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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
554/574

遠い日の戦争記録


 戦争終結と同時に、この世界に一本の線が引かれた。


 戦争のあった世界と、戦争のない世界。

 もう、誰とも戦わなくていい世界。



 今もリストレア魔王国には魔王軍が存在するが、『戦争』と呼べるものは、先の戦争が終わってから起きていない。



 多くの人がまだ知っているのだ。

 

 あの戦争で、どれだけの物が失われたか。


 少なくとも五つの種族が力を合わせ、それでもなお、絶対的に数で劣り、国力で劣り、総戦力で劣り――それでもなお、勝利をもって終えた事を、歴史家達は奇跡だと言う。


 当時存在した六つの軍団全てが、時の魔王陛下の名において団結し、手に入れた勝利だという風に伝えられていて……間違いではない。


 けれど、子供向けの教科書にだって、書かれているのだ。


 それぞれの軍が、平時に何をしていたのか。


 "第一軍"は、国内の大型魔獣を狩り、生活圏を確保した。


 "第二軍"は、暗黒騎士と兵士によって国境や各都市の警備を行った。


 "第三軍"は、獣人達を束ね、狩りを通じて得た魔獣の肉を市場に供給した。


 "第四軍"は、不死生物(アンデッド)達によって鉱山を運営し産業を支えた。


 "第五軍"は、悪魔(デーモン)による魔法の力をもって国境と王都の守護を務めた。



 "第六軍"は――違う。



 あれは、戦争のために生み出されたのだ。


 僅か、十三年で解体された軍。


 五百年を超えるリストレアの歴史の中、四百年以上存在していなかったそれは、ある日突然設立された。


 誰もが知っている。

 "第六軍"が『戦争の勝利に強力に貢献』した事ぐらい。


 それを率いた"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が、戦争の英雄だという事ぐらい。


 誰もが知っている。

 ……そして、調べれば、誰もが分かるようになっている。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が、人類を絶滅させたのだ。



 機密指定されて『いない』当時の軍事関連史料は、しかるべき手続きを踏めば、誰もが閲覧出来る。


 王城よりの命令書。……の写本。

 本人の直筆だという作戦記録。……の写本。



 平和な時代にあっては、見るだけで血が凍るほどの、悪鬼の所業。



 平和な村の住人を殺戮し、その事実をもって噂を広げ、人心を荒廃させ、敵の社会基盤を破壊しようとした軍団があった。


 物理的・精神的に敵の内政基盤を弱体化させるために、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は――『彼』は、手段を選ばなかった。



 当時、おそらくは戦力的には最強だった"ドラゴンナイト"を、その食糧源である広大な牧場を荒らす事で飢えさせ、瓦解させている。



 黒妖犬(バーゲスト)の戦場への投入が公式に初めて記録されたその作戦は、家畜と非戦闘員を、徹底的に狙ったものだった。

 それ以前も、同様の作戦が、正式な命令として残っている。


 軍人が、軍人以外を。


 後に、南方に十三存在した小国家群からの海上輸送ルートも、同様に暗殺者とバーゲストを運用しての……非戦闘員の殺戮によって消滅させている。


 "第二軍"と"第六軍"は、当時の国境防衛の要、リタルサイド城塞で合同訓練を何度か行っており、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は、序列持ちの上級騎士でこそないが、暗黒騎士を相手に木剣一本で十人抜きをした記録が残るほどの武闘派だ。


 そして、真冬のリタル山脈で、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名声は不動の物となる。



 戦争当時、人類側の最強の一角である"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"を誘い込み、これを全滅させたのだ。



 それは、対不死生物(アンデッド)・対悪魔(デーモン)に優れたエトランタル神聖王国の最高戦力。それらが重要な戦力であるリストレアにとっての天敵だった。


 これは"第六軍"単独ではなく、"第二軍"、"第三軍"と協力しての事だ。


 "第六軍"の史料が機密指定されているが、"第二軍"、"第三軍"においては、当時の最高幹部二名を筆頭に参加した人員までしっかり記載されていて、おかしな所はないので、おそらくは誘い込みの際に何か非道な手段を使ったのだろう。


 当時のそこはただの山城で……"第二軍"、"第三軍"の派遣人員に、参戦したリベリット槍騎兵(ランサー)に守備兵を入れても、まだ六百名に満たぬ数で。



 その戦力差があってなお、約三十人の犠牲で、十万と見られる敵兵を討ち果たしたと言う。



 書類の記載ミスで桁が間違っている、戦功を焦ったために意図的に虚偽の報告がされた……などという説もあるが、これは軍の公式史料だ。

 そんなミスも虚偽も……あるはずがない。

 あっては、いけない。


 そんな話が出るのも、まことしやかにささやかれる噂のせいだ。


 『"雪崩(アヴァランチ)"』という名の呪文。


 かの"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が使用し、一発で敵軍のほぼ全てを雪の底に埋めたという、伝説の呪文。


 また、屈強な砂漠の軍事国家、ペルテ帝国の誇る"帝国近衛兵(インペリアルガード)"は、戦争終盤に内乱によって、ほぼ同数で分かれて同士討ちしている。

 これも、なぜか"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の戦果に数える向きがある。



 確かに偵察行動のような小規模な記録が残っているが……この人数で、一体何が出来ると言うのか。



 精神魔法に根拠を求める向きもあるが、魔法は決して万能などではない。


 同じくペルテ帝国の武器庫であった、鉄鋼とオアシスの都市ウェスフィアは、大規模火災によって大きな被害を出し、放棄されている。

 やはりこれも、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の戦果とされる事がある。



 確かに"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"直々に出向いたという記録が残って……いるのだが、影武者という説が有力だ。



 "第六軍"以外には『リタルサイド駐留軍所属暗黒騎士1名』が参加したという記録が残り、"第二軍"との仲が良好であったとも、逆に信用されていなかったゆえの監視だったとも言われている。

 同じく、"第三軍"よりグリフォンライダーが一人。こちらは、現地への移動手段と考えるのが自然だろう。


 何にせよ、グリフォン一騎。たった八人。


 序列五位までが全員参加しているが、現地の偵察を行っていたと見られる人数を入れても十六人。

 明らかに、要塞都市に近い街を一つ灰に変えられるほどではない。



 あれだけの戦力差を覆す、そんな『魔法』があるなら、リストレアは負ける寸前まで追い込まれなど、しなかった。



 正式な記録は何一つない。

 そういう話が、多すぎる。


 神話か、おとぎ話――あれは、そんな領域の戦争だった。

 おかしな所が、いくつもある。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"自身の作戦記録一つ取っても、日付と位置から推測される移動時間と距離がおかしいのだ。



 まず、最高幹部本人が、"第七次リタルサイド防衛戦"を前に敵国へ向かう事自体がおかしいのだが、増援と補給を断ちに行ったと言うなら、筋は通る。

 王城の会議の議事録には、そのように記録されている。


 ドラゴンによって大陸を縦断し、グリフォンライダーも一人参加していた記録が残る。だから、ただ移動するだけなら、おかしくはない。

 通ったルートには諸説あるが、確実な物だけを線で結んでいけば、矛盾もない。



 その間に敵国の首都や王城を含む、記載されているだけで四十を超える大都市と砦を落としていなければ、だが。



 頭の悪い数字――けれど、これは公式に戦果として認められている。

 つまりこれを認めるような『何か』が、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"にはあったのだ。


 実際、他の軍の出動記録はない。


 戦後も、人間との交戦記録は、ごく僅かしか存在せず……つまり、史料の上では、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"率いる"第六軍"によって、人類の支配領域は失陥している。


 それでも、全て入れても千人程度の軍が出来る所業ではない。



 戦史研究が、あまり進んでいない理由だ。



 まだ生き残っている者も多く、聞き取り調査も行われているが……やはり戦争当時の事をきちんと思い出して、真面目に話すのは辛いのか、単にからかいたいだけなのか、与太話が明らかに多い。


 特に"第四軍"と"第六軍"はひどい。


 魔王軍最高幹部が、年端もいかぬ女の子を膝の上に乗せて会議をした事があっただとか、子猫を拾って可愛がっていただとか、新入りは女性なら入浴、男性ならカード遊びに誘われたとか。



 それはどんな最高幹部だ。



 一部重複しているので、ネタ元が同じなのだろう。下らない噂を考えるものだ。


 種族の命運を懸けて戦っているのに、そんな余裕があるものか。


 公式には、公開されている記録が全てというスタンスで、それは分かる。

 軍の記録自体は、ほとんどきちんと裏付けが取れる。取れてしまう。



 しかしそれでは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の残した記録を認めなければならなくなる。



 だから、戦史研究は進まない。

 皆、どこかで脱落していく。

 儲かる訳でなし。知識欲は、あんまりにもあんまりな記録や史料を前に、簡単に折られていく。


 もちろん、機密指定されている史料はある。それらを読み解けば、全てが綺麗に説明出来るのではと期待する向きもあるが、公開の予定はないとの事。

 

 私も心折れそう。


 今日で、終戦までを辿り終えた。


 最終決戦となった、"イトリア平原の戦い"における"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の戦果は、それまでに比べれば少々……『地味』だ。

 比べれば、だが。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は、魔法使いの身で最前線に立った。


 『生命創造魔法の奥義』を駆使して、竜鱗騎士団の重装騎兵に対して、致命的な打撃を与える。

 なお、竜鱗騎士団とは、ドラゴンナイトなき戦争末期当時のランク王国最強である騎兵達だ。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"とは、敵国にさえそれと知られた、最高目標。



 砂糖に引き寄せられる蟻のように群がるその全てを、『周囲の部隊と連携して』、討ち取ったと言う。


 最後の最後まで、最前線にてかの最高幹部の旗印である、"病毒旗"と共に、立ち続けたと。


 他に比べれば、地味でまともだ。


 配下の"病毒の騎士団オーダー・オブ・ディジーズ"……。

 副官でもある暗殺者(アサシン)、"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"が申告した、殺害した敵指揮官の数……(参考記録)。

 最終決戦時は種族通り"第五軍"に振り分けられた上位悪魔(グレーターデーモン)……。

 同じく決戦時は古巣に戻り戦った"第四軍"の秘蔵っ子の死霊術師(ネクロマンサー)……。



 それらの『戦果』が、相対的にひどいせいで、ごく普通の英雄に思えて、「それぐらいなら認めてもいいか……」という気分になる。



 頭おかしいやつしかいないな、と思うのだが、他軍も結構そんなものだ。

 他の最高幹部及び幹部達は、より証言の数が多く、在任期間も長いから疑問視されていないだけで。


 ――『"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が戦死した』という『誤報』をもって、戦場における"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の話は終わる。


 他に武力を伴う逸話は、戦後の反乱鎮圧だけだ。

 その反乱鎮圧も戦力がおかしいが、見せしめや示威と考えれば、当時の最高戦力を揃えるのは、理に適っている。


 流れをメモしてまとめた紙を見て……。



「……やっぱり、まとめるとこうなるよね」



 あまりの荒唐無稽さに、ため息をついた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。一昨日から睡眠時間を犠牲に読んでしまうくらい [気になる点] >>物理的・精神的に敵の内政基盤を弱体化させるために、"病毒の王"は――『彼』は、手段を選ばなかった。 前話とか…
[一言] ……そっかあ。歴史になると、こういうことになるんですね、あの所業……。っていうかマスターが武闘派か……うーん。
[一言] 後から見たらやっぱそう見えるよねw事実は小説よりも奇なりで済むレベルじゃなよね。副官を膝に乗せるやカード遊びや一緒にお風呂は単に4軍と6軍のトップの趣味嗜好の類似なんですけどね。
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