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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
542/574

知らない時代


「でも、若いのに記念公演で主役なんてすごいな。さすがだね」

「ええ、本当に」


 二人の言葉から、悪意は感じなかった。

 けれどそこに、悪意のこもった言葉の記憶が蘇り、差し込まれる。


(さすがフランシーヌさん。ドッペルゲンガーですものね)


 心がざらりとして、私は思わず呟いていた。



「私……ドッペルゲンガーになんて、生まれたくなかった……」



「……フラン? 会った時も言ってたけど……お母さんと……何か?」

「いいえ。母とは何もありません」


 母やお姉様方に憧れた。

 私が役者の道を選んだ切っ掛けは、間違いなく母だ。


 でも。


「ドッペルゲンガーだから……舞台衣装は見本があればいいですし、血のりや幻覚魔法も要らないし……『ずるい』って言われるんです」


 でも、私がこの道を選んだのは、私がごく稀……記録上は初の、二代続けてのドッペルゲンガーだからじゃない。

 ……そう、信じたい。


「確かに、役者っていう職業において、有利なのかもしれない。でも、陰口を叩かれて、嫌味を言われるぐらいなら……実力を認められないなら……ダークエルフに生まれたかった……」


 ドッペルゲンガーの性質は、親から子に受け継がれない。……というのが、定説だった。

 お姉様方の子供は他に何人かいるが、その全員が、その母ではなく祖母と同じ、ダークエルフか獣人だ。


 私は、私が今もその姿を取るような、ダークエルフに生まれるはずだった。


 吐き出すと、少しだけ、すっきりした。

 いきなりこんな事を言って、困らせているのだろうけれど。


「…………」

「…………」


 ほら、二人共困惑している。

 顔を見合わせて……そして、デイジーさんは言った。


「そんな時代に……なったんだね」

「ええ。『ドッペルゲンガーに生まれたくなかった』という言葉を……そういう意味で聞けるとは」


「……あの?」


 デイジーさんが一つ咳払いして、重々しく言った。



「『ドッペルゲンガーは、親の種族を継がぬ忌み子』」



 そして彼女は、目を伏せた。


「……そんな風に言われた時代が、あったんだよ」


 私も、つられて視線を落とす。


「……聞いた事も、ないです」


 ドッペルゲンガーである事を羨まれる事はあれど、蔑まれる事などなかった。


「なら、頑張った甲斐は、あったかな」

「ええ、マスター。――フランシーヌ。……たった、三十年前の話です」


 けれど二人の表情は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。


「――ドッペルゲンガーが……そんな風に言われた時代、が……?」


「ええ。……色々ありました。本当に色々……」

「うん……」


 昔を懐かしむように目を細め、二人は頷き合う。

 私の知らない過去を、知っている。


 私の知らない母を、知っている。


「……私、ね。私が、ね。提案したんだ……」


 デイジーさんが、噛み締めるように、ゆっくりと呟く。



「ドッペルゲンガーの能力を生かすのに、演劇なんてどうかって」



 ……私が物心ついた時にはもう、ドッペルゲンガー、イコール役者という図式は、すっかり定着しているように思えた。


 けれど、その図式が、なかったら?


 演劇は、戦中から存在していた娯楽だが、今のような大規模な物ではなかった。

 酒場に併設された小劇場や、各地を巡業する旅芸人一座のような、ごく小規模な物しか、なかった。


 大きな劇場が建てられ、毎日何かしらの公演が行われているような今は、当時からすれば、夢のような未来。


 そんな恵まれた時代で、なかったなら。



 私達は……ドッペルゲンガーは、変身能力を『何に』使えばいいのだろう?



 ぱっと、詐欺なんかが思い浮かぶ。

 犯罪に使おうと思えば、無限の可能性がある。


 ……お芝居でも、そうだったではないか?


 『短剣に恋をした蛇』に出てくるドッペルゲンガーの『クラリス』は、敵の情報を盗み、噂をばらまき、"猛毒の王ロード・オブ・ヴェノム"の覇道をサポートする。


 出番はそう多くないし、敵方の状況の説明役という印象が強い。


 でも……実際に変身能力を生かして『それ』をしたなら……?


 ごくり、と唾を飲み込む。


 ドッペルゲンガーにそれは、能力的には出来るだろう。

 でも、万が一、見破られたら……。


 変身能力は、外見的には完璧だ。

 しかし能力や記憶はコピー出来ない。重要な情報を手にしようとして、重要人物に近付けば……バレる可能性だってないとは言えない。


 考えるだけで、恐ろしかった。


 私達ドッペルゲンガーは、弱い種族だ。

 変身能力しか、取り柄がない。戦う力なんて、ない。


 でも、この国は、私達の国は、私が生まれる前、戦争をしていた。

 敵は、遠く山の向こう。


 もしかして、リタル山脈の向こう、遙か彼方へ、『南』へ……母も赴いたのだろうか?



 『短剣に恋をした蛇』は、お芝居だ。



 けれど、正史を下敷きにしているのは事実だ。

 歴史のテストで、終戦前後は、劇の台本を読み込んでいるだけで、まあまあ点を取れると言われるほどに。


「私ね。ドッペルゲンガーの人が演劇をやったら……面白い舞台になるだろうなって、思っただけで。みんな結構乗り気で……頑張って……そこまで一座が大きくなって、ドッペルゲンガーが花形になったのは、嬉しいよ」


 もしかしたら、彼女の言葉がなければ、ドッペルゲンガーは、歴史の闇に消えていたのかもしれない。


 ……歴史の教科書にドッペルゲンガーの種族名を見た事は、なかった。


 遙か遠い、リストレア建国の歴史。


 北の獣人部族に、魔王陛下が引き連れた一団が合流した。

 そして、リタル山脈に赴き、"竜母(ドラゴンマザー)"リタル様と盟約を結んだ。


 リタル山脈は、今は温泉宿で有名なぐらいだが、歴史のテストでは国境線だ。



 ダークエルフと、獣人と、不死生物(アンデッド)と、悪魔(デーモン)と、(ドラゴン)が、歴史上初めて一つの国に集った。



 そこにドッペルゲンガーは、いない。


 彼女は、顔を伏せた。


「でも、それが辛い人も、いるんだね。……ごめんね」

「い、いや! ……違う。違うんです」


 私は慌てて手を振った。


「ドッペルゲンガーが嫌なんじゃ……ない」


 どくん、と心臓が跳ねる。

 時代が、違えば。


 私は「ドッペルゲンガーに生まれたくなかった」という言葉を、今とは全く違う意味で口にしていたかもしれない。


「『ドッペルゲンガーだから』って決めつけられるのが……嫌なんです。みんな、好きでこの道に入ったはずなのに、ろくに稽古もせずに、口汚く人の噂話ばっかりして……」


 話していくうちに、自分が何をもやもやしていたのか、分かった気がした。

 そして、何をすればいいのかも。


 くいっ、と少し冷めたホットミルクを飲み干した。



「――ごちそうさまでした」



 ことん、とコップを置いて、立ち上がる。


「ありがとうございます、話、聞いてくれて。すっきりしました」


「ううん。こっちこそ、ありがとね。無理矢理連れてきたみたいな物なのに、一緒にお祝いしてくれて」


「いいえ。こちらこそすみませんでした」

 もう一度頭を下げる。


「お母さんによろしく。みんなと……座長にも。舞台、楽しみにしてるよ」


「はい」


 二人と一匹に見送られ、手を振るデイジーさんに手を振り返した後、私は劇場へと向かった。

 まだ、日は高い。


 知らず知らずのうちに、足が速まる。


 駆け出したい気分になったが、思いきりぶつかった後だ。早足にとどめる。

 胸の奥に、温かい物が灯っている気がした。


 頬に手を当てると――少し熱い。


 あの二人の仲の良さに、当てられたみたいだ。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] お姉様達は皆口が固かったようですね、軍務の部分は話せないことばかりでしょうが、フランの様子からすると軍にいたことすら話してなさそう。 フランがお姉様と慕う姿からも、皆から大事にされて育った…
[一言] しかし、こうして部分的に語られると猛毒の王の詳細とか登場人物の設定とか史実との違いとかが気になってくる。
[良い点] 時代の変化に感慨深いものがありますね。 そして、話している内にフランシーヌが自分の気持ちをはっきりさせた所が好きです。 ここまでツボに入るのが自分でも不思議ですけれども、とてもとても好きで…
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