EX23. 支配人のなつやすみ
私とブリジットは、鳩便でお手紙のやりとりをしている。
うちの幽霊鳩は、レベッカ――"第四軍"――仕込み。
幽霊鳩が目的地まで辿り着けるかは、使い手の腕に左右される。
きちんと魔力供給してやるのが大事。
なので、窓をくちばしでコツコツ、とした鳩を部屋に入れてやって、両手で包み込んで、魔力を注ぐ。
特にここは、リタル山脈――にある温泉宿、リタル温泉だ。
『充電』が完了したところで、放してやる。
くっ、くっ、と喉を鳴らす幽霊鳩の首元を指先で軽く撫で、足下に結ばれた金属筒を取り、丸められた手紙を取り出す。
普通の鳩より頑丈なので、筒も中身のお手紙も大きめだ。
近況をつづり、合間に私とリズの体調を気に掛け……と、ブリジットの気持ちが込められた手紙を読んでいくと、頬が緩む。
お互いに特別な事は書いていないのだが、こういうのは、相手が大事なのだとも思う。
――いや、今日は、少しだけ特別な事が書いてあった。
末尾に記された、彼女の今後の予定。
戦時中は、戦略機密とさえ扱われた、魔王軍最高幹部――暗黒騎士団長――の、休暇の予定。
夏にまとまって休みを取れるから、繁忙期なのは承知しているが、少し会えないか……というもの。
私は、口元に笑みを浮かべた。
そこで、ガチャリと部屋の扉が開いて、リズが入ってくる。
「まーた悪い顔して、今度はどんな悪だくみしてるんです?」
「……失礼な。至極まともな事しか考えてないよ」
「そういう表情じゃありませんでしたよ」
……口元を押さえる。
果たして私は、一体どんな表情をしていたのだか。
「手紙、誰からですか?」
「ブリジットからだよ。今年は夏にまとまってお休み取れるんだって」
リズが眉をひそめた。
「……え? なんでそれでさっきの表情になるんです? しかも、誰に見せるでもなしに」
「そんな事言われても……私にだって分からない」
自覚していない事を言われても困る。
「まあいいです。マスターですからね。悪い笑顔がデフォルトですよね」
納得の仕方がひどい。
「まあ、そういう事なら私達もお休みは取れるんじゃないですかね。支配人不在でも、やっていけるようにならなければいけませんし」
「リズ、さすが!」
「実際、別にいなくても問題ないと思うんですが」
「リズ、ひどくない?」
リズが笑った。
「冗談ですよ。繁忙期とは言っても、どのみち受け入れ人数は変わりませんしね」
「うん」
最近は、予約が埋まるようになってきた。
元々、ゆったりした雰囲気が売りの宿でもあるし、満室の時に一番大変なのは、多分厨房だ。
それも、新入りさんが一人、こちらから募集したのではなく、自ら志願して厨房に入ったので、一時期よりは楽になっているはず。
シェフに惚れ込んで……という事だ。
実の所『私にしか出来ない仕事』は、ほとんどない。
予約のチェックやシフトの調整などは私とリズの仕事だが、他の人が関わる割合も増えた。
各種仕入れの契約が、私の一番大事な仕事とも言える。
しばらくは、確実な販路と、黒妖犬達によるサポートを切れる生産者はいないだろう。
それぞれ、個人的な縁もあると思うんだけども……それに頼り切りもよくない。
開店から一年半ほど。
レイラとライラ、ディアナにハル。オープニングスタッフが育って、頼もしくなってきた。
元女将の人も、さすがに経験者だけあって頼れるし、私がいなくても回るようになり始めた。
軌道に乗った、とも言えるだろう。
もっと安定したら、長期のお休みを今よりも沢山取って、もっとリズと二人きりでイチャイチャするんだ。
リズが、ばっと視線を巡らせた。
油断なく周囲を見回し――……すぐに、私に視線を据えて、じーっと見る。
「……妙な事考えませんでした?」
「妙な事は考えてない。このまま順調なら、いずれは長期のお休みを増やして、リズとイチャイチャしたいとは思った」
隠す事もないので正直に答える。
妙な事など、少しも考えていない。
「…………」
リズが言葉を探して沈黙する。
そして小さく息をついた。
「仕方ない支配人ですね」
真面目な声のトーンに、うなだれる。
「はい、ごめんなさ――」
「長期休みじゃなきゃ、イチャイチャ出来ませんか?」
「え? ――え?」
彼女が、近衛師団の暗殺者を辞してからもう十年以上。
退役してからも一年ほど。
でも、現役すぎる。
私も、これでも結構鍛えられてきたはずなのに――軽く誘導するように押され、さっきまで立っていたのに、気が付いたらベッドに座らされていた。
「今日はもう、仕事ありませんからね」
リズが極上の笑みを浮かべると、私の隣にちょこんと座る。
そして、私の腰のリボンを引っ張った。
するりとほどけたそれを、笑いながら手でもてあそぶ。
「マスターがこのリボン引っ張りたくなる気持ち、ちょっと分かります」
ちなみに、このリボンはダミーなので、ほどいても別に何も起こらない。単なるデザインだ。
シャツの一番上のボタンが外され、リズの指がつうっと鎖骨を撫でた。
「やっ、リズ」
身をよじった私の動きを止めるようにリズが抱きつき、それ以上何をするでもなしに、頬をすり……と寄せながら、くすくすと笑う。
私もつられて笑いながら、リズの腰のリボンを引っ張ってほどいた。
二人してお揃いというのも、悪くない。
私にとってこのメイド服は、制服であり仕事着だ。――でも、こんな風にされると、それだけではないように思えて、嬉しかった。
リズが頬を離して、ちょっと上目遣いになって私を見る。
「ところで総支配人って、どこまでやっていいんですか?」
私は微笑んだ。
「……なんでもしていいよ」
一言、付け加える。
「ただし、私限定で」
「――へえ」
リズが、にやりと笑った。
彼女には珍しい――悪い笑顔。
「『なんでも』?」
早まったかな、と一瞬思う。
私のトレードマークは蛇なのに、ヘビに睨まれたカエルって言葉が頭をよぎる。
「う……ん」
心臓の鼓動が早くなる。演算は順調らしい。
一体何を言われるのかと、ドキドキしながら彼女の言葉を待つ。
リズは、私の手を取って引き寄せた。
「じゃあ、今日はずっと抱きしめていてもらいましょうかね」
「……そんなのでいいの?」
「――そんなのがいいんです」
私は頷いた。
「喜んで」
リズをそっと抱きしめる。
彼女も微笑んで――優しく私の唇を奪った。
……そして、優しさがどっか行く。
「んっ……ふっ……えっ? リズ?」
思わぬ激しいキスに狼狽した私に、リズは、悪戯っぽく笑った。
「ずっと抱きしめていて下さいね?」
リズが器用に胸元のボタンをもう一つ、歯で噛んで外した。
彼女は抱きしめられて動きにくいままなのに、肩のフリルがずらされ、胸元が軽くはだけられ、思わず頬が赤くなる。
「ちょっと、待っ――」
「待たない」
敬語をやめたリズの勢いに黙らされる。
下着をよけて、剥き出しの肌についばむようにキスの雨を降らされ、胸の鼓動が高鳴っていく。
ほとんど反射的に目を閉じて、リズを抱きしめている腕にぎゅっと力を込めた。
リズが、私の短い耳に唇を押しつけるようにしてささやく。
「離さないで、ね?」
「……うん」
思わず目の端に涙が滲む。
嬉しくて、どこか切なくて――でもやっぱり、嬉しくて。
腕の中に愛する人がいる幸せを、強く噛み締めた。
愛する人が自分を愛してくれる幸せも、強く。
……後、愛する人が結構悪戯好きで、私の反応を楽しんでいるのも。
愛ゆえにと思いたい。




