求めていた真実
二人は、何事か目と目で会話した。
「おばあちゃん達は、"病毒の王"について何か知ってる?」
「知っていると言えば……よく知ってる」
「かなり詳しい方だと思いますよ」
二人共、それぞれ肯定した。
「本当? なんでもいいの。教えて」
「――レイチェルは、"病毒の王"について、『どこまで知ってる』の?」
彼女は、黒い瞳で私をじっと見つめた。
私は、一つ息を吸うと、ゆっくりと、しかし淀みなく話し始めた。
「種族、上位死霊。戦時中の活躍にて"戦争の英雄"と呼ばれた、建国歴四百十九年から四百三十一年にかけて、"第六軍"の序列第一位として魔王軍最高幹部を務めた軍人。バーゲストの調練手法の確立、相続問題を含めた戸籍制度の整備、種族・性別の規定の撤廃を中心とした婚姻制度の改革などを行い、自らも部下の女性ダークエルフと異種族間結婚をした。退役後の消息は不明……そんな所かな」
それぐらいは、頭に入っている。
それぐらいは、調べれば分かる。
「うん。それ以上、何を知りたいの?」
それ以上の事を、知りたかった。
「――あのひとがした事は『非道』で……『虐殺』だよ」
「……その通りだね」
デイジーおばあちゃんは、静かに頷いた。
「でも、分からなくなった。魔王陛下……レベッカ・スタグネット様に取材した時は……私、"病毒の王"なんていなかったんじゃないかって、思ってた」
「いなかった?」
「……プロパガンダで、ただの象徴で……お飾りだったんじゃないかって」
「あながち間違いでもないけど」
「陛下もそう言ってた」
戦中世代、特に軍人にとっては、それが当たり前の認識だったのかもしれない。
「近衛騎士のハーケンって人も、取材を受けてくれたの。信じられる? 『あの』"病毒の騎士団"の生き残りに、私、会ったんだよ」
「可愛い孫の言う事だもの、信じるよ。……なんて言うか、取材相手が凄いね」
「うん」
「ピンポイントと言うか」
ピンポイント?
よく分からない言葉は、流す事にした。
デイジーおばあちゃんだし。
「……後ね、"第五軍"の最高幹部さんにも取材したの」
「……サマルカンドに?」
彼女は、目を見開いた。
デイジーおばあちゃんの驚いた顔は珍しい。
私の知っている彼女は、余裕たっぷりで、ほとんどいつも笑顔だ。
リズおばあちゃんに怒られている時でさえ、妙に楽しそうにしている。
「そう。……もしかして、知り合い?」
「まあ……うん」
どことなく歯切れの悪いおばあちゃん。
「……"病毒の王"はもう……死んだって」
「死んだ? 公式には……退役後消息不明だよね?」
「うん。でも、そう聞いたの。お葬式に出たって。……イトリアの戦没者墓地に、お墓があるって」
多くの戦士達が、あの土地に眠っている。
本人の遺言や遺族の希望で、王都の墓地や、生まれ故郷に埋葬された者もいる。
けれど、それが叶わなかった者達も多い。
――骨さえも残らず死んだ者がいて、そして個人の判別など出来ぬような死体が、数限りなく出たのだから。
私達の先達は、生前の種族が分からぬ者達と、生前の種族が人間と分かる者達を、同じ土地に葬る事を選んだ。
それは、膨大な死体の処理を迫られた、現場の判断でもあったのだろう。
けれどその理由は、こう伝えられている。
恨みも憎しみも――その種族が滅んだ後にまで、持ち続けていては、いけないものだと。
あの戦場で、憎しみの連鎖は確かに断たれたのだ。
……『人間』という、一つの種族の絶滅をもって。
「……そんな事に」
私は、知った事を誰かに話したかったのだろう。かなりデリケートで、一般公開されていない情報まで口にしてしまって、様子を窺う。
彼女は、口元に手を当てて考え込んでいた。
私の視線に気付くと、デイジーおばあちゃんは微笑んだ。
「……"病毒の王"の事は、分かった?」
「分からなくなった。みんな――非道は否定しないの。全部作戦記録通りだって。公開情報通りだって。でも、みんな、何かを隠してる。誰かを……庇ってる」
最初は、死者の名誉なのかとも思った。
でも、どうしてだか、そうではない気がした。
完成像も分からないパズルを組み立てている気分だ。
「……レイチェルは、何を知りたかったの? 特ダネ? 大スクープ?」
頷いて――首を横に振る。
「最初はそういうのもあった。他には、使命感……って言うのかな。記者魂って言うか」
「うん。それは……変わった?」
私は、もう一度頷いた。
そして今度は、首を横に振らない。
「今はただ、知りたいの。私が生まれる前にこの国で、何があったのか。"病毒の王"が……どんなひとだったのか」
「……そうか。うん、よく調べたね」
「よく調べただけじゃダメなの。何か……何かを見逃してる。そんな気がするの」
けれど、それが分からない。
何か、決定的な何かを、見逃しているという気はするのに。
二人は目配せする。
リズおばあちゃんが頷き、デイジーおばあちゃんは、笑った。
「――いいだろう。ならば私は、私の知っている真実を語ろう」
デイジーおばあちゃんのまとう空気が、変わった。
いつものふわふわとした雰囲気とは違う、リズおばあちゃんに甘えてる時とも違う、凜とした声。
おかしくておかしくて仕方ないとでも言うように口元に湛えられた笑みは、毒が滴るようで、それを覆い隠すように手が口元にやられた。
「くくく……よくぞ真実に辿り着いた、と言うべきだな」
そして手を外すと、悪い顔でにいっと歯を剥き出しにして笑う。
「……デイジーおばあちゃん?」
彼女は胸に下げた護符に触れて、重々しく、そして厳かに宣言した。
「私は、"病毒の王"。――私こそが、かつての"第六軍"、序列第一位にして、魔王軍最高幹部。君の求めていた真実を知る者だ」
「あ、そういうのいいから」
私はひらひらと手を振って彼女の冗談を一蹴した。
デイジーおばあちゃんがいつもの雰囲気に戻る。
「ねえリズ。可愛い孫に一欠片も信じて貰えないんだけど」
「人徳じゃないですか?」
愕然とした顔になるデイジーおばあちゃん。
「じん……とく?」
「そんな初めて聞いたような顔を」
呆れ顔になるリズおばあちゃん。
「リズおばあちゃんは、なにか知ってる?」
「ええ、私は"第六軍"で、"病毒の王"様の副官を務めていましたよ。まったく、この人のサポートは大変でした」
軽く言われた内容に、苦笑する。
「もう、リズおばあちゃんまで……」
そこで、玄関の扉が開く音がした。