最高幹部。つまり、相当高い地位にある。
上には陛下一人。隣には同じ最高幹部五人。
そして私の下には、部下がいる。
サマルカンドはその一人だ。
その中でも、私の命を狙いに来て、そのまま私と"血の契約"にてかなりブラック寄りの雇用契約を結んだという、特殊な立ち位置。
彼の信頼の重さは、すなわち私の立場の重さだ。
だから、サマルカンドに、ほとんど無条件に思えるほどの、絶対的な信頼を向けられる度に。
……私は、その感情を向けられるに足る存在なのだろうかと、思ってしまう。
「なあ、サマルカンド」
「はい、我が主」
開こうとした口が、止まった。
聞きたかった。
『私は、いい主か?』と。
聞きたかった。
『はい、その通りでございます』と。
この黒山羊さんは、きっと私の望む答えをくれる。
「いや、なんでもない。――努力しよう。お前の忠誠に足る主であれるように」
だから、きっと、甘えてはいけないのだ。
「はい、我が主。微力なれど、その力となりましょう」
この黒山羊さんは、私の事を信じてくれている。
"病毒の王"を、殺しに来て、それでもやめてくれて。
言ってしまえば、可能性を信じてくれた。
自分の命さえ、懸けて。
「サマルカンド。これからも、よろしく頼む」
この信頼は、盲目的なものではない。
「はい、我が主。私の全てを懸けて、そのお言葉を真実と致しましょう」
ただちょっと、あまりにも使う言葉が重すぎて、カウンセリングとか勧めてみるべきだろうかと、不安になるだけだ。