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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
549/574

責任感のある職場


 見透かされている。


「……はい。不安にならなかったと言えば、嘘になります」


 しかし、どれだけゆるく見えようが、ここは"第三軍"、魔獣師団。

 そしてカトラル様は、戦中から今日まで、その類い希なる資質を評価され、その地位に就いている。


 バーゲストとのなかよくなりかた……黒妖犬(バーゲスト)との信頼関係の構築の手法が、いかに子供向けのやさしい言葉で書かれていようとも。



 バーゲストとそのハンドラーは、この国に多大なる貢献を果たしている。それが事実だ。



 カトラル様は、私をじっ……と見て、笑いかけた。


「初日ですからね。まずは、バーゲストに受け入れられ、仲良くなる事。……率直に言うと、それが成功すれば、後はよほどの事がなければ、上手くいきます」


 私は思わず、マリノア先輩の方を見た。

 彼女は頷いて、微笑んだ。


「固いが、お前はバーゲスト達の事を信頼している。その気持ちを忘れなければ、いずれ、いいハンドラーになれるさ」


 そしてまた、手を伸ばしてわしゃ……と髪を撫でてくれる。

 さっきよりも、優しい手つきで。



「なにしろ、あの日凍えてたちびさんが、こんなに立派になったんだ」



 彼女の言葉を聞いた途端、胸が、じん……と熱くなる。

 その後を追うように、戸惑いが来た。


「……先輩。私の事、覚えて……?」


 私は、彼女にとってただの救助対象だったはずなのに。

 思い入れも何もない、ただの。


「覚えてるさ」


 彼女は微笑んだ。



「『お腹いっぱいだよね?』って呟きながら、バーゲストをぎゅっと抱きしめてるんだから、インパクト抜群だった」



「今すぐ忘れて下さい」


 忘れていたかった。

 記憶が一部曖昧で――それは、体温が下がっていたとか、お腹が減っていたとか、極限状況だったとかで、あんまり気にしていなかったけど。


 先輩の言葉で、記憶の扉が開いた。


 頬がカーッと熱くなり、私は両手で顔を覆った。

 バーゲストが寄ってきて、私を上目遣いで見上げるのが、指の隙間から見える。


「……お前達も、覚えてるの?」


 くり、と首を傾げて見せるバーゲスト。

 あ、これ覚えてる。

 なんかそんな気がする。


 とりあえず発想の転換をする事にした。



「……これからよろしくね!」



 地面に膝を突いて、黒犬さんの首筋をぎゅっとする。

 ステップ4『(怖がらずに)ぎゅっとしよう』実践編。


 ――まさか、幼少期に怖がりながらではあるが、いくつかのステップを済ませていたとは。

 これはハンドラー見習いにとってアドバンテージ。きっとそう。


 バーゲストが寄ってきて……わらわらと大量に寄ってきて、埋もれる。

 あったかくて、ぬくぬくで、もふもふで――圧死しないか、不安になるほど。


 ステップ……いくつだったか、『甘えてくる時はうけいれよう』を思えば、ここは受け入れる所。


 でも。

 この密度は。



「え、ちょっ……先輩! カトラル様! これ大丈夫なやつですよね? やつですよねー!?」



 黒くてもふもふな海で溺れそうになりながら、思わず叫んでしまう。


「大丈夫だぞ。頑張れ」

「大丈夫ですよ。将来が楽しみです」


「……ぷはっ」


 ちょっと密度が減って、圧が緩む。

 顔を出して新鮮な空気を吸い込むが、まだ全身のどこもかしこもバーゲストに接している気がする――のは、気のせいじゃない。


「懐かしいですね。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様も、よくそうされていました」

「ええまったく。期待の新人ですね、カトラル様」


 基準がおかしい。


 私は、かのお方と面識はないけれど。

 あの英雄と、同じようにして貰えていると言うなら、それは光栄な事――きっとそう、間違いなくそう。


 途中から自分に言い聞かせモードに入る。

 一体、どんな最高幹部だったんだ。


 ……それは分からない。


 けれど。

 新しい職場で、やっていけそうな気がした。




 後日。


「マリノア先輩。このコテージ……『お祝い用』ですよね?」

「ああ」


 私と先輩が一緒に掃除して整えているこのコテージは主に……新婚夫婦や手柄を立てた者が、『仲良くして』『愛を確かめる』ために使われる。


「その……使う予定が?」

「そうだな。……おい待て。お前の考えてるのとは違うから。ピンク色の妄想は今すぐやめろ」


「し、してませんよ!」

 脳内で両手を振って、ばさばさとピンク色の妄想を振り払う。


「正式にはまだ教えられないんだが……まあ、なんだ。『えらいひと』が来る」

「はあ。賓客が来ると思えばよろしいので……?」


 先輩は、曖昧に頷く。


「うん……バーゲスト達へのご褒美って言うか……」

「ごほーび?」


 首を傾げる。



「……まあ、いずれ正式にハンドラーになったら教えてやる。群れの最上位(アルファ)に関する話とかも、な」



「分かりました」


 最上位(アルファ)


 その存在は噂されている。

 狼には、最上位(アルファ)と呼ばれる群れの長がいる。


 バーゲストは群体型の魔獣だが――共通点の多い狼の群れと同じように、それのトップ、統率する個体がいるのではないか? という噂が、まことしやかにささやかれているのだ。


 先輩は曖昧な言い方をしたので、それがいるのかいないのかさえ分からない。

 いたとして、それがどの個体なのか、それを、どういう風に従えているのか……など、分からない事ばかりだ。


 気にならないと言えば嘘になるが。


 今必要なのは、それを無理に聞き出そうとする事ではなく、正式にハンドラーになるための努力だ。


 私は、リベリットシープの毛皮が敷かれたベッドがきっちり整えられ、棚や暖炉の縁に溜まった埃が払われ、床に薄く積もった埃も全部掃かれたのを確認する。


 完璧だ。


 ゴミを入れた箱を取り上げると、声をかけた。



「じゃあ先輩、これ捨てたら『訓練』行ってきます!」



「ああ、頑張ってるな。私もチェックしたら行くよ」


 マリノア先輩が手を上げたので、私は頭を差し出して、大人しく撫でられる。

 私がマリノア先輩と同じ犬系の獣人だったら、多分尻尾を振っているだろう。


 コテージを出た所で、バーゲストが出迎えてくれて、私は手を伸ばしてガシガシと撫でた。

 そして連れ立ってゴミ捨て場へと歩いて行く。



 先程撫でられた頭に手をやると、自然と頬が緩んだ。



「えへへ……」


 憧れの先輩と一緒の仕事。たまに今日のような役得もある。


 憧れていたのとは違う所も多いが、本格的な研修も始まっている。

 事故救助、広域警備、犯罪捜査――それぞれに必要な知識とスキルを学ぶのだ。


 いずれ"ハンドラー見習い"から見習いが取れるだろう。


 この後は、『訓練』がある。



 基本的にはひたすらバーゲストと遊んで、一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。



 合間に座学。たまに今日のような雑務。

 現場へは出られないが、先輩達――正式なハンドラーのバックアップは見習いの大事なお仕事だ。


 私達、バーゲストとそのハンドラーが、この国の安全の一端を担っている。

 責任感のある職場だ。


 そこで、足を止める。

 私を見上げるバーゲストの頭を、軽く撫でた。


 ――ふと気が付くと。


 ……随分と、この職場に染まったような気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉「お腹いっぱいだよね?」 なるほどw 両親に教えられた旧式バーゲスト対策を子どもなりに実践したのかww 可愛い。 [一言] おめでとう。 無事に(頭おかしい極意が)インストールされたよ…
[良い点] マリノア先輩の口調www > バーゲスト調練の手法。その入り口にして最奥だ 浅い……! 圧倒的な底の浅さ……!! カラカル、もといカトラルさんも含めて楽しいギャグパート(?)でした。そ…
[良い点] 凄く面白かったです! 旅行の所とか凄く癒されました! [一言] 書籍化されたら絶対に買います! これからも続いてくれることを祈っています
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