竜の呪い
私と私の部下達をこんなにした相手――白い鎧の騎士の事を聞くと、リズが一つ頷く。
「あ、はい。一応調査の結果が出ています」
「あの強さ……回復能力の理由と、どういう目的で、どういう侵入経路で来たか、分かってる限り教えて」
「分かりました。あの白い鎧の騎士の出身はランク王国で、"ドラゴンナイト"だった事は、ほぼ間違いありません。詳細を確認中ですが、おそらく隊長です。最後の、と言うべきでしょうか」
「……"ドラゴンナイト"って、ドラゴン降りてもあんなに強いの?」
「安心して下さい。あれが『特別』です。残り四名に関しましては――」
「あ、それは今はいい。また今度、報告書でお願い」
目の前で見ていない二人は知らないが、それもリズが殺したはずだ。
普通に殺して死ぬような相手なら、急いで聞く必要もない。
「はい。目的は"病毒の王"の暗殺であったと推測されています。派手な陽動という可能性はありますが、現時点では、目立った動きは報告されていません。私見ですが、多分素直に暗殺でしょう」
「まあ、あれで違ったら困るけど。――侵入経路は?」
「持っていた地図の印などから、リタル山脈を徒歩で踏破して大森林を抜けて来たと思われます」
「待ってリズ。……『リタル山脈を徒歩で』って言った?」
私の記憶が正しければ、それは国境線代わりの高峰が連なり、万年雪で頂上が白く染められた山脈の名前だ。
ドラゴンの住処であるという事を差し引いても、雪崩の巣だ。
魔法があってさえ、人が安全に山越えを出来るような山ではない。
しかし、そこで思い至った。
「……あ、低くなってるとこ?」
「いいえ。高くなってるとこです」
低くなっている所はあるが、そこは城塞も築かれ、リストレア魔王国の警戒が厳しい。
確かに、高くなっている所ならば、警戒が薄い……というか、警備自体がいないだろう。
でも。
「馬鹿だよね?」
「馬鹿ですね」
リズが同意した。
「でも……もう少しで上手くいくとこだったんだよね……」
「さすがに馬鹿すぎますからね。あのルートを少数突破されると……ちょっと……」
リズの表情が曇る。
「再発防止は?」
「ドラゴン側へリタル山脈の防空網見直しのお願いと、後は、獣人軍が、巡回を多少強化してくれるとの事です」
「まあ、失敗したわけだし、そんな馬鹿がもう出ないとは思うけどね……」
「そう思いたいものですが、可能性は無視出来ません。無用の警戒を続けるのもそれはそれで負担なのですが……」
"病毒の王"がよくやる戦術だ。
例えば一つの村を全滅させても、次は隣の村を襲ったりしない。
規則性を持たせず、各地に出没する捉え難い影が、私達だ。
「まあ、このルートを私達に気付かれず、大軍を動かすのは無理だと思うので、頭の片隅に置いて警備してもらうのが現実的な落とし所でしょう」
「だね」
頷いた。
「それで、強さの秘密は?」
「ドラゴンの血です」
そういえば竜の加護とか言ってた。
"ドラゴンナイト"とはつくづく因縁があるらしい。
「ドラゴンの血って、そんな効果あるもの?」
「普通はそんなに強い効果はありません。少量ですが、手持ちに残っていた飲み薬を解析に回しました。ドラゴンの血をベースにしていたようです。精製方法などは不明ですが、服用すれば、最高強度の治癒魔法が常時発動した状態になる……とでも言えばいいでしょうか」
「不死身って事?」
「効果時間中はそうです。実際、脳を破壊したと思ったら動きましたからね。不死生物でもあそこまでしぶとくないですよ……」
リズが再びぼやく。
でも確かに、言いたくなる気持ちも分かる。
「あんなものが大量に作られたら……」
ぞっとした。
「それに関しては、そのー……多分大丈夫だと思うんですよ」
「どうして?」
語調を少し強めて聞いた。
"ドラゴンナイト"の一員であり、なおかつ隊長だったというなら、それなりの強さを持っていただろう。
けれど、近衛師団のリズと、上位悪魔のサマルカンドを、ああも圧倒出来るほどではなかったはずだ。
常人を、不死の英雄に変える薬。
その薬とは、そういうものかもしれないのだ。
「調べてくれた、王城に詰めている研究者によると『こんな服用者への殺意に溢れた薬と術式は久しぶりに見た』だそうで」
「……副作用あるの?」
「副作用しかない、と言いますか。詳しくはもっと調べてみないと分からないという事ですが、どうも生命力……言ってしまえば、寿命を前借りしてるみたいなんですよね……」
「何その悪魔の発明」
「人間の方が薬学に関しては進んでいますからね。……とはいえ、成分に関しては、ドラゴンの血がベースなのは間違いないようです。いくら"ドラゴンナイト"を擁していた王国とはいっても、もういませんし、量産は無理でしょう。……いっそ量産させた方が、片端から戦える人間を使い潰してくれるような気もしますけど」
「最後のは危険思想すぎる。ていうか、『竜の加護』とか言ってたけど呪いじゃないのそれ」
「マスター鋭いですね。呪いに近いそうですよ。"血の契約"に近いところもあるとか。服用を止めても死ぬ可能性があるとの事で……あの量では、おそらく一週間もせず自滅していたでしょう」
くすりと呼ぶより、ヤクと呼ぶべき代物か。
「分かった」
頷いた。
「念入りに潰せ。必要なら陛下に予算と人員の追加をお願いしてもいい。――"病毒の王"の名において命じる。素材、施設、人員に至るまで、あの薬に関わった全てをこの地上から消滅させろ」
「はい、マスター」
リズが、優雅に微笑んで頷いた。
「ところで、竜の血って薬用効果あるの?」
「……一応、効能は確認されています。ダークエルフと獣人に、ほぼ同じ効果が出ます。人間も多分、同じかと」
「どんな?」
「い、言わなきゃダメですか?」
「なに? 私が知ったらまずい事? 何か危ない事に使いそう? 例えば猛毒とか」
「用法・用量を守る限り、毒ではないです、毒では……」
「明確に拒否する理由がないなら教えて」
「……血管の拡張効果とかあって、魔法では難しい体質改善を目的として、ごく少量が医療現場で使われる事が……」
別に伏せる必要がある効果や、用途には思えない。
つまり。
「その口振りだと、他にも効果があるんだよね?」
リズが、少し頬を赤らめて、ささやくように言った。
「精力増強効果があります……」
なるほど、スッポンの生き血。
心の中で頷く。
「もう一回言ってくれるかな」
「精力増強……です」
「もう一回お願い」
「せ、精力……って、明らかにもう分かってますよね!?」
顔を赤くして叫ぶリズに、私はにこやかな笑顔を崩さずに答えた。
「ええー? そんな事ないよ?」
「そういうたわむれに付き合うのは業務範囲外です!」
「ちなみに手に入る?」
「……理由を明確にして、陛下を通して頼めば、少量なら問題ないでしょう」
「個人的に部下のメイドさんに使ってみたいって理由、通ると思う?」
「断固阻止します」
「分かった。私が飲む方がいいんだね」
「そんな事は言っておりません」
「あれ、両方が飲むべき?」
「そういう事も言っておりません」
リズと、いつものようにたわむれていると、なんだか肩の力が抜けた。
ふかふかの枕とシーツに身を預け、ゆっくりと頭を沈める。
「『いつものお仕事』も大変だね」
微笑んだ。
そこで、ベルの音が聞こえる。
来客だ。