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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
532/574

カンストなしの忠誠心


 リタル温泉のふもとには、温泉街とでも言うべき町が出来ている。


 温泉を売りにした宿も多いが、山上――本家本元で元祖リタル温泉目当ての一時滞在客を泊めるために、あえて温泉関連の設備を用意していない宿も多い。


 馬車が遅れる事なども考えれば、現地入りは早めが望ましい。天候が荒れた時にも泊まれる場所が必要になる。

 初期は私達が経営していたが、現在は提携だ。



「それでは、楽しまれるがよろしい」

「我らはここで、お帰りをお待ちしております。レベッカ様、ブリングジット様」



 ハーケンとサマルカンドは、ふもとに残り、二人をまた送ってくれる事になっている。


 それはまあ、支配人権限を使えば繁忙期に彼らの分も部屋を取れなくはないが、二人が揃って辞退したのだ。


「またシーズンオフにね」


 私とリズはそのまま山の上に残るので、二人とはここでお別れという事になる。


「うむ。会えぬ時間が想いを育むとも言う事であるし」


「……それ、恋愛関係の時に使わない?」

「そうかもしれぬ」


 とぼけた様子でからからと笑うハーケン。


「我が忠誠心も、我が主に会えぬ時間を糧に、高まり続けております」


 などと言うサマルカンドに、不安になった。

 とっくの昔に天井に達していると思っていた忠誠心が、高まり続けている?



「……ねえ。それ大丈夫? 実像を超えて暴走とかしてない?」



「それはもうしてるんじゃないですか?」

「それはもうしてるんじゃないか?」

「それはもうしてると思うぞ」


 リズ、ブリジット、レベッカが声を揃える。

 共通見解。


 しかしサマルカンドは泰然とした様子で首を横に振った。



「我が主は取り繕わず、飾らぬ方ゆえに。実像を超えての暴走などあり得ませぬ」



 対外的に多少は、望まれた最高幹部像を演じていた。

 けれど、身内の――"第六軍"、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営の者達に対しては、ほどほどに素を見せていた。


 常にキリッとして威厳があって、貫禄と余裕のあるどっしりとした最高幹部など演じていては、肩が凝るし、胃に穴が空く。


 特にサマルカンドには、私が一番飾らなかった瞬間を――死を覚悟した瞬間を、見られている。

 その後は"血の契約"で繋がっている事もあり……確かに、無理に取り繕ったり、飾ったりはしていない。


 しかし、やっぱり。



「……それは虚像じゃないかな……」



 明らかに彼の忠誠心やら何やらは、重い。

 ある程度の事情は理解しているつもりだ。


 彼は悪魔(デーモン)で……アイデンティティが希薄なまま、それでも文字通り生きるために軍に入り、戦場に立ち、経験を積んできた。


 ……多分、彼にとってそれは『出来る事』だった。

 『したい事』ではなく。


 デーモンであるというだけで、大砲として、盾として……貴重な戦場魔法使いとして、戦場に駆り出される時代があった。


 もしも、彼が平和な時代に生まれていれば。


 ディアナのように、誰も殺さず、一度も戦場に立たないままに、どこかで働くような未来があったかもしれない。


 執事とか似合いそう。


 ――そうしていれば、きっとサマルカンドは、私のような者を主とは仰がなかっただろう。


 長い時間を、心をすり減らすように、ただ命令に従って生きてきた。

 私が特別だったのではない。バーゲストと同じで、彼をデーモンではなく、一個の人格を持つ存在として扱ったのが、私が最初だったというだけだ。


 それが『当たり前』だった。


 いいとか悪いとか、その前に、それを論じる前に、生き残らねばならない。

 戦場の論理は、酷く(いびつ)で、冷たくて……鉄臭い。


 しかしサマルカンドは、その論理の中を生き延びてきた黒山羊さんは、ゆっくりと穏やかに言った。



「私にとって、貴方はそのような方であるというだけです、我が尊きお方」



 やっぱり虚像じゃないかなとは思う。

 それでも私は、サマルカンドが自分の決断で手に入れた、一人きりの主だ。


 死さえも覚悟して。

 自分が命を狙った相手に、生死を超えた全てを委ねて。


 受け入れる私も私だが、申し出る方も申し出る方だ。


 私は苦笑しつつ、ぽん、と、サマルカンドの腕を手の甲で軽く叩いてねぎらう。



「ゆっくり骨休めしろ、サマルカンド。ハーケンも」



「はっ」

「うむ」


 彼ら二人にとっても、しばしの休暇だ。


 私達四人は、彼ら二人と別れると、リタル温泉行きの『送迎車』乗り場へと向かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] サマルカンド回!ピュア黒山羊さん。 部下というより信徒ですよね 暴走しそうなくらいマスターを慕っているのに、迷惑にならないよう距離をもって接しているところが健気です。今回も山の下だし。 …
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