表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
EX

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

475/577

力ある名前


「そなたの頼みなら、聞いてやりたいとは思う……だが、しかし……」



「――既に一度通った道ではありませんか」



 私は、王都にほど近い"第一軍"の管轄下にある洞窟の一つで、リタル様と面会していた。


 "第一軍"魔王軍最高幹部、"竜母(ドラゴンマザー)"、リタル。

 氷河を切り出したような白銀の鱗を持つ竜であり、おそらくはこの世界最古にして最強の存在だ。


 魔王軍のナンバリングは重要度順ではないが、そうだったとしても"第一軍"の名は彼女が率いるドラゴン達に与えられただろう。


「だが、我が名には力がある。無論、魔法的な物ではないが……私は、竜族の長なのだ」


 それゆえ、私の提案に対して、彼女が慎重になるのは分かる。

 しかし、私もそれぐらい予想しているし、説得の言葉も用意してきた。


「竜族は先の戦争で大きく力を失った。……魔王陛下の退位も迫りつつある今、手を打たねば……百年、二百年の後、竜族の立ち位置を保証する物があるとお思いですか」

「……うむ」


 私は言葉を重ねた。



「多くの人は竜族に感謝し、信頼し、尊敬している。……しかし、恐れてもいるのです」



「"第一軍"の力を防衛のみならず、輸送に使おうというそなたの提案は既に通ったではないか?」

「喜ばしい事です」


 私は頷いた。

 私達"第六軍"が、人間の支配領域へ侵攻した時、竜族が輸送役を務めた。


 主な構成員が骸骨(スケルトン)死霊(レイス)ゆえの荒技であり、竜族での人員輸送はたとえ不死生物(アンデッド)であろうと、日常的な輸送方法としては危険が伴う。


 しかし、人員でなければ?


 鉄製品や穀物。多少の衝撃でもダメにならず、重量のかさむ輸送物はいくらでもある。

 布製品やその原料。軽いものなら大量輸送でもドラゴンへの負担は少ない。


 軍の戦力は、現状ではその全てを魔獣種に代表される『脅威』へ対する抑止力として振り向けられるようになった。

 ドラゴンは、戦時中からその筆頭だ。


 しかし、いずれ間違いなく、人口の増加に反比例するように魔獣種の数は減少していく。

 狩猟によってお肉が市場に供給されている事もあり、完全に滅ぼせという意見は通らないだろう。

 地球の絶滅動物を思うと、あまり無茶もしたくない。


 いつか、この大陸に開拓の手が入りきった未来、土地の価値が上がりきった時は、分からないが。

 しかし少なくとも今、地図には広大な空白がある。――魔獣種のほとんどいない、かつて都市や農地として使われていた土地が。

 一部は人間の村を再利用して、開拓村が作られて、調査と入植が少しずつ進められている。


 本国に目を戻しても、"闇の森"を少し奥に行けば、点在する集落の他は手つかずの大自然――それがどれほど贅沢な事か。


 備えは必要だ。

 しかし、いつ戦争になってもいいように備え続ける必要は、もうない。


 ゆえに、当然、私以外にもドラゴンによる輸送――人員ではないが――を考えた人はいて、折に触れて検討はされてきたが、その度に竜族は戦時の備えであるとして却下された。

 所詮はリタル山脈のこちら側だけだったというのもある。


 しかし、大陸を横断する距離となれば、陸路は大変だし、海路は……大海蛇に餌やり体験をしてみようとか、そんなひどい事態になる未来しか見えない。



 そのための『空路』。



 ドラゴンを神聖化している人達もいて、その人達の気持ちも分かるのだが、仮面まで着けた正装の"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"スタイルで、押し通した。


 そしてリストレア魔王国はそれなりに柔軟な方とはいえ、魔王軍は、軍政一体の行政組織でもある。

 一度前例を作り、慣例化してしまえば、こっちのものだ。


 既得権益や岩盤規制と言えば、どちらかと言えば槍玉に挙げられる事が多いが……悪い事ばかりでもないのが微妙な所。

 腐らないように手入れしていく器量と、根腐れしたら『手入れ』するだけの体力が、未来のリストレアにはあると信じる。


 リタル様が、金色の瞳で私をじっと見つめた。


「……どうしても、我が名が必要か?」

「どうしても、です。――少なくとも私は、それ以上の名前があるとは思えない。リタル様の了承を頂けないなら、この計画は白紙撤回します」


「しかし、その……我が名を冠しては……仰々しくはないか?」

「そうは思いませんが、そうだったとして悪い事がありましょうか。そして、いずれ親しみをもって語られるようになるはずです」


「…………」

 リタル様が長い首を巡らせて、少し離れた所に控えているリズを見た。



「……リーズリット。そなたも、デイジーと同じ意見か?」



 退役してからは、彼女は私とリズを名前で呼んでくれるようになった。

 私はリタル様に対しては、ずっと変わらず様付けだが、これは敬意と同時に親しみも込めている……つもりだ。


「まあ、そうですね。名前、というのは大事な物です。……『"第六軍"にてお仕えした主』がかつて名乗った異名は、その仰々しさゆえに広まり、恐れをもって語られました」


 茶番ではあるが、過去の私をほんの少し遠い呼び方で語るリズ。


「……リタル様の名には、それだけの力があるかもしれません。マスターの……いえ、私達の計画は、実現までに解決すべき問題は山積みですが、リタル様の名を頂けるならば……成功すると思えます」


 そこでリズが私をちょっと見て微笑んだ。



「……私のマスターは、突拍子もない事を言っては周囲を困惑させる悪癖をお持ちですが、それを全て実現してきました。それはリタル様もご承知かと」



「そう……だな。うむ」

 頷くように頭を縦に振るリタル様。


「……一体何を言い出すのかと思った……いや、今も思っているが」


 喉を震わせるリタル様。

 人間で言うと笑っているらしい。


「"第一軍"……いや、"第一軍"の"竜母(ドラゴンマザー)"ではなく、ただのリタルとしてではあるが……そなたの『事業』を応援しようではないか。"四番砦"及び、周辺の土地の使用許可を与えよう。……そして、私の名前を使うがよい」


「……ありがとうございます。完成の暁にはご招待しますね」

「楽しみにしている」


 また、喉を震わせるリタル様。



「……しかし『リタル温泉』というのは、少し気恥ずかしいものだな」



 これ以上の名前が、あるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リタル温泉・・・・その名前を使うのならリタル様が入れるサイズのドラゴン用の温泉も1つくらい欲しいものだな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ