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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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"四番砦"への再訪


 岩だらけの山道は、かろうじて整備されている。

 一応道らしき筋があるだけで、獣道感もあるが、リタル山脈においてはかなり歩きやすい道だ。

 というか、『道』と呼べるだけで贅沢。


 厳冬期だと、完全に道が埋まる。


 初夏とは思えないほど爽やかで、ひんやりとした風が吹き、万が一に備え防御力をほんのり上げている肩布をはためかせた。

 同じく、一応何があるか分からないという事で持ってきていた杖を突いて歩きながら、口を開く。


「夏は割と歩きやすいよね」

「……冬にこの山を越えようとする馬鹿が、二組もいたのが驚きだよ」


 レベッカの呟きに、かつて彼女が言った「兵が哀れだ」という言葉が重なる。


 魔法の防寒装備があったとして、軍事行動に季節を選ぶのは当然。

 特に敵地進軍など。


 ……あまりの馬鹿さ加減に、まともに警戒されていない隙を突いて侵入され、あまつさえ、囮役も兼ねているとは言っても最高幹部の一人である"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が暗殺されかけたので、定石破りが有効な時もあるのだなと。


 しかし、そうそう成功するものではない。

 定石が何故、定石と呼ばれるのかと言えば、それが実戦の洗礼に耐えるまっとうな理屈だからだ。


 つまり、定石破りとはギャンブルだ。

 軍人が、政治家が、本来するべき決断ではない。



 私はもう一般人なので、出るかも分からない温泉を当てにして、辺境通り越して秘境に温泉宿を作るなんてギャンブルしても許される。



 多分。


 ――岩の陰などに、固く凍りついた雪が見えるようになってきた。

 森林限界はとうに超え、山頂に近付きつつあるという事だ。


 『リタル山脈』は、東西に恐ろしく長い山々の連なりの総称だ。


 当然、それぞれの山の高さには幅がある。

 最も低くなって、途切れている場所に築かれたのがリタルサイド城塞だ。


 その、リタルサイドを除く他よりも低い場所に七つ砦が築かれ、一番から七番までのナンバリングが与えられた。


 その後、ここに警戒は必要ないだろうと統廃合を繰り返し、三つ残った砦が二番と六番、そして"四番"。

 エトランタル神聖王国からの侵攻の可能性が、理論上否定出来なかったからだ。


 なお、一番最初に廃棄された"一番砦"は、ペルテ帝国と接している。

 早々に消えたのも当然だ。

 砂漠に近い荒れ地越えから、雪山越えを出来る軍隊があれば少し見てみたい。


 とうとう、道に雪が積もるようになってきた。

 残雪ではない。天候によっては初夏の今でも雪が降るのだろう。


 先頭を進む黒妖犬(バーゲスト)に続いて、ふわふわとした雪に足跡を残して進みながら、吸い込まれそうな真っ青な空を見上げた。

 澄み切った空気。不純物全てが凍てつくような冷気。美しさと共に、人を拒絶するような雰囲気もある。


 リストレアにとってドラゴンは神聖な存在で、リタル山脈もまた同様。


 だから……そこで、温泉宿をやろうという突拍子もない計画には、少し思う所もある。

 

 けれど、崇められるだけでは。

 いつか高みから引きずり下ろされて、殺される。


 先の大戦は、はっきりと示してしまったのだ。



 (ドラゴン)が神に等しかった時代は、もう終わったと。



 百以上のドラゴンが、命を落とした。

 人海戦術によってではあるが、もうひとはドラゴンを殺せる。


 かつて神と崇められた竜族はもう利害関係の中に組み込まれてしまった。

 そして、選択肢を間違え続けた未来では――戦中と同じ役割しか持たなければ、きっと、ドラゴンの存在に利がなくなる。


 そんな未来が、この国に来るとは思わない。

 けれどかつてこの世界は、人間とそれ以外に分断された。


 人間とて、それを望んだ人ばかりでは、なかったろうに。


 ちらりと隣のリズを見る。

 視線に気付いたリズが、私を見返すとはにかんだ。


 もうこの山は戦場ではなくて。

 私は人間ではなくて。

 

 敵とされる種族は、ひとつもいない。




「……もう一回ここに来る日が来るとは、思ってなかったな……」


 "四番砦"。

 雪国らしい分厚い石壁に急勾配の屋根という建築技術と、基礎から魔法が掛けられている魔法技術――ひとの技術によって、自然に立ち向かうようにして築き上げられた砦だ。


 古い建物だし、元々軍の建物だ。五百名以上が収容可能というのも、短期かつ、雑魚寝ですし詰めならという条件がつく。

 かつて私達に個室や二人部屋が与えられたのは、まさしく上級士官にのみ許された好待遇だ。


 なので、宿屋として使うならかなりの改築が必要だろう。


 しかし、在り物があるかないかで、建築の難易度は大きく変わる。――特に、こんな場所では。


「それはまあ、普段は少数が詰めているだけの砦だから……って話とは違うのか、もしかして?」

 レベッカが首を傾げる。



「うん。正直、みんなが優しくなりすぎて物凄く怖かった」



 その優しさといったら、私が処刑前夜と勘違いするほど。

 死を覚悟して戦っていたつもりだった。事実、殺されかけた時にも、私の気持ちは揺らがなかった。


 私は人間の敵であり――このひと達の味方だと。

 そして、そのひと達にとって私がもう要らないというなら、それだけの話だと。


 今はもう違う。


 私はもう、そんな風に諦めない。

 諦めてなど、やるものか。


 私はもう、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"ではない。

 しかし、可愛い嫁と可愛い妹を愛でられる立場を捨てる気はないのだ。


 そういえば、今日は設備チェックを兼ねて泊まりの予定。

 ……部屋割りどうしよう?



 リズとレベッカが、ばっと素早い動きで、お互いに反対を向いて、百八十度ずつをカバー。私を中心に置いて、全周囲警戒に移る。



 サマルカンドとハーケンが躊躇いながらも、二人に従った。

 サマルカンドは黒い大鎌を生成して握り込み、ハーケンは剣の柄に手を掛けた。


「……何か?」

「怪しい気配はないようだが……」


 しかし、二人共、警戒すべき理由を見つけられない。


「……いや、リズ?」

「レベッカ……気のせいでしょうか」


 彼女達は顔を見合わせて目配せする。

 そして二人揃って、ジト目でじーっと私を見やる。



「失礼な。何かあったら最初に私を見るのどうなの?」



 もちろん、私の警戒網……黒妖犬(バーゲスト)の鼻にも危険はない。

 つまり、リズとレベッカが感じたのは多分私の気配だ。


「……今、妙な事を考えなかったか? 安全に関わる。違うなら謝罪してやるから正直に吐け」

「ええ。山頂をうろつく魔獣や不埒者がいるとも思えませんが……万が一という事があります。妙な事考えませんでした?」


 安全を盾にされては仕方ない。

 心配する側の立場は分かるし、無用な心配は掛けたくないのだ。


「……部屋割りについて少々」


 なので正直に吐いた。


 二人が、揃ってため息をつく。

 そんな動作が、以前よりも馴染んで、どこか似てきたような気がする。


「……サマルカンド、ハーケン。通常警戒に移行しろ」

「マスター。私達の危険感知能力に引っ掛かるレベルの妄想垂れ流すのやめてもらえます?」


「意図的じゃないんだけどな……」


 未だ証明されていない第六感があるのか、私の妄想が身の危険を感じるレベルなのか。

 とはいえ、視線や雰囲気からそういったものを感じ取るのは普通の話だ。


 ただ、私はリズと夫婦水入らずの夜を過ごすか、久しぶりにレベッカを、以前この砦で過ごした夜のように抱き枕にさせてもらうか、三人で仲良く川の字で寝るか……と考えただけだ。


 一応、安全のために固まって雑魚寝という選択肢もあるにはある。


「……水脈の調査をする。集中するから、周辺警戒、任せるぞ。……後、変な方に行こうとしたら止めてくれ」


「変な方?」

「魔力の流れを追うからな……足下がおろそかになったり……ひどいと壁さえ見えないからな……」


「なるほど。つまりこうだね」

 ひょい、とレベッカの手を取って握り込む。


「…………」


 ぺっ、と振りほどかれた。


 背負った荷物を下ろし、眼鏡ケースを取り出すと、銀縁フレームの眼鏡を掛けるレベッカ。

 とりあえず両手を合わせて拝む。



「……今回はサービスじゃないからな?」



 つまり、サービスで掛けてくれた時があるという事か。


 さらに、彼女の小さい手のひらに収まるほどの、宝石が取り出される。

 私の杖に鎖で繋ぎ止められた青い宝石と似た八面体……を小さく、そして平たく潰したような形で、色も似ているが僅かに緑色がかっていた。


 糸が繋がれて、ルーン文字が彫り込まれた銀の指輪に繋がっている。

 それを左手の人差し指にはめると、糸が垂れ、宝石が揺れる。


 ぽうっと淡く青緑に輝き、その光が眼鏡に反射した。


 自然と落ち着いて、ほとんど静止していた宝石がくるくると円を描く。

 たまにぴくんと動いたり、ゆらゆらと揺れたり、動きに不規則さが混ざり、見ていて飽きない。


「それでやるの? ダウジング?」


「ああ、占い用振り子水晶ダウジングペンデュラムだ。――とりあえず、水量はありそうだぞ。希望に添えるかは分からないが、一応聞いておこうか。どういう温泉が欲しいんだ? "四番砦"の敷地内に? それとも近くに?」


「両方!」

 即答した。


「……規模で言うと?」


「なるべく沢山。具体的に言うと男湯と女湯を分けた大浴場を作っても余裕があって、さらに個室にも引きつつドラゴンも入れる露天風呂を満たせるだけの湯量が欲しい」


 レベッカが、やれやれと言いたげに頭を振る。


「……希望に添えるかは分からないぞ」

「あくまで希望だから。その辺はわきまえてるよ」


 もちろん全てはこの調査次第ではある。


「では、行くぞ。ほら」


 レベッカが空いた右手を差し出す。


「……ほら?」

 一瞬意味が分からず固まると、レベッカが微笑んだ。



「エスコートしてくれるんだろう?」



 さっき『ぺっ』とされたのは呆れを込めたのもあったのだろうが。

 私が取った左手では、ペンデュラムを使うのに邪魔だったという事らしい。


「……うん、もちろんだよ」


 私も笑って、レベッカの手を取った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴン温泉ww まぁ、理想は誰もが入れる、ドラゴンも入りに来る温泉がベストなのはさておき飛ばしすぎなんじゃなかろうか。
[良い点] ドラゴンも入れる露天風呂!ザバーン!凄い湯量がいりますね [気になる点] マスター妖気漏れてます!? 抱き枕レベッカはともかく十年以上連れ添っていてもリズに警戒させるほどの妄想力とは?
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