偏執的な家族風呂
私達は、宿内のレストランで夕食を終え、部屋に戻ってきていた。
四人部屋だ。
温泉宿らしく……と言っていいのか分からないが、窓際にローテーブルと、籐椅子を四つ、二つずつ向かい合わせて置いてある。
支配人なのに、高級バージョンのメニューを食べたのは久しぶりだった。
まかないメニューも美味しいが、やはり気合いの入ったレストランのサービスとは別物だ。
ブリジットとレベッカ、それにもちろんリズも喜んでくれたので、奮発した甲斐があったと言うものだ。
宿代は二人共自分で出すと言ったが、今日の夕食は私持ち。
私は自他共に認める食い意地が張っているタイプだが、同時に、食べさせるのも好きなタイプだ。
積もる話は尽きないが、話の合間に、ふと沈黙が訪れる時がある。
そうした沈黙が、私は嫌いではない。
話さなければ失礼になるとか、沈黙が気まずいとか、そういう事を思わなくてもいいぐらいには、同じ時間を過ごしてきた。
しみじみと、隣のリズから、ブリジットとレベッカに視線を巡らせる。
その視線を、リズは微笑んで受け止め、ブリジットはちょっと首を傾げ、レベッカは少々呆れ顔になった。
「……何がそんなに楽しいんだか」
「レベッカなら知ってると思ったけど?」
「…………」
つい、と目をそらすレベッカ。
私は彼女達の事をよく見ているつもりだが、それは、自分が見られている事にも気付くという事だ。
レベッカは、結構私の事を見ている。
「そうだ。この部屋、家族風呂あるんだけどね」
ブリジットが反応した。
「……十分なスペースあるんだろうな」
「大丈夫ですよ。……王都の家とは違いますから」
ブリジットもリズも、少し頬が赤い。
恋人同士がイチャイチャしたいのでなければ、あのお風呂を成人女性が二人で使う選択肢は、ない。
……私とレベッカなら、ギリギリ健全な範囲で収まるかもしれない。
「ねえ、レベッカ。温泉……一緒に入ってくれる?」
レベッカがちょっと眉を上げて、そしてにこりと笑った。
「……お姉ちゃんは馬鹿だなあ」
ばっさり。
旅行の雰囲気に油断した。
「……リズ。可愛い妹に馬鹿って言われた……」
「ああ、よしよし」
隣のリズに、よりかかるように軽く抱きつくと、彼女は優しく髪を撫でて慰めてくれる。
そうされていると安心――
「本当の事なんだから仕方ないじゃないですか」
出来なかった。
しかも反論も出来ない。自業自得というやつなので仕方ないけど。
私は、賢く振る舞うより、自分の気持ちに正直になる事にしたのだ。
……どうせすぐに死ぬ――殺される――と思っていたのもあり、少し仲良くなってからは暴走したような気もする。
そう思えるぐらいの常識は持ち合わせている。
物事を、常識で判断しないようにしただけで。
レベッカが、笑顔のまま続けた。
「聞かなくたって、温泉ぐらい一緒に入ってやるよ」
私は反射的に両手で顔を覆った。
「なんでそういう可愛い事言うかな……上位死霊でも心臓もたない……」
レベッカが呆れ顔になったのが、見なくても分かる。
「……感覚は正常に機能してるようで何よりだ」
思いきり呆れ声だし。
リタル温泉の家族風呂は、屋内のお風呂と、露天風呂の二つからなる。
屋内の方は白木が肌に心地良く、屋外は岩風呂のごつごつ感がたまらない。
ブリジットとレベッカの背中を流し、背中と言わず全身をたまご肌に磨き上げてやりたい気持ちはあるのだが、今回はぐっと我慢した。
せっかくの……『姉妹水入らず』だ。
また、そういう機会もあるだろう。
――自然と未来の事を考えられるようになったのは、平和になった証だろうか。
代わりと言ってはなんだけど、今日はリズと洗いっこする事にする。
移動中は公衆浴場。レイリットンではウーズ任せ。王都ではバーゲストと入浴。それ以前のリタル温泉では、他の従業員がいるので、さすがに。……と、中々リズとのそういう時間が取れなかった。
あくまで身体を洗うだけなので、健全な範囲だけど。
一通り洗った所で、リズがぼやいた。
「マスターの洗い方、偏執的な気がするんですよね……」
へんしゅうてき。
日常会話で、普通は出てこない単語だ。
趣味が偏っていて、かつそれに執着しているとおっしゃる。
「…………気のせいじゃない?」
「いやらしくないのがまた……まあ、次は私の番ですね」
大人しくリズとポジションを代わる。
ふと背筋がぞくりとして振り向くと、そこには笑顔のリズ。
「マスター、気配読むのうまくなりましたね」
関係ない所をほめてくれる。
いや、関係ないと思いたかった。
「り、リズ?」
「同じように洗ってさしあげますね」
そう言ってとても丁寧に……いや。
偏執的に洗ってくれるリズだった。