旅行のために用意したパジャマ
ブリジットは、あまり私を名前で呼ばない。
"病毒の王"だった時は、それが公的で……無骨な物だったから。
デイジーという名前も馴染んできた今は、たまに名前で呼んでくれるが、それは親しみを表す時と――説教する時だ。
「デイジー。お前が用意したパジャマに言いたい事がある」
十匹ほどのバーゲスト達を、ベッドに腰掛けながら構っている私達に対して、お風呂から上がったブリジットが真面目な声を出した。
最後にバーゲストの頭をわしわしと撫でて放し、居住まいを正して向き直る。
「ブリジットお義姉ちゃん。私もそのパジャマに言いたい事がある」
私も、真面目な声で応えた。
「……先に言っていいぞ」
ブリジットが腕を組み、手で軽く私を促した。
私は、拍手した。
「久しぶりに見たけど最高に可愛いよ! ナイスうさぎさん」
ブリジットの口元が緩み――説教モードだったのを思い出したのか、きゅっと引き締まった。
彼女は、腕組みから少しポーズを変え、肘に手を当て、手のひらで軽く目元を押さえて、やれやれといった様子を全身で表現する。
顔は真面目だが、着ているのはウサギをモチーフにしたファンシーなアニマルパジャマだし、意図的ではないのだろうが、豊かな胸を強調するポーズになっているため、彼女が思うほど真剣さを演出する効果はなかった。
「……パジャマの袋を開けたら、中身がこれだった時の私の気持ちが分かるか?」
「ごめんね。ちょっと状況が特殊すぎて分からないよ」
「自覚はあるんだな」
呆れ顔のブリジット。
「いったい、お前は私をどうしたいんだ?」
「ブリジットが自分では選ばないような可愛い服を着せてその魅力を引き出したいと思ってる」
ブリジットが絶句し、リズが視線を、ブリジットから私へと向けた。
「……え、そんな事考えてたんですか?」
「私は可愛い女の子には可愛い服を着て欲しいと思ってるよ」
今度は、リズが呆れ顔になる。
「またそんなエリシャさんみたいな事を」
「趣味が似てるから気が合ったんだよ」
うんうんと頷く。
多少方向性は違えど、可愛い女の子に可愛い服を着せたいという一点だけは、揺るぎない共通点だ。
そして彼女には技術があり、私には財力がある。さらに、異世界の服の――特殊な――知識も。
経済とはかくあるべしと言うほどに完璧な利害関係で結ばれた、魂の同志と書いてビジネスパートナーだ。
「まあ、真面目に言うと、休暇の時ぐらい思いっきり肩の力を抜いて、リラックスして、英気を養って欲しいなーって思ってるよ?」
「……その結果が『これ』か?」
ブリジットが垂れたウサギの耳を指差す。
「全力で真面目に考えました」
「……せめて全力でふざけて考えたと言ってくれよ頼むから」
「二回目を着せるタイミングが中々なくて。いっそ正面から頼み込んでお願いしようかと思ってたんだけど、思い切れなくて」
一回目のお願いも、土下座する覚悟で臨んだのだ。
王都とリタルサイドは、やはりなんだかんだと遠かったので、間が空くというのもある。
今回は旅先の解放感という、イベントの勢いを借りた。
「うん。一回で満足したんだと思ってたよ」
「ははは。それはない」
リズが、つい、と目をそらす。
彼女は、結構な頻度で同型のネコさんパジャマを着ている。
手触りがふわふわで、触り心地と抱き心地が最高なのだ。
レベッカも同じくクマさんのを、折に触れて着てくれるが、調子に乗ると、そう言えば熊って猛獣だったという事を思い出させてくれる。
しかし、一番着ているのは、実はアイティースだったりする。
リズと同型のネコさんで、猫系獣人の彼女が着ると愛らしい耳も尻尾もがっつりかぶるのだが、単純に着心地と肌触りがいいのが気に入ったらしく、魔力布なのをいい事にむしろ普段使いする勢い。
ラトゥースは「うちのもんに何着せてくれてんだ。注文した店を教えろ」と。
その後、王都に来た時、アイティースと一緒に行く時は念のため同行したが、「こいつに似合う服を、注文を聞いて見立ててやってくれ」と。
自分の好みを押しつけないあたり紳士で、ほんのりと好感度が上がった。
アイティースが随分と嬉しそうにするので「幸せそうな顔して」とちょっとからかってみると、笑顔のまま「お前が言うと説得力ねーわ」と。
カウンターのタイミングが完璧すぎる。
「……事前に相談してくれ。次からは」
「事前に相談したらオッケーって事?」
「……まあ、物による」
「分かった。これからどんどん相談するね」
エリシャさんの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
「いや、控えめにな?」
「分かった。控えめにね」
頷くと、ブリジットがジト目になった。
彼女が部下を叱責するのも見た事があるが、凜とした態度は崩さないので、こういう表情は義妹の特権と言える。
「本当に分かってるんだろうな……?」
「もちろんだよ。……ブリジットは、パジャマの袋を開けて中身がこれだった時……嫌な気分になった? もしそうなら、反省する……」
ブリジットがため息をつく。
そして、ウサギの耳を持った手で口元を隠した。
「……なる訳ないだろ」
そんな顔を見せてくれるなら、丁寧に魔力布に魔力を切らさず保管していた甲斐があったというものだ。
「でも、なんか脱力するんだ」
「それはごめん」
「というか、何度も見てたら、飽きたりしないのか?」
「飽きる訳ないでしょ? 好きな人が可愛い服を着て目の前にいるんだよ? 最初の新鮮さが、しみじみとした喜びになるだけだよ」
リズとブリジットが顔を見合わせると、揃って苦笑した。
「それじゃ、リズと入ってくるね」
「ああ」
二人でという事に全く触れないブリジット。
「その間、バーゲスト達よろしくね」
「分かった」
ブリジットはバーゲスト達に人気だ。
黒妖犬も、もちろん私も、スキンシップに飽きる気配は今の所ない。
しかし、それはそれとして、たまにしか会えないブリジットの人気がかなり高いのもまた事実。
ブリジットもまんざらではなさそうだし、手つきも優しいので、ますます人気が高まるループ。
彼女に任せておけば心配ない。
私はそれぞれのパジャマを準備すると、リズと一緒にお風呂場へと向かった。