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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
531/574

歯抜けの記憶


 元"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の屋敷は、今は"第四軍"の宿舎だ。


 別宅と思ってくれという言葉に甘え、部屋もおおむねそのままだし、割と頻繁に泊まっている。

 しかし、今日はちょっと立ち寄るだけ。


 夏休みのしめくくりは、リタル温泉だ。


 私とリズが戻るのに合わせて、ブリジットとレベッカを招待している。


「あ、しまった……」


「何か?」


 残念極まるミスに気が付いて、思わず額を押さえた私に、リズが聞く。

 私は一つため息をついて答えた。



「総大理石のお風呂で四姉妹でイチャイチャする予定を入れ忘れた……」



 リズが一つため息をついて答えた。


「……今から温泉行くんだから、それでいいじゃないですか」


「うん。それはそうなんだけど。温泉とウーズ風呂はちょっと趣が違うっていうか」

「ちなみに、どっちが好きなんです?」


 私はリズの問いに、確信をもって断言する。



「どっちも好き」



 温泉は、地球と変わらない、身体の芯まで温まる実家のような安心感。

 今では、ウーズのぬめりとした感触にも安心感を覚えるまでになった。


 どちらが好きとか、比べるようなものではない。


 ちなみに『リタル温泉』では、貸し切りのウーズ風呂も備えている。

 初回60分無料――と言うと、なんだか妙な響き。


 予約は必要だが使用料は宿代に含まれていて、生成されたウーズの平均的な寿命である一時間以上ゆっくりして、かつ従業員に"粘体生物生成(クリエイトウーズ)"してもらう場合は追加料金が掛かるというだけだ。


 王都の家のお風呂を参考にした設備なので、浴槽の広さは一般家庭用とあまり変わらない。

 さすがに二人でゆったり入れるぐらいのサイズにしている――が、夫婦や恋人などに人気のサービスだ。


 もちろん、馴染みのない温泉にちょっと疲れて、慣れたお風呂に入りたいだけの人もいるけれど。


 馬車を引き出し、馬具に骸骨馬(スケルトンホース)を繋いだりして準備を整えていたサマルカンドがやってきて、一礼する。



「我が主。馬車の準備が出来ました」



「ありがとう。……あ」

「……何か?」


 不安げになったサマルカンドに、慌てて手を振ってみせる。


「いや、不満とかじゃなくて。……サマルカンドとハーケンの走らせる馬車が、リストレア最速とかそういう噂になってるらしくてね? 私が退役してからは見られなくなったとか」


 アイリスさんの言っていた噂話が、ちょっと思い出されたのだ。

 レベッカが、軽く頷いた。


「ああ、私とお前とサマルカンドが、馬車から馬まで強化して、飛ばしてたからな……。暴走馬車にもほどがある」


 暴走だったのか。


「……街中は普通にしてたから」

「当たり前だ」


 リストレアにおいては、街中は厳しい移動速度の制限がある。厳密な速度ではなく、だく足とかそういう基準だが、それゆえにかえって言い逃れも出来ない。


 小さい町は、大通り以外、そもそも馬車が入れない道幅である事も多い。


「ハーケンは知ってる? この噂を教えてくれたのは、元"第四軍"で、今は幽霊旅団(ゴーストブリゲード)社の御者をやってる、アイリスさんっていうんだけど」


「いや、知らぬ名だ。……我は、死霊騎士団以外は、あまり知らぬものでな」


「そうなの? 暗黒騎士時代も入れれば、建国時からの古参でしょ? 他部署の人と顔を合わせる機会も多そうなものだけど」


 ハーケンは、自らの背骨という召喚具を媒介に召喚される召喚生物の一種だが、不死生物(アンデッド)である事に変わりはなく、"第四軍"所属だったと聞いている。


 ――『死霊軍付きの備品』とか言っていた。


「……うむ。我は召喚生物ゆえ。それも、『特別製』であるからな……」


「そう言えば、他にハーケンみたいな人、見ないね? 私が知らないだけ?」


 知識が増えてからも、ハーケンのような『召喚具』を媒介に存在する不死生物(アンデッド)を、見た事がない。

 強いて言えばレベッカだ。



「いいや。今も『生きて』いるのは、我一人だけだ」



「……ハーケン?」


「戦場で果てた者も多いが、術式に欠陥があったのか……戦場以外でも、同じ境遇の者達は、次々と消えて行き……"第一次リタルサイド防衛戦"が終わった時点で、既に我一人しか残っておらぬ有様よ」


 ハーケンは、淡々と続ける。


「それゆえに、我は、ほとんどの時間を召喚具の状態で、まどろむように過ごしておった。……六度の出撃を経験したと言った。それは事実であるが、"第一次"から"第六次"までのリタルサイド防衛戦しか、我が記憶にはないのだ」


 ――それを長生きと、呼ぶだろうか?


 彼が自分の事を『死霊軍付きの備品』と言った言葉の意味を、十年の時を経て、ようやく本当に理解した。


 軍人、それも騎士となれば、戦うために存在している。


 でも、戦いの時にだけ起こされるような、そんな扱いは。

 あまりに。


 あまりにも、『合理的』すぎた。


「……そのような顔をするでない、我らが主」


 ハーケンが私の肩に、革手袋に包まれた手を置いた。

 肉感的な感触はない。手袋の中身は、骨だけだから。


 瞳もない。骸骨の顔には、暗い眼窩の内に鬼火が燃えているだけだ。


 けれど、肩に置かれた手の力加減に、声のトーン。鬼火の燃え方。そういった物から、私に対するいたわりが伝わってくる。


「でもっ……そうだ。私の所に来てからは……ずっと、ほとんどずっと、そうしてるよね? 大丈夫なの――」


 ハーケンは、不安と焦燥感から早口になった私の言葉を遮るように、きっぱりと宣言した。



「主殿。我は、こう生きると、自分で決めたのだ」



「……ハーケン」


「死後の実験に応じたのは生前の自分。再び騎士として戦う事を選んだのは死後の自分。――貴方を主と定めた。たとえ、今こうしている事が寿命を縮めたとして、それは、我が自分でそうしたいと願ったゆえの事」


 彼は、優しく、言い聞かせるように言う。

 私の肩から手を離し、それを自分の胸に当てた。


 サーコートと鎖鎧の下に胸骨しかない、空っぽの胸に。


「次の防衛戦にも参戦せねばならぬと、そのためだけに『生きて』いた頃より充実しておるぐらいだ。そもそも、どちらの方が『長生き』出来るかなど、誰にも分からぬ事よ。なあ、レベッカ殿?」


「……ん。目は通したが、データが少なすぎるからな。戦時という事もあって資料も少ないし……二度と使われないだろう術式で生まれた『レア』な例だ」


「再生が比較的容易なのはよいが、弱点も剥き出しゆえなあ」

「あやふやな存在限界を抜いても、メリットとデメリットが釣り合ってるんだか、いないんだか」


 うんうんと頷き合う二人。

 そしてレベッカは私を見た。



「それに普通の不死生物(アンデッド)も不安定という事では引けを取らないぞ? お前もよく、知ってると思うがな」



「……うん」


 よく分からないという点では、私も同じだ。


 私は、上位死霊(グレーターレイス)


 リストレアでは二人目だし、それ以前となると、歴史と言うより伝説の領域。

 そのエルドリッチさんにしても、本当に『同じ』なのだか。


 サマルカンドが、同族のデーモンが、本当に同族かさえ分からないと言った気持ちが、少し分かる。


 不死生物(アンデッド)の事はよく分かっていないところも多い。

 『平均寿命』さえ、はっきりしてないのが現状だ。


 私は、永遠に生きたいとは、思っていない。

 ただ、ダークエルフのリズと一緒に生きていける時間が欲しい。


 それは、人間だった頃にはきっと叶わなかった願いだ。


 置いて行くのか、置いて行かれるのか、それは分からないけれど。

 それが、なるべく先の事だといい。


 リズが、私の腕にそっと触れた。

 今日もお揃いのワンピースなので、彼女の手の感触が素肌に直接感じられ、そこに込められた気持ちも伝わった。


 なので、思いきり抱きしめる。


「わっ!?」



「大好きだよ、リズ!」



「……私もですよ」


 リズは苦笑しながらも、ぎゅーっと抱きしめ返してくれた。


 ハーケンの瞳の鬼火が揺らめく。

 そしてしみじみと呟くように言った。


「……うむ。お二人の仲睦まじい様を見ていると、寿命が伸びるようであるなあ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハーケン渋いイケオジ感がすごい 強くユーモアも解し、紳士!骨姿でもモテそうです。 百合を見て寿命をのばせるとこなんかステキ そんなハーケンをガラスープにしてレベッカに飲ませようとした人…
[良い点] ハーケン、ものすごくカッコいいです。 ファンキーだけど、いざ主人公の危機になると完全武装して敵の前に立ちはだかって、 「ここは通さぬ……(しゅこーしゅこー(息の音))」みたいな強者感という…
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