かつての誓い
私は、日差しの眩しさに目を細めた。
夏らしく、日差しはぎらついているが、風は涼しく気温は低めで過ごしやすい。
内陸である王都やリタルサイドに比べて、ここレイリットンでは、潮の香りが風に混じる。
それを懐かしいと思うのは、かつてここを訪れた記憶ではなく、私が日本で過ごした記憶によるもの……かもしれない。
足下のすり減った石畳は、ここが古い町だという証だ。
成り立ちで言えば王都やリタルサイドの方が古いのだが、あちらはたまに敷石が交換されているので、古い石畳と新しい石畳が入り混じる。
そういう意味では、ここは古く、そして戦略上の価値が低い町だった。
しかし潮風のせいか、それによる植生のせいか、魔獣の生息密度がかなり低い地域であったため、早い段階で入植が進んでいる。
海は海で大海蛇に代表される海棲の魔獣がいるが、陸に上がってこないので、住み分けが出来ているのだ。
土地柄、必然的に漁業が発展し、しかし大型の港は必要とされなかった。
そのために、また水害対策もあって、海からは少し離れた位置にある、港のない港町――それがレイリットンだ。
他にも港町はあるが、水害対策はそれぞれで、高台に主な建物を置いたり、いざという時は放棄出来るようなシンプルな作りだったり、漁業関係者のみ海辺に住んで、他はレイリットンのように離れた所へ住んだり、色々だ。
人間の沿岸都市は、対策こそされているが、海から離れた所に『港町』が作られた事はないようだ。
いざという時の被害よりも、日常の利益を重視する姿勢は、世代交代が早い人間ゆえだったのかもしれない。
ホテルの一階にあるレストランで朝食を取った後、私達三人は、町を歩いて巡っていた。
以前この町を訪れたのは、リストレア中のバーゲストをお迎えするというお仕事の一環だったので、海を見て、少し町を歩き、食事をする店を自分で選んだ程度。観光と言うには寂しかった。
軍の任務なのだから。戦争中なのだから――そういう理屈は、正しい。
私は魔王軍最高幹部で、私達は軍人だった。
その理屈に頷くしかなかった。
そうするしか、出来なかった。
今は、もう違う。
ブリジットは今も魔王軍最高幹部で軍人だが、休暇に、こんな風に穏やかな時間を過ごしてはいけないという軍規定は、ない。
これが、守るべきもの。
戦ってでも、血を流してでも――これを、守らなければならない。
当たり前のものなんて、何もない。
守られて当然のものなんて、何もない。
私の視線の先には、多くの人が行き交い、活気のある口上や呼び込みが響く市場がある。
今、この光景があるのは、そのために血が流されたからだ。
私は……私達は、そうするしか出来なかった。
違う種族を、一つ滅ぼす事でしか。
自分達とは違うものを、排除する事でしか。
私はこの世界のものでない知識を持っているけれど。
戦争を平和的に終わらせて、かつて剣を突きつけ合った、違う種族が手を取り合うような方法は、知らなかった。
……この光景の守り方も、知らない。
それでも、私はかつて、リストレアの守り手たる事を誓った。
この国の平穏を脅かす全てが、私の敵。
――この光景の中には、ドラゴンとデーモンはいないけれど。
視界の中には、ダークエルフと、獣人と、たまにアンデッドが、おおむね平和的に一つの町の風景を構成している。
この国には、自分達とは違うものを排除する用意はある。
そのための力がある。
けれど魔王軍が敵とするのは、リストレアではないものだ。
違う種族と手を取り合う事を選んだ国を、認めないものだ。
――以前より、レイリットンの町は賑やかになっている。
位置関係から、最終決戦に向けた住民の避難こそ行われたが、建物の破棄などは行われなかった。
実質的に被害はなく、戦後は他の町や村からの移住者を受け入れ、ほんの少しながら規模を拡大したのだ。
「リズ、ブリジット。そろそろお昼にしない?」
「はい。……店を決めてるって言ってましたよね?」
「うん。でもその前に寄りたい所が」
「寄りたい所?」
「市場の中のお店だから……」
バッグを探り、一枚の紙を取り出す。
「……なんですそれ? 手紙ですか?」
「うん。引換券……かな? ちょっと珍しい物を予約しておいた」
リズとブリジットと一緒に長期休暇を過ごすとなった時、かつての誓いを果たす時が来たと思った。
ずっと機会を探していた。
それは、私が心の中で誓っただけの事。
求めるのは、地球では珍重された、こちらでも流通量の関係で、地球よりさらに希少な品。
海は広大で、海洋の汚染の少なさから、もしも地球程度の脅威しか海に存在しなければ、それは日常の品になりえたかもしれない。
けれど、それは本来深い海でしか採れない。
リストレアでも――この世界でも、それは同じだった。
「……いつそんなものを」
「基本的には手紙で。後、サマルカンドに私的な調査をお願いした」
ブリジットが眉を寄せる。
「……サマルカンドを? ――あいつを必要とするほどの案件だとでも?」
「そう確信している」
頷いた。
「ここで待ってて」
そして市場の外れ、一見して隣の魚屋の倉庫にしか見えない所で、ダークエルフの従業員に声をかける。
手紙――予約の証を見せると、従業員の顔色が変わった。
すぐに奥に消え、木箱をかかえて戻ってくる。
もう一人、年老いた狼の獣人を伴っていた。
潮風でしゃがれた声で、彼が聞く。
「……中身のチェックは?」
「信頼している」
そして私はバッグから布袋に入れた金貨の袋を取り出して、彼の毛に包まれた手に置いた。
「うむ」
彼は中身を確かめる事もせず、頷いて服のポケットにしまう。
「額のチェックは?」
「信頼しておる……と言いたいが、長く商売をしておるでな。重みで分かるものじゃ」
牙を剥いて笑う。
「しかし……珍しいものを知っていなさるな」
「ちょっと……ね。ありがとう。いい取引だった」
「うむ、よい取引じゃった……」
私は若い店員から、少し湿ってひんやりとした木箱を受け取った。
「お待たせ」
木箱を抱えて二人の元に戻ると、リズがいぶかしげな視線を向けてきた。
「……なんですか、さっきの闇取引の現場」
「いや。普通の取引だよ。かなりオープンだったよね」
「……かなり会話は怪しかったぞ? 巡回の時にあんな風なのを見かけたら、声をかけてると思う」
ブリジットに控えめながらも否定される。
それは現代日本で言うと職務質問されるぐらい怪しかったという事だろうか。
「で、なんなんですかそれ」
「食材だよ」
言った途端、木箱の中でがさごそという音がする。
「……え、生きてるやつですか?」
「そうだね。さ、お店にも話を通してもらってるから、行こうか」




