追加の夫婦ルール
リズに愛をささやかれていた……と思ったら、「私の勝ちでいいんですよね?」と言われた。
何を言い出したのか分からず戸惑う私に、リズが噛んで含めるように説明する。
「二人で。向かい合って。距離は自由。交互に『愛してる』って言って、照れた方が負け」
「……あの、リズ?」
だんだんと、機能停止していた脳が動きを再開して、言っていることの意味が頭に染み込んでくる。
「先攻・後攻の決め方は教えられませんでしたので、先攻は頂きました」
そういえばこの娘、超の付く負けず嫌いだった。
私も負けず嫌いな方だと思っていたが、むしろリズに対しては負けることも、自分の無力さを思い知らされることも楽しいので、まったく問題ない。
「問題ありませんよね?」
問題はないのだが。
「なんで、初めて聞いたゲームのルールを一瞬で理解して、勝ちに来れるの……?」
私は、慣れないゲームに戸惑って、照れるリズが見たかったのに。
「これでも、元近衛師団所属の暗殺者ですから」
ドヤるリズも可愛い。
でも、多分関係ない。……ないよね?
『元』ではなく、今も現役で近衛師団所属のアサシンであるシノさんのことが気になった。
ルールへの対応速度は不明だが、彼女の顔色が変わる未来が見えない。
リズがちょっと目を細めた。
「誰のことを考えてるんですか。シノ先輩ですか」
「……その通りだけど。え、女の勘?」
私のものより高精度のものが搭載されている気がする。
「暗殺者ですから」
アサシン怖い。
浮気をする予定はないのだが、する時は殺される覚悟が必要そうだな……としみじみ。
「別に誰を思い浮かべてもいいんですよ。これはマスターの故郷ではただのゲームなんでしょう?」
「まあ……うん」
ゲームと言うより、ネタと言うべきかもしれないが。
「……でも、リストレアでは冗談で『愛してる』って言う文化はありませんから」
そう前置きして、リズが続けた。
「こういう危険なゲームは、私相手だけにしておいてください」
「……うん」
ティフェー村でのことがあったからか、彼女は時々、素直に独占欲を示してくれるようになった。
私達は誰の物でもない。……お互いを除いて。
「では、次はマスターの手番ですね」
「……うん?」
このメイドさんは何を言い出したのか。
「交互に『愛してる』と言うゲームなのでしょう?」
「え、でも、もう負けたから……」
そう言う私に、リズがにこっと笑った。
「何度やってもいいじゃないですか?」
それはそうかもしれないけど。
「それに私、このゲーム得意な気がしてきました」
……あ、勝ちに来てる。
にこーっと笑うリズの笑顔が好きな一方で、辱められる予感しかない。
「では、どうぞ」
じっと見つめてくるリズ。
高度な心理戦を仕掛けてきている。なんという手練れ。
しかし、それでも。
負けることさえ楽しいとしても、負けるつもりでいいはずがない。
「リズ」
「はい」
彼女の目をまっすぐに見つめる。
「愛してる」
「……私もです、よ」
リズが微笑んで、包み込んでいた手を半分だけ解放する。そのまま、もう片方の手をもう片方で掴まえて、軽く引き寄せてきた。
相変わらずリズの動きは綺麗だ。……何をされているか分からないが、結果として、両手の指と指とを交互に絡めて繋いだ状態で、身を寄せ合うように密着し……頬にキスされた。
「り、リズ?」
「私、マスターがまっすぐ目を見てくれるの好きですよ」
身体を密着させたまま、耳元に顔を寄せてくる。
金具でまとめて首元に下げた円盤に牙に小瓶、三種の護符がチャリ……と音を立てた。
これは、耳元で『愛してます』を言われる流れ……!?
なけなしのプライドを守るために、ぐっと気合いを入れて、リズの『愛してます』への対衝撃姿勢を取った。
耳にキスされて、その振動の後に、ささやき声の振動がやってきた。
「愛してるよ」
びくっ、と肩が震えた。
リズがゆっくり身を離し、私の顔を覗き込み……頬が赤いのを確認して、満足げに頷く。
「私の連勝ですね」
「異議あり……敬語なしはともかく、キスは反則だと思う」
「そうなんですか? 確かに私はルールの全てを把握していませんが」
実にわざとらしく、芝居がかった様子で言いながら、ぱっと両手を離すリズ。
「あ……」
「私は、こういうゲームはプレイヤー同士でルールを詰めて、ハウスルールを設けるのも、正しい遊び方だと思うんですよね」
リズの言っているゲーム観は正しい。
こういった交流ゲームでは、勝敗そのものより、仲良くなるのが重要。
リズが言った『愛してます』と『愛してるよ』は、基本ルールからするとグレーゾーンで、『愛してる』だけを言うのが一般的かもしれない。
しかし、言葉を足したり、言い変えたりした方が、遊びとしては幅が出る。
言いやすくしたつもりが、かえって気持ちがこもったりして……美味しい。そういうものだ。
リズが、そっと人差し指で私の唇に触れた。
「……反則だと言うなら、もうゲーム中にキスできませんね?」
そんな。
「わ、私の負けでいいから」
「魔王軍最高幹部、"第六軍"の長、"病毒の王"ともあろうお方が、戦わずして敗北を選ばれるなど。副官としてお諫めせざるを得ません」
しれっと言うリズの物言いは、あくまで非情だった。
「で、キスは『愛してるゲーム』において、反則ですか?」
「反則ではありません……」
「手を……繋ぐのは?」
リズが、開いた手の指先で私の指先に触れてくる。
「反則ではありません……」
「私もそれがいいと思います」
どちらからともなく、手が繋がれる。
お互いに距離を詰めると、ちょっと顔の角度をずらし、唇と唇を重ねて、くちづけた。
ほんのわずかの間とはいえ、お預けされてからのキスは……ほっとした。
舌先に舌先で触れ、相手の動きをなぞるようにして温もりを感じていると、頭の奥がじーんと痺れてくる。
……ずっとこうしていたいぐらいだったけれど、そういえば『愛してるゲーム』の最中だったと思い出した。キスしながらでは、『愛してる』を言えない。
少し名残惜しいながらも、口と口を離す。
リズも大人しくされるがままで、私はじっと金色の瞳を見つめた。
ゲームの文言だが、精一杯でありったけの気持ちを込めて告げる。
「リズ。愛してるよ」
「……いいゲームですね」
リズは照れていると言えるほどではないが、笑顔で頷く。
二戦目も負けたが、これは流れが来ているのではないか。
リズが手を伸ばして、クッションを一つソファーの肘掛けに立てかけた。
そのまま、軽く抱きしめてくれる。
いきなり本気で勝ちに来られた時は驚いたが、こんな風になんでもない時に何度も『愛してる』と言い合えるなら、彼女の言う通り、これは素晴らしいゲームだ。




