試験中のイチャイチャ
塀の上、先端の尖った侵入者防止柵をよけてしゃがんでいる私は、小声で、手を繋いだ隣のメイドさん――シノさんにささやいた。
「十七番の娘、今までで、一番いいね」
「はい。急がない所がいいですね」
「二番と……六番? は、走って見つかったものね」
「はい。九番はプレッシャーに負けたのか、動きが雑でしたね」
もう一人、手を繋いだ隣のメイドさん――リズがぼやく。
「屋敷への侵入成功が半分……ですか。窓は強化魔法だけで、物理的にも魔法的にも罠は仕込んでないんですけどね。死霊騎士と黒妖犬を意識しすぎです。……無理もありませんけど」
私の提案したような、地獄を見せる感じの難易度ではない。
むしろ優しくなったのは、あくまで素質を見るための選抜試験だから。
育成の方に厳しさは回すつもりらしい。
『十七番』が窓に近付く。
そこで――こちらを見た。
「お?」
「しっ」
シノさんが、口元に人差し指を当てる。
目が合ったが、十七番の彼女は何も言わず視線を戻した。
そして窓に、木製でない刃のついた短剣を押し当てて、裏から鍵の部分へと刃を突き通し、破壊する。
するりと音もなく窓から邸内へ侵入した。
罠の判定と、武器の強化も合格ライン。
それに何より。
「私達に『気付いて』いましたね。有望です。これだけでも合格にしていいぐらいですね」
シノさんが頷く。
リズが私を挟んだ向かいにいる彼女を見る。
「……先輩の『技術』、怖いんですけど」
「"病毒の王"様の刷り込みが効いていますね。『メイド服を着た誰か』とまでは認識したでしょう。しかし試験官であり、そもそも屋敷にメイドがいてもおかしくない……という風に、解釈したようです」
「だから、その認識阻害技術が怖いんですけど」
「リーズリットも相当な物ですよ。自信を持って下さい」
「私も、二人と手を繋いでるから、当たり前の存在として認識されてる……って事でいいんだよね?」
私も、シノさんと同じメイド服だ。
私はメイドさんを愛でたいのであって、メイドさんになりたいのとは違う。
しかし、リズに「試験官はメイド服を着用する事って言いましたよね?」と押し切られた。
深淵を覗き込んだら深淵に見返されたような。
まあ、ウェスフィア潜入時に着た物よりシックで大人っぽいデザインだし。
「はい。魔力反応を抑えるのもお上手ですよ」
「シノさんが教えるのが上手だったからだよ」
リズが私をジト目で睨んだ。
「……マスター。試験中にイチャイチャするのやめてくれます?」
「イチャイチャ? してないよ」
「ええ」
シノさんが平然と頷く。
両手に花だが、それだけだ。
「でも……」
「イチャイチャってのはね。例えばこういうの」
くい、と手を繋いだままのリズを引き寄せて、彼女の頬に自分の頬を当てる。
冷やしたのにつきたての柔らかさをたもち、粉もはたかずにくっつかないお餅のような、奇跡に近い感触が心地良い。
ウーズ風呂のおかげだろうか。
「夜だからかな。夏だけど、ほっぺはちょっと冷たいね」
軽く頬ずりすると、リズの長い耳と私の短い耳が触れあってこねくり回されるように形を変えて――触れ合っている所が、じわっと熱くなる。
シノさんが、全く変わらない表情で、リズを見ながら言った。
「リーズリット。試験中にイチャイチャするのやめてくれます?」
「それを言われるべきはマスターですよね!?」
「冗談です」
しれっと言うシノさん。
……愉快な人間性が顔に出ない『だけ』のタイプでは?
少し、内心の声を聞いてみたい。
私は多分、仮面としてかぶっていた愉快な人間性に、人格を乗っ取られたタイプだ。
元からそうだったという可能性もあるが、この世界に来る前の私は、もう少し真面目な人間だったような気もする。
年の離れた妹を溺愛していたような気もするが、それはそれとして妹なので、あくまでシスコンお姉ちゃんに留まっていたはずだ。
妹が、どうしているか分からないけれど。
私が注いだ愛情が、私がいなくなっても彼女の助けになると、いい。
……私は、壊れた断片でも、妹の記憶に慰められた。
もう、二度と会えないとしても。
不意に戦時中の気持ちを思い出し、心が冷えて、人恋しくなる。
すりすりと、もう一度頬ずりしてリズのもち肌ほっぺを堪能した。
「だから、マスター……その、試験中です」
「候補者が視界にいないし。女の子が身体冷やしちゃダメだよ。私はあのへそ出し暗殺者装束に言いたい事がある」
メイド服をミニスカートにしていないのは、趣味というのもあるが、それ以上に主義もある。
女の子の魅力は、露出度ではない。
「可動域を妨げない事が大事なのです。皮膚は暗殺者にとって、頼れる感覚器官の一つですし」
シノさんが言う理屈は、それらしい。
そう言われてしまうと、それ以上は何も言えないけども。
最近、バニースーツ絡みで自分が着ていた暗殺者装束の露出度の高さを自覚した――してしまった――リズが、複雑な表情になる。
「あ、出てきた」
そうこうしているうちに『十七番』が、二階の窓から出てきた。
地上には降りず、窓の桟に手を掛けてぶら下がりながら、身体を振り子のように振って移動していく。
『目標地点』まで、廊下を行こうとするとうちの死霊騎士に見つかるようになっている。
強行突破を選んでもいい――のだが、圧倒的有利なルールとはいえ、うちの死霊騎士達を正面突破出来るなら、暗殺者じゃない方が向いているかも。
目標である"病毒の王"の部屋への侵入ルートは、複数ある。
正規の入り口でもある扉に、窓。それに一応、天井。
そう何度も天井を壊されてもたまらないので、最も合理的な侵入ルートは、窓になるように設定されている。
十七番の子が、窓枠に腕一本で掴まりながら、もう片方の手で握り込んだナイフを窓ガラスに突き立てるのを見て、頷く。
「あの窓だけ、鍵を壊すと糸が切れて、鈴が鳴るの気付いたね」
「侵入前にあの細い糸に気付けるなら上等です」
魔法的なトラップ以外も満載――むしろそちらが本命まである。
庭の方にも、風では鳴らない程度の鈴が各所に仕込まれ、五人ほど賑やかな演奏会を開いてくれた。
致死性のトラップと、多数の黒妖犬による警戒網を仕込んでいない分、そういった『注意すれば回避出来る』トラップはしっかりと仕掛けている。
ちなみに本来の防衛コンセプトは『侵入者の生殺与奪を握る』。
バーゲストは優秀だが、それに頼り切ってもいない。
普段は"火球"など、攻撃呪文によって相手に対応を迫りつつ、爆音が警報装置になるトラップも仕込んでいる。
窓も、いつもはナイフを突き立てて侵入しようとした時点で、警報が鳴る。
試験の難易度は大分ぬるめだが、普段の防衛コンセプトだと、リズやシノさんのような逸材しか生き残れない。
ちなみにリズは、『最高難易度』は挑戦する気にもなれないと言っていた。
十七番が部屋の窓から滑り込み、それほど時間を置かずに出てくる。
多分『ブツ』は、腰のポーチに入れてあるだろう。
「でもなんで、目標が"病毒の王"ブロマイドなんです?」
「新作のサンプルが余りそうだったから……」
王城の工房より、"病毒の王"のブロマイド、上位死霊の戦後仕様をサンプルとして貰った。
部下達は自分で買うと言うし、自分から配り歩くのもなんだかなあというそれを、机の上に置いてある。
見つからずに取ってくれば終了。
シノさんが体験した防衛網に比べればスカスカで、サマルカンドの侵入を許した頃よりもなお薄い――が、余程重要施設でなければ、こんな物だ。
サマルカンドにしても、一部のトラップは破壊しての強行突入だったし。
暗殺者は保安上の脅威ではあるが、普通は自分が不利になる強行突破を選択肢に入れない。
普通は。
なので、ある程度の兵を揃えれば、暗殺者はそう脅威にはならない。
普通は。
侵入して奪うような裏のやり方で集める情報は貴重だが、公開情報の裏を取っていく表のやり方こそが情報収集の本道でもある。
十七番の子は、離脱時も罠を避けながら丁寧に匍匐前進で塀まで辿り付き、いい感じに登りやすい――もちろん罠を仕込んでいる――庭の木は無視して、ほとんど手がかりのない煉瓦塀に張り付くようにして登っていく。
ロッククライミングさせてみたい。
そして、降りる時も飛び降りず、塀を伝い、さらにそこから匍匐前進に戻る。
慎重に慎重を期すぐらいで丁度いい。
まあ、離脱に時間を掛けるリスクもあるので、ケースバイケースだが。
「窓を交換したら次の候補者ですね。後二人で、終わりです」
リズの言う通り、まもなく試験終了だった。
ちなみに獲得したブロマイドは、そのまま受験者にプレゼントされる。
思ったより、在庫が減らなかったけど。




