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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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命の恩人とりんごのウサギ


 来客を出迎えに行ったリズが戻ってきた。

 伴っているのは――紺色の、金の肩章付きコートを羽織った狼の獣人。ラトゥースだ。


 彼が、軽く手を上げる。



「よう、怪我の具合はどうだ」



「あ、命の恩人が来たよ」


「我が主の命の恩人であらせられますか」


「マスターの命の恩人です」



 と、私、サマルカンド、リズ。


「いきなり命の恩人の連呼で出迎えられるとは思わなかったぜ。お前のとこは個性的だな」

「お褒めにあずかりまして」


 リズがすっと頑丈なサマルカンド用の大型丸椅子を差し出し、ラトゥースがそこにどっかと腰掛けた。


「別に褒めてはねえよ。それで? 怪我の具合はどうなんだ」


「どうなの?」

 視線をベッドサイドに立つリズに向ける。


「おい、なんで知らないんだお前。自分の体の事だろ」


 ラトゥースが顔をしかめ、表情通りに声色が不機嫌さを帯びた。


 正論だ。


「ついさっき目が覚めたところだったし、それからラトゥースが来るまでお仕事してたんだよ。報告聞いたりね」


「ちったあ自分の体に気を遣いやがれ」


「とりあえず安静にしとけば大丈夫そうだったし。――リズ。それで?」


「一週間は安静にするようにとお医者様に言われています。一応包帯は巻いていますが、何もなければ三日で取れるそうですよ」


 大体想像していた通り。

 安静にする期間が結構長いが、まあ戦士でもない私の事。そんなものだろう。


 ごろごろしていればいいのだから、実に私向きの仕事だ。



「そう。じゃあ、その間リズに甘え放題! たまには怪我するのもいいね」



「頭やられてないよな?」

「怪我人になんて言いぐさだろうね」


 遠慮のない物言いだ。


「というわけでリズ、このりんご剥いてくれる?」


 サイドチェストに載っていた、籠に盛られたりんごを指さした。


「……まあいいですけどね。これでも私、一応はメイドですからね」


 リズがぼやきながらも、手際良く皿とフォークをサイドチェストの引き出しから出し、果物ナイフも出した。


「"浄化(クレンジング)"」


 一見地味な、殺菌用の生活用魔法。

 けれど、こういった魔法が、この土地で生きていく魔族を支えていると言っても過言ではない。


 私の"粘体生物生成(クリエイトウーズ)"の使い方は、想定されてなかったみたいだけど。


「リズ。ウサギさんにしてくれる?」

「承りました」


 そしてりんごを八等分し、種を取り、皮に切れ込みを入れて、可愛らしいウサギさんにしていく。

 さすがアサシンメイドさん。刃物の扱いは素晴らしい。


「私、今回あんまり役に立たなかったですし……」


「こいつがトドメを刺したって言うが、実質一人で三人倒しただけでも上出来だ。そもそもお前さんは、暗殺に対する備えじゃないのか?」


「ありがとうございますラトゥース様。――けれど、それではダメなんです」


 リズが、確かな決意を込めて刃物を操る。

 対象はりんごで、ウサギさんだが。



「マスターの敵を、確実に排除出来なくてはいけなかった」



「リズ、食べさせてくれる?」


「あ、はい」


 リズがフォークに刺して差し出してくれたウサギりんごを、皮ごと頬張る。

 地味に無農薬が当たり前なのは嬉しいところ。



「……真面目な話の間に、さらりとイチャイチャするのやめてくれるか?」



「いっ……イチャイチャ!?」


「んー、リズにウサギさんにしてもらって、食べさせてもらうと美味しいなあ」


 少々わざとらしく頬に手を当てて、追い討ちを掛ける私。

 リズが頬を染めて叫んだ。



「私はイチャイチャなんてしてませんからね!?」



「いや、してるだろ」


「してるよねえ」


「……しているかと」



 ラトゥース、私、サマルカンド。全員の意見が一致した。


「サマルカンドまで……」


 リズが、一つ息をつくと、高らかに宣言した。



「これは、あくまで主従としての礼儀であって、それ以上でもそれ以下でもありません!」



「主従としての礼儀って、りんごをウサギさんにしてくれるの?」

「まあそれぐらいはやぶさかではありません」


「添い寝してーって言ったら?」

「……まあ、護衛の必要性次第では」


「一緒にお風呂入ろーって言ったら?」

「それも護衛の必要性次第では……」


 ラトゥースがぼそりと呟く。



「もうさっさとつがいになれや」



「ラトゥース様! 私とマスターは女同士ですからね!」


「そういやそうだったな」

「なんだか失礼な事言われた気がするよ」


「悪いな。耳も尻尾も付いてない奴を女と見れないだけだ」

「謝ってない気がする」


 ラトゥースが、不意に真面目な顔になった。



「嬢ちゃん達。席、外してくれるか」



 リズが、私を見る。


「分かった。外に出ててくれる? 何かあったら呼ぶから」


「ですが……その……」


 多分、ラトゥースの部下の獣人さん達に、危うく殺されそうになった一件がリズの中で尾を引いているのだろう。


「『何もなかった』。それに、私達を助けてくれたのはラトゥースと獣人軍の人達だよ。リズ、サマルカンド。――席を外してくれ」


「……はい」

「承知しました」


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― 新着の感想 ―
[良い点] (現在読み返し中) やはりこのイチャイチャを見ると日常に帰ってきたと実感する。 [気になる点] (誤字と言われればそうかな…?って程度の違和感を発見し報告しました。 気にせず放置するのも…
[良い点] リズの抵抗。まだ理由が必要なイチャイチャ。 ゴリ押しせず絡めとるように甘えるマスター。 特別から日常に変化。 [一言] 「もうさっさとつがいになれや」 命の恩人いいこという
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