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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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遠い日の寂しさ


 食事を終えると、レイラの顔に生気が戻ってきた。

 まだ毛布を巻いているが、顔色はかなり良くなっている。


 食器を片付けて、絨毯の上に輪になって座る。私は彼女の正面だ。

 レイラの隣のレベッカが口を開く。


「では、レイラ。改めて、詳しい話を聞かせてくれるか?」

「……はい」


 彼女はしっかりと頷いた。

 レベッカが聞く。



「まず――何故、そいつらが"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"だと信じたんだ?」



 言われてみると。


 外見に関しては、ブロマイドが出回っているから似せられるだろう。

 売り上げは以前よりかなり落ち着いてきた。

 多分、もうかなり行き渡ったのだろう。


 特に"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の物は、飾っておくと悪い事が寄りつかない魔除けとして使われているとか。


 本来の想定にない用法。

 レベッカが冗談で言った事があるが、まさか本当になるとは。


 しかし、売り上げ一位はレベッカだ。

 男女問わない圧倒的な支持率はさすがの一言。


 私は、知名度はある。

 その名前が何を意味するか……実態を超えて、様々な噂がささやかれている。

 その名を騙れば……信じさせる事が出来れば、その恐怖は想像に難くない。


 しかし同時に、『何をすれば"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"なのか』?


 外見だけを似せても、意味がない。

 何か信じた理由があるはずだ。



「……黒妖犬(バーゲスト)を、連れてたんです」



 レベッカが私を見る。


「……いや、私じゃないよ」

「誰が疑うか。……『野生』の黒妖犬(バーゲスト)は、まだいるのか?」


「いてもおかしくはないかな。特にランタル地方とランク地方は。ペルテ地方は……どうなんだろう」


 かつての人間達の国は、地方名として地図に名を残している。

 もちろん、戦争の色を消すために新たな名前を付ける事も検討された。

 しかし、なんだかんだ既存の名前の方が馴染みがあるのだ。


 それに、ガナルカン地方を筆頭に、かつて魔族――ダークエルフや獣人――が名付けた地名も入り混じる。


 唯一、『エトランタル神聖王国』の『エト』のみ、宗教上の理由から縮められた。正直、ちょっと間抜け。


 これからも、地図は変わっていくだろう。

 新しい町が生まれ、時に消える。地名が統廃合され、再編されていく。


 新しい時代。新しい世界。



 それを邪魔する馬鹿を排除する。



 どんな手を、使っても。


「……私達は開拓村に志願しましたが……その、ぶっちゃけお金目当てで……特技があるわけでもなくて……」


 一度人がいなくなった土地を開拓しつつ、勢力圏を確保する役割を持つ第一陣は、精鋭揃いだった。

 第二陣以降は、そうでもない。


 かつての人間達の支配領域では、魔獣種があまりいない。人里近くに限って言えば、完全に駆逐されたと言ってもいいだろう。

 森の奥や山の上、そして荒れ地や沼など、利用価値の少ない所まで追いやられている。


 合理的だ。根絶となれば安全の確保よりも遙かに多い時間と労力を必要とする。


 ……その合理性を、私達にも向けてくれれば良かったのだが。



「開拓村の住人は、全部で三十人います。でも、私達は束になったって黒妖犬(バーゲスト)の一匹にだって敵わないんです。それが、三匹も……」



 黒妖犬(バーゲスト)は、単体では中級の魔獣。

 黒妖犬(バーゲスト)の恐ろしさは、群れの恐ろしさだ。


 単体で上級とされる魔獣は、まず群れない。精々子連れの母や、つがいだろう。


 ……うちには、上級クラスの魔獣を、単独で打倒出来る英雄クラスが揃っているため、忘れがちだが。

 多くの住人にとって、魔獣は純然たる脅威なのだ。


「目を血走らせて……涎を垂らして……あの唸り声を聞くだけで、勇気がくじけそうで……」


「……レイラ。安心して。不安要素は今消えた」

「……え?」


 私は、寝ているレイラを、そのもふもふの毛皮で温めてくれて、今は部屋の隅に固まっているバーゲスト達を手招きした。

 だっと寄ってきて、飛びつく。


 以前は押し倒される事もあったが、上位死霊(グレーターレイス)になった今なら受け止められる――


 ……のだけど、十数匹に一斉に飛びつかれるとさすがに埋もれる。


「え、え!? あの!」


「暇してたんだな。――大丈夫だレイラ。いつもの事だから」

「ええ。――大丈夫ですよ。日常茶飯事です」


 レベッカとリズがこともなげに言う。

 視界が一面黒くてもふもふで表情が分からないが、多分レイラは慌て顔で、二人は涼しい顔をしているのだろう。


「……お前達。二匹残して離れなさい」


 もそもそと動く、真っ黒な毛玉に見えていただろう私が、ようやく人型に戻る。

 もちろん、残った二匹の首筋を抱き寄せて、首元を揉むのも忘れない。


「これが、黒妖犬(バーゲスト)だ」


「……これが?」

 レイラが首を傾げる。


「……うん、タイミングが悪かった」


 最後に首元の毛を軽く整えて、ぽんと叩くと、すっとバーゲスト達が離れる。


 私は立ち上がった。

 そして手を上げると、バーゲスト達は音もなく、輪になった私達をさらに取り囲むように輪を作る。

 一糸乱れぬ動き。


 ぼうっと、境界線がゆらぐように毛の端がゆらいで、ほどけた。

 白く淡く、早朝の湖に広がる朝靄(あさもや)のように。冬の曇り空が作る木陰のように。


 そして目が、熾った石炭のように赤く爛々と燃える。


 両手を広げて、厳かに宣言する。



「――これが、黒妖犬(バーゲスト)だ」



 私は、同じ事を繰り返した。


 個の極致をリストレア魔王軍の最高幹部達とするならば、黒妖犬(バーゲスト)はその反対だ。


 集合体であり、群体。完全に意志の統一された群れ。

 吹き荒れる暴風であり、黒い疾風であり、真っ黒な嵐。


 群れの長の敵を群れの敵と定め、群れの長が認めた仲間を群れの一員とみなす。



 そして私は、この群れの最上位(アルファ)だ。



 それだけは変わらない。

 血と肉が仮初めの物になっても。新しい名前を得ても。魔王軍最高幹部でなくなったとしても。


 あのイトリアから先の時間は、全部、この子達に貰ったものだ。


 この子達は、多くを望まなかった。

 ……ただ、自分達を愛してくれる存在を求め続けた。


 群体型の魔獣ゆえに、個の境界線が事実上存在しない。

 通常は数匹から十数匹の群れという形を取るように、獲物を喰らって魔力を高めれば、数を増やせる――が、それだけだ。


 一匹である事は変わらない。

 

 ……群れで生きる生き物が、たった一匹(ひとり)で居続けたのだ。


 だから、この子達にとっては。

 私の撫でる手が。抱きしめる腕が。黒くてもふもふの毛に寄せる頬が。抱きしめて、埋もれるようにして眠る私の全てが。


 かけがえのない物になった。


 私がこの子達に注いだものが、本当に愛情と呼べるようなものだったのかは……分からない。

 私はただ、寂しかっただけだ。


 あの時は。

 今はもう……寂しくはない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「もう寂しくはない」この言葉が四番砦ででるのがいいですね。 前回訪れたときは「ひとりにしないで」のセリフが印象的でしたから。
[良い点] 出会ったらまず生き残れない魔獣なんて、そりゃあ一般人で正確な姿を知るものはそういませんよね。 まぁ、犬には多分罪はないでしょうし、犬は助かるかなぁ。犬は。 黒妖犬と病毒の王の関係性や、イ…
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