心の殻
遠い、おぼろげな思い出に意識を飛ばしていた私を、ブリジットが覗き込む。
「……どうかしたか?」
「……ごめん、ちょっとね。ありがと、お義姉ちゃん」
「ん……」
くすぐったそうに笑うブリジット。
「じゃあ、もう片方の籠手も外してみよっか」
「あ、ああ」
両方素手になると、それはそれでもうたまらない。
「腕鎧も、外せる?」
「それはもちろん」
ベルトが外れ、鎧が外れていく度に、彼女の殻が外されていく。
「……あれ、鎧姿を見たいって言ってたような」
「ブリジットお義姉ちゃん! 鎧下も脱いでみよっか!」
「あ、うん……」
一瞬正気に戻りかけたブリジットを、力技で頷かせる。
彼女は、なんとなく腑に落ちない表情をしながらも、キルトの鎧下を脱ぐ。
シンプルなチュニックに脚鎧に鉄靴という、無防備さと装甲のバランスが、奇跡的な調和を見せていた。
指で作ったフレームに彼女を収めて、刻み込んでいく度に心のメモリーが増えていき……ああ、私に『次』はないだろうと、記憶容量の圧迫を実感する。
しかし、心に残る一瞬を捉えるのに、何の後悔があるものか。
ドアが開いた。
「……よし、もう少し脱いでみよっかー?」
「ああ、じゃあ鉄靴を……」
「上を」
「え?」
ブリジットが小首を傾げる。
「上を脱いでみようか」
「……い、いや。この下、下着しか着てないから。これ以上は」
「……ダメ?」
あえて『お義姉ちゃん』という単語を使わず、少し上目遣いになって、彼女の庇護欲を揺さぶる事に努める。
私は姉としての人生を送ってきたが、それは身近に妹を見てきたという事。
どんな仕草に姉がきゅんと来るかは、それなりに理解していると自負している。
それに加えてリズは、ブリジットの妹でもあるから、ごくまれに妹っぽさを覗かせるのだ。
もちろん大好物です。
「だ、ダメじゃ……いや、でも……」
ブリジットの頬が、薄く朱に染まる。
通常ありえない選択を迫った時の、精神に過負荷が掛かった表情はリズと似ていて、血の繋がりを実感する。
開いたドアが、コンコン、とわざとらしくノックされた。
「――何をやっていらっしゃるのか、説明出来るんでしょうね? あ・な・た?」
音もなくドアが開けられていて、私達の背後にリズが立っている。
怒っているのかと思えばそんな事はなく、たおやかな笑顔を浮かべていた。
……が、赤いマフラーがゆらゆらしていて、これは私の知る限り攻撃姿勢だ。
しかし。
「あなただって……うわ照れる……」
私は両手を頬に当ててもだえていた。
「……いや、そろそろ慣れて下さいよ」
呆れ顔になるリズ。
毒気を抜かれたのか、マフラーも力をなくしてゆらっ……と重力に引かれて落ち、自然な位置に留まる。
「慣れるのは、ちょっと無理かな」
「……で、何をやってらしたんです?」
「ちょっとお義姉ちゃんとたわむれてただけだよ。いつもと違う恰好をしてくれるのが新鮮で」
悪ノリした感は否めないが、楽しかった。
「……人の姉を、下着姿に剥こうとしてませんでした?」
「私の義姉でもある」
「……いや、そういう問題ではなくてですね」
「いやね? いつリズが入ってくるかなと思ってたんだけど、その気配がないから」
「気付いてたんですか」
「……え、いたのか?」
「ほら、途中で扉が開いたよね」
「い、いつから? いつから見てた?」
ブリジットが、心なしか青ざめながら、リズに聞く。
リズは、不定期で、古巣である近衛師団――裏の――に赴き、後進育成に協力しているが、気配遮断と認識阻害のスキルが上がっているような気がする。
人に教えるのは勉強になると言うが、そのためだろうか。
私は、リズの教官姿を見たくて、近衛師団の暗殺者のトップであるシノさんに許可を取り、座敷童よろしくそっと訓練に紛れ込んだ事がある。
リズは優しい教官だ。
出来ない事はさせない。
でも、出来る範囲では、一切手を緩めない。
鬼教官と呼ばれるのも、無理はないかもしれない。
さすがにリズのグループに紛れ込めるほど私のスキルは高くないので、シノさんのグループで、こそこそとリズを眺めていた。
ちなみにリズには、訓練の邪魔はしなかったから見逃しただけで、気付いていたと言われた。
気配感知のスキルも上がっているような気がする。
私だからだといいな、と思ったり。
「上の服を脱ぐ脱がないのところからですよ。……どうしてマスターに甲冑姿を見せていたのかは、知りませんけど」
ブリジットが助けを求めるように私を見た。
新鮮。
「まあまあ、リズ。私が見たいって言っただけだから」
「……姉様は、義理の妹には甘いですね」
リズが、呆れ顔でため息をついた。
「……いや、そんな事はない」
ブリジットが首を横に振る。
そんな事あるような。
私がそう思ったのを知ってか知らずか、ブリジットはリズに向けて微笑んだ。
「お姉ちゃんというのは、妹に甘い物だから。――義理の妹だけじゃないぞ?」
今度は、リズが助けを求めるように私を見た。
新鮮。
ブリジットが手を広げてくれたので、リズをちょいちょいと手招きし、一緒に広げられた腕の中に飛び込む。
彼女は、思いのほか優しい手つきで私達二人をまとめて抱き寄せて、髪を撫でてくれた。
今日は鎧を着ているブリジットの魅力を、心に焼き付けるつもりだったのに。
鎧を脱いだ彼女の優しさの方が、心に焼き付いてしまった。




