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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
521/574

水色のリボン


 頬を舐める犬の舌の感触で、目が覚めた。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んで、上位死霊(グレーターレイス)でなくても、薄暗い部屋を見通すのに支障はない明るさだ。


「あ、起きましたか?」

「ん……おはよう……」


 リズに挨拶を返しつつ、もそもそと起き出して、ぼーっとする。

 寄ってきたバーゲストに、寄りかかるように抱きしめて、ゆっくりと脳を目覚めさせていく。


「おはよう。よく眠れたか?」

「おかげさまで……」


 ブリジットにそう言いながら、気を抜くと、布団に戻りたくなる。

 ベッドの寝心地もよかったし――何より、心安らかな気持ちで眠りに入れた。


 上位死霊(グレーターレイス)となっても、こんな風に休息を取る必要がある。


 安定しているようで明日をも知れぬ身としては、身体を労るのも大事だ。

 そして何より、人の身としての感覚をなくし、生きる理由を見失えば、その時、私は『死ぬ』。


 そもそも、不死生物(アンデッド)の『存在限界』は、まだまだ分からない事も多い。

 多くが、その前に戦場で果てた。


 寿命で死ねる世界の、なんと贅沢な事か。


 ブリジットがうさ耳フードを下ろした所で、目が覚めてきた。


「あ、ブリジット」

「なんだ?」



「着て欲しい服があるんだけど」



「今度はどんな服だ……?」


 明らかに警戒心を剥き出しにするブリジット。


「そう警戒しなくても」

「差し出されたパジャマのモチーフがウサギじゃなかったら、私もこんな警戒心は抱かなかったよ」


「正論だけど、そう警戒しなくても」


 リズがトランクから取り出した服を受け取り、私からブリジットに渡す。


「ワンピース……か?」


 広げて、どんな怪しい物も見逃すまいと、真剣な表情で検分するブリジット。

 ややあって、彼女は首を傾げた。



「……普通だな?」



「少なくとも、身内で楽しむ服と、よそゆきの服は分けてるつもりだよ」


 内輪のノリは、内輪だから楽しめるものだ。

 お洒落は自由とはよく言われるが、私は自由とは奇抜さだとは思わないし、奇抜さがお洒落の到達点だとも思わない。

 それはそれで、ファッションショーのキャットウォーク上という舞台における、最適解なのかもしれないが。


「あの、身内で楽しむ服の基準、もう少しなんとかなりませんか?」

「なりません」


 拒否権は当然あるので、嫌なら言ってくれればいいだけの話だ。


 今回は、エリシャさんにお願いした、お休み用のワンピース。丈は長めで、ノースリーブの夏仕様だ。


 私が旅行用の服について相談するとエリシャさんは、「えっ? 暗黒騎士団長様に可愛い服着せていいんですか!?」と言った。


「今回は私達も同じデザインの着ますし、注文段階からチェックしましたので……妙な裏はないはずですよ」

「私、妙な裏のある服を着せた事は一回もないんだけどねえ」


 私はいつも、正々堂々、まっすぐ正面からお願いしている。

 多少……デザインが特殊な事はあるが、それもきちんと伝えた上で、「これを着て欲しい」とお願いしているのだ。


「そういう事なら……」


 ブリジットがアニマルパジャマを脱ぎ、私とリズもそれぞれ着替える。


 着替え終わった所でブリジットの方をもう一度見ると、丁度背中を向けていた。

 ベッドに腰掛けたブリジットが、自分の頭に手を回して、軽く髪を掴み、水色のリボンできゅっと結んで、この旅行で初めてポニーテールにする。


 些細な所だけど。

 いつもと、違った。


「そのリボン……」

「ああ、旅行だからな。いつもの紐も味気ないかと思って」


 ブリジットが振り返らずに答える。


 淡い空の色のようなリボン。派手さはない。

 それでも、今回の旅行を、私達と過ごす夏休みを楽しみにしてくれていた証のようで、嬉しかった。


 ブリジットが、軽くポニーテールを払って髪を流し、整えた。

 馬車の移動の間は、背もたれに背を預けにくいから、ほどいたままだったのだ。


「この髪型にすると、引き締まるな」


 私に背中を向けたままで――彼女にとっては前を向いたままで、一体それをどんな表情で言ったのか、分からなかった。


「……やっぱり、その髪型が落ち着く?」


 この髪型は、ブリジットにとっての覚悟の形だ。

 しかし彼女は、その重さは感じさせずに軽く言った。


「もう、長いからな。……それに、いい事もあるんだぞ?」

「いい事?」


 ブリジットが振り返ると、くすりと笑った。



「妹達に、人混みでも見つけてもらいやすいとかな?」



 確かに、いつもの待ち合わせの時は、彼女のポニーテールを目印にしている所があった。


 それを――そんな事を、『いい事』に数えてくれるのが嬉しくて、私の口元にも笑みが浮かんだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] リズのフォロー?が弱くて笑えます。 拒否権あったのかな?断れない断ってもいいよだったような、マスターの手口。 [気になる点] バカンスにはワンピース どこか牧歌的 しかしワンピースの下…
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