EX14. フルアーマーお義姉ちゃん撮影会
「ブリジット! 久しぶり」
「ああ。また、数日世話になる」
館の主である私――"病毒の王"直々にお出迎えしたのは、同じ魔王軍最高幹部の一人だった。
"血騎士"の称号を持つ、当代最強の騎士として名高い彼女――ブリングジット・フィニスは、その二つ名を体現したような甲冑姿だ。
かつては一暗黒騎士として漆黒の鎧を着ていたが、敵兵の血で真っ赤に染まり、それ以来、彼女は"血騎士"の二つ名と共に真紅の鎧をまとっているという。
もちろん今の赤色は血による物ではない。コスト度外視で鍛え上げられた、魔法道具の極致だ。
一般騎士の甲冑デザインと少しだけ違うが、体型や戦闘スタイルに合わせた物だとか。
それでも、敵の武装も手練れならば魔法道具が前提となり、攻撃魔法も飛び交う戦場においては、これほどの鎧でさえ絶対ではない。
あのイトリアで、彼女もまた手傷を負い、鎧も無残な姿に成り果てている。
今着ているのは、戦後に新調された物だ。
「甲冑姿で、すまないな」
「ううん。王都郊外での演習からの帰りでしょ」
彼女は普段、リタルサイドにいる。
国境の守りとして、かの地に常駐するのが暗黒騎士団長の責務だったから。
『仮想敵』を失ったとはいえ、それは剣を錆び付かせていい理由にはならない。
組織立っての戦闘は、もう起こしてはいけない。起こさせない事が軍の仕事だ。
そのための抑止力として、力がいる。
……そして、いざ事が起きた時には、それを終わらせられる力が。
改めて、ブリジットの甲冑姿をしげしげと眺める。
ダークエルフらしい褐色肌に、ピンと伸びた笹の葉のような耳。
褐色肌に映える銀髪は、頭の高い位置でポニーテールに結われている。
"第二軍"の紋章である『並んだ二本の剣』が刻印された留め具で留められた、黒のマント。
赤ワインのような深みのある、暗い赤の板金鎧に、それを繋ぎ止めるような革ベルト。
両腰には、それぞれ精緻な細工の施された鍔を持つ、長剣と短剣を剣帯で吊っている。
「……なにか?」
黙り込んだ私に、ブリジットが小首を傾げると、ポニーテールが揺れた。
昔は髪はもっと短く、結ぶ位置もうなじのあたりだったと聞いた。
暗黒騎士団長――魔王軍最高幹部に任命されてから、髪を伸ばして、結ぶ位置も高くしたのだと。
戦場で目立つために。
暗黒騎士団長は、視野を広く持った指揮官であると同時に、最強クラスの戦士である事を求められる。
実際に、"第七次リタルサイド防衛戦"でも、"イトリア平原の戦い"でも、彼女は陣頭指揮を執りながら、文字通り最前線に立ち、敵軍の主力を切り崩している。
この髪型を選んだのは、彼女なりの覚悟の形だったのだ。
……その選択は、私がまだこの世界に来ていなかった時の事。
時間の流れが同じなら、まだ私が生まれてもいなかった時の事。
何もかもが、変わっていく。
だから。
せめて、今の私の目に映る物を、心に焼き付けたかった。
「ブリジット」
「なんだ?」
「甲冑を着た姿を、私の記憶に刻み込ませてはくれませんか」
「何故敬語。……え、なんだって?」
ブリジットが、「何か変な言葉が聞こえたような気がするけど聞き間違いかな」といった曖昧な笑みを浮かべて、聞き返す。
私は繰り返した。
「甲冑を着た姿を、私の記憶に刻み込ませた上で映像出力させてはくれませんか」
「なんか増えてないか?」
「気のせいです」
「甲冑って……いつもの?」
「いつもの」
「今着てる、これか?」
「うん、それ」
「なんでそんな事を?」
「最近あんまり見てなかった、から」
私服の彼女と会う事も多くなったし、"病毒の王"としての私は、戦後一周年式典を境に、公的行事に顔を見せなくなっている。
これは、陰惨な影を徐々に消していくという政治的判断が一つ。
元々リストレアに存在しなかった、"第六軍"の長が顔を見せる必要がある『伝統行事』など存在しないのが一つ。
私は基本的に家でメイドさんを眺めながらのんびりしていたい人種なのが一つ。
戦時中も、公的行事で言えば、精々が、陛下の前での、軍内外へのアピールを含む進捗報告などだ。
後は、『合同訓練』のようなものに留まる。
そして、私は切り札を切った。
「お願い、お義姉ちゃん」
「し、仕方ないな」
お義姉ちゃんと呼ばれただけで、迷っていたブリジットが「もう仕方ないなこの義妹は」とでも言いたげな優しい目で私を見て、あっさりと頷く。
そこに付け込んでおいてなんだけど、お義姉ちゃんが義妹に甘すぎて不安になる。
……こうも甘いのは、リズと歳が離れているせいで、妹に甘えてもらった経験が少ないせいではないかと思っている。
そういう私も、記憶の限りでは長女だったので、甘えさせてくれる姉という存在に憧れがある。
需要と供給が噛み合った、ウィンウィンの関係と言えるのではなかろうか。
私の方が、大分多くもらっているような気もするけれど。
ブリジットと目が合うと、彼女はちょっと目を細めるようにして笑った。
……割と楽しそうだから、いいのかな?




