Another EX. 愛してるゲーム in ”第六軍”
※「Another EX」は、時系列順ではありません。
※「EX12. ニンジャの見つけ方」~「EX16. 退役の日 」のどこかです。
ある日の昼下がり。
私は、"第六軍"、序列第一位、魔王軍最高幹部、"病毒の王"としての立場を忘れ、談話室でリズと二人、読書などして穏やかな時間を過ごしていた。
ふと、本から顔を上げる。
隣のリズは、いつものメイド服だ。マフラーがふわふわと浮いているということは、今読んでいる本がいい所らしい。
肩のフリルから顎のライン、そしてピンと伸びた、ダークエルフ特有の笹の葉のような耳を目でなぞる。
ふわっ……と深紅のマフラーが落ち着いたところを見計らって、私は本を閉じてソファーに置いて、声をかけた。
「ねえ、リズ」
「はい。なんですか、マスター」
リズが本から顔を上げる。
私は、隣のリズへ向き直って聞いた。
「『愛してるゲーム』って、知ってる?」
「…………」
リズが、すっと目を細めた。
そして口を開く。
「知りませんが、マスターがろくでもないことをお考えなのは分かりました」
「否定はしないけど」
微笑んで受け流す。
素人なら今の一撃で戦闘不能の可能性すらある切れ味の鋭さだが、私はプロ。既に、定期的に味合わないと生存に支障が出るほどの必須栄養素だ。
「それでね」
「続けるんですね」
呆れたような声色にめげない心の強さも、我が最愛の嫁、リーズリット・フィニスに嫁入りするために必要な嫁入り道具のようなものだ。
籍を入れる時に記した名前、デイジー・"フィニス"の名前は伊達ではない。
「まず、基本的に二人でやる」
「はい」
「姿勢は自由だけど、基本的に向かい合うのが一般的。距離も自由。ただ、会話の必要があるから遠すぎず」
「……はい」
「それで、交互に『愛してる』って言って、照れた方が負け」
「誰が考えたんです、その頭の悪いゲーム」
「私でないことだけは確か。私の故郷に伝わる由緒正しいゲームです」
由緒正しいとか口では言いつつ、いつどこで生まれたかを、私は知らない。
ただ、私が地球で過ごしている時に耳にしたゲームだ。
「学校や職場で大人気。ちょっと気になるあの人の気持ちを、自然な流れで確かめられる、素敵なゲームだよ」
「そのうさんくさい説明は、ひとっかけらも信用できませんけど」
そこで、リズの耳が下がった。
「?」
「……マスター、したこと、あります?」
じっと、少しだけ高い位置にある私の目を見つめてくるリズ。
「――学校や職場で、ちょっと気になる人とか、いたんですか?」
リズの赤いマフラーがゆら……と微かに動いた。
「…………」
少しだけ、口元に手を当てて考える。
時々、過去を思い出す。
欠けてざらついた石の表面の感触を確かめるのが、滑らかな石を撫でるよりも、かえって癖になるように。
自分の記憶が壊れていることを確かめるだけだと分かっていて、それでも私は時々、故郷で過ごしていたことを――今の私が忘れてしまった名前を名乗っていた頃の自分を思い返す。
「いたよ。職場に、気になる人」
「……! そう、ですか。ですよね」
そっとリズの耳に手を伸ばして、軽く根元から先まで撫でた。
「部下でね」
「……はい」
「メイド服でね」
「はい?」
「……ダークエルフ」
「あの」
「……私が一番信頼した暗殺者さんのことが、気になってた」
リズのマフラーがぶわっと浮いた。
耳もぴんと立ち、私の指を弾く。
そして、顔を赤くしたリズが叫んだ。
「私が聞いたのは、マスターの故郷、こちらに来る前の話です! 文脈から分かるでしょう!?」
首をかしげてみせる。
「ぶん……みゃく……?」
「初めて聞いたような顔やめてくださいますか」
ジト目になるリズ。
「文脈からすると、今は夫婦の仲を深めるスキンシップ的なものを会話に求めても許されると思った」
「…………」
マフラーをふよふよさせるリズ。
「……それで? マスターの世界、本当に学校や職場でそんなゲームがされてたんですか?」
「……そういう学校や職場もあったかもしれないけど、私は知らない。やったことも、見たことすらない」
適当なことを言うか迷ったが、ここは、私の知る限りの真実を正直に伝えることにした。
「さっき大人気って」
「だって、学校や職場の人と、そんな向かい合って『愛してる』なんて普通は言えないよ。よっぽど仲良いグループが冗談でやるか、もうほとんど告白か、どっちかでしょ。常識的に考えて」
「――『常識的に考えて』って言葉は、使っていい人と使ってはいけない人がいて、マスターは使ってはいけない側だと思うんですよ」
「リストレアの常識もかなり学んだし、そろそろ大丈夫だと思うんだよね」
「そういう知識的な意味ではないんですよね……」
では、どういう意味なのかは……追及しないことにした。
今はもっと大事なことがある。
「それでね。恋愛物の告白シーンで『愛してる』って出てきて、そんなゲームがあったのを思い出したから、リズとやってみたい」
「これ、夫婦でやるものなんですか……?」
疑いの視線を向けてくるリズ。
彼女の言うことは、至極もっともだが。
「友達同士でやって意識する切っ掛けにしたり、友人以上恋人未満の仲を進展させるのが、一番美味しそうなシチュエーションのゲームだとは思うけど……」
そっとリズの手を取った。
「……でも、私は今、それを思い出して。好きな人とやってみたいと思ったんだ。……そういう風に誘ったら、ダメかな……?」
馬鹿なことを言っている自覚はある。
でも、ようやく手にした平和だ。――そんなことを言って笑い合える時間を、ようやく手にしたのだ。
ただ、それを差し引いても馬鹿なことをやっているのでは? という気もする。私はこう見えて常識人なので。
リズがため息をついた。
……やっぱりさすがに唐突すぎて、意味の分からないゲームだから、と断られるだろうか。
そう思ったのに。
「ダメなわけ、ないじゃないですか」
「……リズ」
リズの手に触れていた手が、ぎゅっと彼女の両手で包み込まれる。
透けている手指が、彼女の眩しいほど色の濃い褐色肌の手で覆い隠された。
「マスターが告白してくれた時は、まだ戦争中で。……恋人になってからも、お仕事、忙しくて。もちろんその間のことも大切ですけど。戦後も、やっぱり忙しくて。結婚してからも、そんなには変わらなくて」
結婚という形で繋ぎ止め、繋ぎ止められて、安心感のようなものはできた。
でも、それ以上ではない。具体的には、薬指に指輪をしているのと、クローゼットの衣装にウェディングドレスが加わったぐらいだろうか。
「毎日こんな風に穏やかに過ごせるだけでも、嬉しくて。……でも、突拍子もないことを言い出すあなたのことも」
リズが、包み込んでいた手を解放した。
……と思ったのは、手に掛かる力が弱くなったからだが、宙を舞う花びらをつかまえた時、重ねた手を少し開いて本当にそこにあるのか確認するようにされただけで、まだ離されていない。
そして私の手を引き寄せてきて、私はまったく抵抗できず、腰を浮かせるようにしてその動きに従った。
そのまま、すり……と、手の甲を頬に当ててほおずりされる。
顔を上げ、目と目が合うと……彼女は微笑んだ。
「――愛してます」
自分の顔が熱くなったのが分かる。
「わ、私も」
真っ白になった頭より先に、口が動いていた。
何を言えばいいのか分からず、それでも彼女の言葉にせめて何かを返したくて、言葉を探す私の手が、ぎゅっと握られる。
「……で、私の勝ちでいいんですよね?」
「……え?」
いったい、何を言い出したのか。




