表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
EX
512/574

似た者姉妹


 二頭の骸骨馬(スケルトンホース)が繋がれた馬車の前で、私は御者さんに挨拶した。


「今回はよろしくお願いします」


「はい……どうぞよしなに……」


 御者は、線の細い女の人だ。種族は、死霊(レイス)


 透けた姿が骨ではないのは乙女心かもしれない。黒髪で、肌が白いあたり生前の種族は獣人らしいが、獣耳は、フードの上あたりがわずかに膨らんでいるだけで見えなかった。


 少しオーバーサイズに見える深紫のローブはゆったりしていて、耳を覆い隠している。

 髪の色と体型に、ちょっと親近感を覚えた。


 深紫のフード付きローブは、死霊(レイス)達が多く着ている。



 ――昔の、死装束だったという話だ。



 かつてリストレアが建国される前から、この土地に住んでいた獣人の部族の風習が広まったという。


 安い物は食用でない果実。高い物は花の汁で染められた、死者への手向け。

 最後に貰った物であり――最初に貰った物。


 戦時中……特に六回あったリタルサイド防衛戦の際は、とてもそれだけの数を用意出来ず、廃れた風習だ。

 少し形を変えて、かつてそれを染めたような紫色の花が、墓に手向けられるようになっていると聞く。


 なので、花屋の店先で、紫色の花だけでまとめられた花束を見ると、ふと哀悼の念が胸に湧くようになった。


 私にとっては黄色い菊の花が仏花の定番だった。

 色んな事が、書き換わっていく。


 自分が着る服も、見かける服も。定番のご飯も。家も……何もかも。

 私がいた、日本とは違うのだ。


 まあ、西洋建築も多かったように思うし。

 お腹周りが楽なゆったりした服は割と向こうの服と似てるし、ご飯も結構馴染みの味。

 米の飯や醤油や味噌が恋しくなる事もあるが、それも慣れるものだ。



 時間は、ゆっくりと全てを押し流していく。



 何より、リズが作ってくれるご飯だ。メイドさん――さらに恋人、後に夫婦――が作ってくれるという、それだけでなんか胸が一杯。


 私がこの世界に来たばかりの頃、ガナルカン砦の一室で食べたご飯は……美味しかった。

 ブリジットが、衰弱していた私に気を遣って、グレードを上げてくれたのもあるだろうけど……なるべく、一緒に食べるようにしてくれたから。


 ……その後、王城で軟禁中に出された食事は、もっとグレードが上がったのに。

 それまでと、それからのご飯とは、比べ物にならなかった。


 馬車に乗り込む。


 軍で使われている物より、客車が少し小型だが、距離が近いのもいいものだ。

 座席には柔らかいクッションが張られ、シートもカーテンも清潔で、気遣いもしっかりしている。


 私とリズがそれぞれ向かい合わせで座り……ブリジットは一瞬迷った様子を見せ、リズの隣に座った。

 そして背もたれに背を預け、息をつく。


「……座ると、ほっとするな」


「あー。一日の帰りに、電車に座れた時みたいな」


「でんしゃ?」

「……ごめん。私の世界の乗り物だよ。こう……馬なしで、馬車が繋がったような」


 つい記憶に頼ってあるある話をしようとすると、当然ながら伝わらない。

 戦時中はそれなりに気を遣っていたつもりだったが、気が緩んでいるようだ。


 気を遣った結果、私はリズに向けて害のない物を面白おかしく脚色して教えたので、多分彼女は私の世界の一部を……かなり誤解していると思う。


「……え、馬なしで?」

「馬車が繋がったような……?」


 ブリジットとリズが、揃って眉をひそめる。

 特にリズのは、ちょっと懐かしい反応。


 私は聞いた。


「トロッコ……ってあったっけ?」

「ありますよ。……鉱山で使われる、レールの上を走る荷車みたいなやつを指しているなら、ですが」


「うん。そんな感じで、平地の上に敷かれたレールの上を走るの」


「……マスターの世界、そんなのが当たり前に普及してるんですか?」

「え、鉱山内の短距離じゃなくて……平地の長距離にレールを敷いてるのか? そんなのすぐに壊されるだろ」


「平和な時は問題ないよ。戦時中は……無傷で確保しようとしたり、逆に壊そうとしたり、色々あったみたいだけど」


 モノレールとか新幹線とかリニアモーターカーとか列車砲とか、そういう話はしない事にする。


 魔獣種のいるリストレアの事。決まった線路しか走れない電車は不利な所もあるが、逆に魔獣種の生息地を避けて線路を通す事も出来るかもしれない。


 元々魔王軍は集落と国境の防衛……『定点の防御』に特化してきた歴史がある。

 レベッカも興味を持っていたし、いつかリストレアの大地を、電車が走る日が来るかもしれない。


 馬車がゆっくりと動き出す。

 ブリジットが、躊躇いがちに聞いた。



「……元の世界が懐かしかったり、するか?」



「そりゃあね。家族もいたし」

 軽く頷く。

 そして、安心させるように微笑んだ。



「――でも、こっちで家族が、出来たから」



 そして両手を伸ばして、斜め前に座るブリジットの耳に触れた。


 不安もあった。怖い事もある。

 今だって、全部なくなった訳ではない。……幸せになればなるほど、それを失う事を想像したら、不安になるし、怖い。


 それでも。

 私はこの世界で、力を得た。

 もう、誰にも、何も、奪わせない。


 そして……もし、それでも戦わなければならない時が来れば、きっと、一緒に戦ってくれる人がいる。


「……そうか」

 ブリジットが笑った。



「――……で、なんで私の耳を揉むんだ?」



「私の世界、ダークエルフいなかったから。この国に来て良かった事のひとつ」


 エルフ耳のひとを見て……その長い笹の葉のような耳に触れる度に、しみじみと幸せを噛み締める。


 ブリジットは、目を細めた。

 

「ひとつ……か」

「うん」


 彼女が、自分の耳に触れている、私の手に自分の手を重ねて包み込む。



「その中のひとつに、私が入ってるなら、嬉しいよ」



 私は、思わずリズを見た。


「……リズ。お姉ちゃんの言葉が心臓に悪いのなんとかして」

「私にはどうしようもないですよ。似た者姉妹ですね」


「うん。リズもブリジットも、私の心臓を握り潰しに来てるよね」


 リズがジト目になる。



「いや、マスターと姉様を似た者姉妹って言ったんですけどね?」



 私とブリジットは、生まれも、育ちも、種族さえも違うのに。

 それでも。


「…………」

「…………」


 私とブリジットは、顔を見合わせると、苦笑した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] マスターはズキュンと撃ち抜かれるタイプではなく、ぎゅっと心臓をにぎられる・・・どころか潰されるカンジなのですな、激しい(笑) [一言] つまりリズは似た者二人のソコが好きで、 マスターは姉…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ