EX16. 退役の日
"第六軍"の解体が決定した。
……のは、別に"第六軍"序列第一位を務める私、"病毒の王"が何かやらかしたとか、そういう話ではない。
建国歴、四百三十二年。
昨年、リストレアは戦後十周年を迎えた。
それを期に、そろそろ『敵軍の内政基盤の破壊』を目的とした前身を持ち、現在は『リストレア復興のためのなんでも屋』を務めている"第六軍"の存在意義に疑問がちらほらと出るようになってきたからだ。
元々小所帯だったのが、決戦を経て、輪を掛けて小所帯になってしまったというのもある。
ドッペルゲンガーの娘達は戦後まもなく退役したし、五十名といない……軍団を名乗るのがおこがましいような規模だったのだ。
それでも、戦後の混乱期は何かと頼られがちであり、部下を引き連れて荒事から交渉事まで、何かと便利な……いやもう、そのまんま便利屋だった。
中々使う機会のないお給料はまとまった額になっているし、牧場や劇場など、個人的な活動でも収入があるため、軍を辞める事に生活面での問題はない。
国内も随分と落ち着き……『戦後』というものが終わろうとしている。
あのイトリアで、義勇兵を含む国軍の八割が失われた。
十年を経ても、以前ほどの数はいないし、質に関しても同様。
再編・育成は進んでいるが、古参兵が死に、あるいは退役し、以前のようには戻らない。――戻る必要もない。
もう、『敵』はいないのだ。
『国境』に置いていた戦力も必要ない。
それどころかもう『国境』という概念がなくなった。
この大陸にある国は、リストレアただ一つ。
これからこの国は、大きく変わっていく。
しかしそこに、病と毒の王は……もう必要ないのだ。
リズも私と一緒に退役する事となったが、後はそのまま軍に残る。
レベッカがハーケンと、"病毒の騎士団"の生き残りと、暗殺班の生き残りを全てまとめて引き連れて"第四軍"へ戻る。
サマルカンドは協議中だが、馴染みの多い"第四軍"か、デーモンとして"第五軍"か、どちらかに配属される事になるだろう。
"血の契約"は解けないし、解かないが、縛るつもりもない。
アイティースは"第六軍"メンバーと思われる事も多かったが、籍は元々"第三軍"から変わっていないので、そのままだ。
全てはあるべき場所へ収まっていく。
私がいなかったらこの国は負けていた――かどうかは、分からないが。
多分今のようには、なっていなかった。
全てを上手く出来たとは、思わない。
私は、より多くを殺す事しか出来なかった。
自分が正義だったとも思わない。
まして、正しい事をしたなんて、思えない。
それでも、私は後悔していない。
何度だって、私はこうする。そうするしか出来ないという道を、選んできた。
その道を、共に歩んでくれたひと達を……破滅の道連れにするように進み続け、そして得た勝利だ。
それが『必要』だった。
血を流さない和平も、まして勝利も、ありえなかった。
私を信じた多くを死なせた。
命を狙われた事も、幾度となくある。
それでも、自分が信じた相手に裏切られた事は一度もない事……そして、信頼を裏切らなかった事は、"病毒の王"の『業績』に比べればささやかな誇りだ。
私は、"第六軍"の皆に『招待』を受けていた。
「それで、今日はなんなの?」
私は、リズに手を引かれながら歩いていた。
これは結婚してもう随分と経つがまだ新婚気分……というわけではなく、目元に黒い布を巻かれて、目隠しされているから。
視界は大人しく封じられているが、一応上位死霊として身体機能を引き上げているので、歩くのに支障はない。
バーゲストも、いつもの散歩よろしく、隣を歩いてくれている。
「それに、今さらだけど、この目隠しなに?」
ここまでリズ自ら御者を務めた骸骨馬一頭立ての小型馬車に乗ってきたが、乗る前に黒布で目隠しをされたので、今自分がどこにいるか分からない。
移動時間からして、王都からはそう離れていない。郊外のどこかだろう。
「本当に今さらですね。普通、目隠しされた時点で聞くやつですよ、それ」
もっともだ。
でも。
「だってリズのやる事だもの」
「……マスター、やっぱり早死にするタイプじゃないですかね……」
「私の故郷には、憎まれっ子世にはばかるってことわざがあってね」
憎しみでは人は殺せない。
「その理屈だと……やっぱり長生き出来ませんね」
「え?」
「取って、いいですよ」
目元に手を伸ばした時、私の頬に風が触れた。
そして目を隠す布を取った時……ざあっ、とひときわ強い風が吹く。
その風に乗って舞う花吹雪。
「さく……ら?」
淡い桜色の花弁をつかまえようとして、失敗して、手をすり抜け――大人げなく、魔力を使って引き寄せて、手のひらにおさめた。
そして手のひらを開いて、それを見る。
もう二度と見る事の出来ないと思っていた、桜そのもの。
「マスターがこの世界に来た頃に言っていたのを……思い出したのです。『お花見がしたいなあ』って」
「言った……ね。うん。でも、桜なんて……ないって……」
視線を上げて、周りを見渡すと、目の前には、薄桃色の花をつけた木々が広がっている。
よく見ると、果樹園らしく――
「アーモンドですよ。ピンクの花で……マスターが描いた桜というものに、似ているかな……と」
どんな花か聞かれて、簡単にイラストを描いて見せた。
――これぐらいの知識は、害にはならないだろう、と。
もし桜があるなら、見てみたかった。
しかしこの国では知られていないという事で、きっと存在しないのだろうと思っていた。
ただ、それだけの話。
別に桜があれば、何か変わったとは思わない。
日本で大事にされているのは、精神性と伝統によるものだ。
ぶっちゃけ見た目。
ただ、リズは覚えていてくれた。
それが嬉しくて、ぐっと来た。
「うん……そっくり……それに……」
リズが手に持っているのは、懐かしのピクニックバスケット。
よく見ると、木々の間にぽっかり空いた空間に、大勢の人がいる。
"第六軍"の皆に招待を受けたのだから、皆がいるのは当たり前だった。
レベッカ、サマルカンド、ハーケン。
"病毒の騎士団"と呼ばれた私の騎士達に、リズが率いた暗殺班の生き残りである死霊達。
そして、公演の折に触れて、差し入れや打ち上げで会っているが、逆に言えばそれ以外で会う機会のない、かつて"第六軍"の擬態扇動班を務めたドッペルゲンガー……クラリオン達。
シアを筆頭に、擬態扇動班の一員と言えるほどに協力してくれた文官達もいる。
それだけでは、なかった。
ポニーテールに結い上げた銀髪に、紺の軍服。
狼の耳に、金の瞳。
私と同じく透けた紫のローブ。
頭に戴く王冠。ねじくれた四本の角。
「ブリジット! ラトゥースと……え!? エルドリッチさんに、陛下とリストレア様まで?」
魔王陛下と最高幹部が、勢揃いだ。
そう、勢揃い。
もう一人。
「リタル様……?」
開けた場所に首を投げ出して寝転んでいた、美しい白い竜が長い首をもたげて私を見ると、『笑った』。
鋭い牙の並んだ口が薄く開かれ、深い金の瞳が、とろけるような優しさを湛えて細められる。
「"第六軍"より招待を受けたのだ。以前……結婚式の時は上空を飛ぶだけだったからな」
「え、ええー……?」
思わず隣のリズを見ると、彼女は微笑んだ。
「……あなたを慕い、あるいは信頼する者達です。あなたがこの世界で、手に入れたものです」
リズの言葉に、胸が詰まった。
最高幹部だけではない。
ブリジットは弓兵さんを連れているし、ラトゥースの隣にはアイティースが一泡吹かせてやったとばかりに、にまにましながら手を振っている。
"第三軍"からは、カトラルさんに、周りが周りなので緊張しているらしいマリノアも。私の手元にいるのとは違う黒妖犬を数匹連れていた。
エルドリッチさんの隣には当然のようにフローラさんが並び、背後には影のようにレイハンさんが付き従い、軽く黙礼してくれた。
陛下とリストレア様のそばにはシノさんがメイド服姿で控えていて、スカートの裾をちょいとつまんで一礼する。
"第六軍"はもちろん、"第一軍"から"第五軍"、そして近衛師団に至るまで、全軍から、縁のある人が集まっていた。
「さ、行きましょうマスター。今日の主賓は、あなたですよ」
リズが、動きを止めた私の手を引いて促した。
吹雪のように舞い散る花弁の中、彼女の笑顔が、胸に焼き付く。
目の端に熱い涙が滲み、ローブの袖で隠した。
たくさん死なせた。
――敵も、味方も。
生きてていいのかとさえ、思った。
私がこの世界に来なければ、死ななくて良かった人達がいる。
たくさんなくした。
――家族も、友達も、まともな記憶さえ。
それでも、この世界で私が守りたかった物は。
守れた物は。
私が欲しかった物は。
みんな、ここにある。
「……うん、行こう、リズ」
ぐい、と袖で目端の涙をぬぐい、笑い返す。
すり……と身を寄せてきたバーゲストの頭を軽く撫で、リズの手をぎゅっと握り、一度大きく手を振って一歩を踏み出すと、私を待つ人達の所へ向かった。
私は、"病毒の王"。
種族、上位死霊。
目標、目標……は。
――この人達が、みんな、ずっと幸せだといい。




