不確かな未来が楽しみなのはいい事
「お帰りですか? ラトゥース様」
「おう。……嬢ちゃん。以前は悪かったな」
「はい?」
ラトゥースが、牙を剥き出しにして、にっと笑う。
「こいつは、魔王軍最高幹部に相応しい奴だってこった」
「――当然じゃないですか」
何故か胸を張るリズ。
ラトゥースが、私に手を上げて挨拶した。
「またな、悪い魔法使いさんよ。次に会うまで生きてろよ」
私も手を上げて挨拶を返した。
「ラトゥースも元気でね。――武運を」
「おう。お前もな。――武運を」
お互いに上げたサイズの全く違う手と手を、軽く打ち合わせた。
リズと何事か話していた彼を見送った後、リズと二人きりになる。
彼女が、躊躇いがちに口を開いた。
「……なんか、仲良くなりましたね?」
「命の恩人だからね」
「それは分かっていますが」
「それに、戦友だから」
何故かリズが、顔を曇らせる。
「ええと……言っておきますと、人間と獣人の異種間交配は可能ですが、子供は母方の種族で産まれます。マスターの場合人間ですね」
「それは知ってるけど……?」
「色々と複雑な立場になる事が予想されるのでー……愛があるならあえてお止めはしませんが……私個人としても、複雑……です」
「……あの、リズ?」
「でもですね、ラトゥース様は特定のお相手こそいませんが、十七人のお子様がいますので、その、あまりマスターのパートナーとしては」
「だからリズ? 私とラトゥースは別にそういうんじゃないから」
「なら、よいのですが……」
リズが、ほうっ、と息をつく。
しかしラトゥース、パパさんだったのか。
獣人は、特定の相手と結婚するひとばかりではないと知ってはいたけど。
共同体としての意識が強いし子供好きだから、問題はないのだろう。
王立の孤児院などもあるが、獣人の子供は滅多にいない。
実際この国で一番人口が安定している種族だ。
……それでも十七人ってかなり多い方では。
しかし考えてみると、今は最高幹部で、人柄もまっすぐでホット。敵には容赦ないが身内には優しくて面倒見がいいっていう、典型的なアニキタイプ。
腕も立つし、考えれば考えるほど、彼の子供が欲しいという人がそれぐらいいても、別に驚かないな。
私とラトゥースは、そういうんじゃないけど。
「リーズ。残りのウサギさん食べさせてー」
とりあえず、怪我人の特権とばかりにリズに甘える事にした。
リズがジト目で、私の口にやや乱暴にウサギりんごを突っ込む。
「マスター? ラトゥース様はお仕事ですよ。必要なら軍を出して圧力を掛けるために、国境の城塞へ向かわれるそうです。それに引き替えマスターはこんな体たらくで、同じ最高幹部として恥ずかしくないですか?」
口の中のりんごを飲み込んでから、断言する。
「恥ずかしくないよ。彼は戦闘向きで私はそうじゃない。囮としての役割はしっかり果たしたしね」
給料分は働いたと、自信を持って言える。
「後、怪我してるから療養も仕事の内」
「……まあ、それはそうですが」
ベッド脇のリズを招き寄せて、そっと腰に手を回し、指と指を絡める。
「だから、今は可愛いメイドさんとイチャイチャしても問題ない訳だけど?」
リズが苦笑する。
「……やっぱりマスターは、人間としてサイテーですよ」
「光栄だね」
微笑んだ。
私は"病毒の王"。
種族、人間。
目標、人類絶滅。
今は、ちょっとその合間の息抜き中だ。
「――でも、イチャイチャはしませんからね」
「しないの?」
「しません!」
キッパリと言うリズ。
いい事を聞いた。
彼女にとって、手を握って、腰を抱くぐらいはイチャイチャに入らないのか。
私はこれぐらいでも十分に楽しいのは内緒にしとこう。
リズがデレたら、どうなるのかな。
ちょっと、未来が楽しみになってきた。
・1章あとがき
うちのリズが一番可愛い!
……あ、マスターも可愛いですよ。
でもこう、一人称目線なのでついついマスターに感情移入してしまうのです。
はいこんにちは、水木あおいです。
病毒の王「1章」をお読み頂きありがとうございました。
……第51部分から読み始め、あとがきの文字にもひるまず突っ込むチャレンジャー様は……敬意を表すると共に、是非一度、最初からお読み頂ければ幸いです。
作者が作品について語るのが苦手な人は、「あとがき」の文字でもう回れ右してくれたと信じています。
好きなもの、ありますか?
私は、たくさんあります。
言動がたまにエキセントリックだけど優秀な上司に振り回される部下、とか。
お互いの立場ゆえに生まれる信頼感、とか。
同性ゆえの気安さ、とか。
同性ゆえの距離感の難しさ、とか。
一緒に暮らしていく内に、悪い所もいい所も分かり合っていくの、とか。
色んな表情を見たくて。言葉で。行動で。少し、いつもと違う事をしてみるの、とか。
視線とか。仕草とか。間の置き方とか。そういうのでも相手の言いたい事が分かるようになっていくの、とか。
指を絡めて、見つめるだけで、永遠に続く幸福がないのだとしても、その瞬間は、心が通じ合ったような気がするの、とか。
いいですよね。
なんかこう、「あれ? なんでこの好みで人類絶滅させに行ってるの?」と思う時もあります。
でも、人生は不思議が沢山ですよ。
「ほのぼの」と「ダーク」を同時押しして、異世界で人類絶滅を目指す合間にダークエルフのメイドさんとイチャイチャするお話を書く事が、さも当然のような顔をして日常に食い込んでいる毎日です。
しかし、自分で言うのもなんですが、あまり「病毒の王」が作品として重いとは思っていません。
だってほら、普通の恋愛物でも、上手い作者さんは感情を揺さぶってきて心をズタズタにしてくれますよね。
最近それが楽しくなってきた感もありますが、個人的にはやはり重いのが苦手なので、うちの恋愛路線は、ほのぼのが基本です。
……ええ、「ほのぼのが基本」ですとも。
うちのマスターの決めゼリフが「目標、人類絶滅」であろうとも、そこだけは譲れません。
恋愛以外も、重い部分は人類側に受け持って貰おうと思います。頑張れ人類。
さて、2章はとりあえず差し迫った脅威を潰したので内政フェイズに移行します。
これを翻訳すると、「リストレア観光! ほのぼのイチャイチャ増量!」となります。
翻訳の基準がおかしい? 残念ながらよくある事です。
シリアス展開は……ないとは言いませんが、大丈夫ですよ。
人類が頑張ってくれますからね。
後は、新メンバーが加入予定。
作者として大好きなのがマスターとリズの主従コンビだという事に変わりはありませんが、"病毒の王"陣営も人員増加です。
最後に、今後の更新の予定に関して。
一段落した余韻を楽しんで欲しいので、1章完結を機に少しの間更新を停止します。
十月吉日より更新再開します。合間に番外編的なイラストを投稿予定です。
『吉日』が何を意味するかは、賢明な読者様におかれましてはきっと察して頂ける事かと思います。
……リアルタイムで追ってくれている方に、なるべく早く2章をお見せ出来る事を願ってやみません。
ここまで読んでくれたあなたが、引き続きうちの子達を応援して下さると嬉しいです。