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病毒の王  作者: 水木あおい
EX
509/574

巡り行く季節


 雪を掻き分けて下山するリベリットシープを見送った後、控え室に戻ると、私はほっと息をついた。

 皆も同じ気持ちだったようで、空気が緩む。


 私はハルに声をかけた。


「ハル、無理はしないでね」


「これでも、元暗黒騎士だから……」


 ごく自然に、彼女は『元』を付けた。


 ――確かに今の彼女は、暗黒騎士とは呼べないだろう。

 なにしろ十年間も、訓練していないのだ。


 でも、彼女が言ったのは、多分そういう事じゃなかった。


「ねえ、ディアナ」

「なあに? ハル」


 ハルが、ディアナの腕を引いて軽くかがませて――その頬にキスをした。


 うろたえるディアナ。



「今まで、ありがとう。これからも、よろしく」



 気遣いの出来る天然系小悪魔だ。


「……うん。よろしく」


 ディアナも、ハルの頬にそっと唇を寄せる。


 そんな二人の姿を見ていると……胸が詰まって、隣のリズを見た。

 リズも同じ気持ちだったのか、微笑んで、私の腕を引く。


 思わず笑みがこぼれた私の頬に、リズの唇が触れ、その甘い感触に心が柔らかくほどけていくようだった。


 私は、リズの手を取って、顔を寄せて、まず、長い耳の先にキスをした。

 そして、中ほどに。


「んっ……マスター」


 リズが思わず身をよじって逃れようとした瞬間、彼女の手を引いて逃がさず、耳の付け根に唇を触れさせる。


 リズが目で抗議する。 

 笑って、頬にくちづけると、さらに反対側の頬にも、もう一度キスをした。


「……多いですよ」


「私の気持ちだよ」

「じゃあ足りません」


 リズが、握られたままだった手にぎゅっと力を込めて、今度は私を引き寄せた。


 お互いにもう一度ずつ、頬にキスをする。



「……続き、する? 部屋行こっか?」



 さすがに、人前――それも、純真な二人の前なので、自重する。


「ええ。でも、今日のマスターのお休みありませんよ。私もですけど」


「え?」

 確か今日の私とリズのシフトは、トラブルが起きない限り、チェックアウトするお客様を見送れば仕事終わりだったはず。

 実質お休みだ。


「言ったじゃないですか。『シフト組み直しておく』って。ハルとディアナと、後マスターの抜けた穴を埋めてくれた子達は、今日の私達とお休みを入れ替えてもらったんですよ」


「リズが有能すぎる……」


 どこからか交替要員が降ってくるはずがなかった。

 飛び入り客というものがいない当温泉の事。あまりシフトは乱れないが、体調不良などがあれば、お休みの人にお願いする。


「……ごめん。支配人。私のせいで」

「ごめんなさい、支配人さん……。私達が……」



「ううん……ハルは悪くないよ……。ディアナも……」



 誰も悪くない。

 悪かった人なんて、誰もいない。


 その証拠に、私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"として培った力を、ディアナを止める時にしか使っていないのだ。


 私とリズは手を離すと、お互いに笑い合った。

 私は、軽くパン、と手を打ち鳴らす。


「さ、気持ち切り替えていこうか。ハル。また、おいおいね」

「ん」


 頷くハル。

 以前と比べると、少し、動きに生気が宿っているような気もする。

 しかし返事は省エネ仕様。


 私は、暗黒騎士だった頃のハルを知らない。

 でも、多分……私の知っていたメイドのハルと、暗黒騎士ハールーシェ・リーンフェストの中間に、今のハルがいるのだろう。


 連れ立って控え室を出ようとした時、リズがそっと背伸びして、私にだけ聞こえるように耳元にささやいた。



「続きは、また後で」



 私は思わず、ばっと耳を押さえてしまった。

 リズが、にまーっと笑う。


 ……好き。


 自分の言葉を、私がどんな風に受け取るか理解するようになったリズの攻撃力が高すぎる。

 なんて悪女さんだ。


「どうしたんですか? 支配人さん」

「どうしたの? 支配人」


 二人が、足を止めた私達を振り返る。


「なんでもありませんよ」

「……なんでもないよ」


 二人が、どこか似通った仕草でぽやんと首を傾げ、また前を向いて歩き出す。


 私達も後に続き……私はリズの耳に口を寄せて、ささやいた。



「……楽しみにしてる」



 リズは、私ほどあからさまな反応はしなかったけど。

 口元を緩めて、マフラーをぴこりとさせた。


 私は多分これからもずっと、リズに翻弄されて、振り回される事だろう。


 私は、口元に笑みを浮かべた。

 ――望む所だ。


 隣を歩くリズが、首を傾げた。



「なんで、唐突に悪い笑顔してるんです?」



「……そんな顔してた?」


 思わず、口元を押さえた。

 染みついてる、かも。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪い笑顔じゃなくて気持ち悪い笑顔が出てしまう。 ニヤニヤって。 天然ちゃんの破壊力たるや、すさまじい。 そして悪女リズとデイジーの掛け合いがさらに破壊力高い。 [一言] デイジーって名前慣…
[良い点] マスター、リズ!人前、人前!子供の前だから! マスターの影響うけてるよねハル&ディアナ [気になる点] あ?ドクターの黒犬さん添い寝は実現したのでしょうか?無事だったかなぁ
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