試験会場の試験
「ギブ」
――シノさんによる『"病毒の王"の屋敷侵入チャレンジ』は、攻撃側である彼女のギブアップで終わった。
しかし、リズをはじめ、防衛側だった皆の表情は浮かない。
「かなり破られましたね……」
「ああ。物理・魔法共に……なんでここ、反応せずに通り抜けられたんだ?」
「私にも分かりません」
リズとレベッカが、最新のトラップ地図を顔を突き合わせて見ながら、終わった後の反省会に移る。
「『最終防衛ライン』まで抜かれるとは、不甲斐ない限りだ」
「魔力反応がゼロに等しい……? まさか、この警戒網で足りぬとは……」
ハーケン率いる"病毒の騎士団"も総出で警備に当たった――のだが、生者の生命力を察知出来るはずの彼らにさえ、捉えられなかった。
サマルカンドも、レベッカと共に張り巡らせた魔力反応を感知するセキュリティトラップを抜かれ、意気消沈している。
ちなみにアイティースとリーフは、機密保護と事故防止の観点から、"闇の森"へ里帰り中だ。
シノさんが希望したのは、『"病毒の王"の暗殺が事前に察知されている状態を想定』した、『最高難易度』。
ゲーム的難易度がイージー・ノーマル・ハードの三つなら、その上のヘルとか、そういう位置づけになるだろう。
クリア出来る難易度の時点で、警備とは呼べない。つまり、ゲームのようにクリアさせる気はない。
さすがに訓練中の事故で近衛師団最強のアサシンを失えないので、唯一、致死性の罠のみ安全な仕様に変更しているが、発動自体していないので関係ない。
元々、感知系統のセキュリティトラップが中心でもある。
徹底的な侵入者の捕捉を基本とした上で国内最強の戦士達が迎撃する防衛網。
……なのだが、十重に二十重に張り巡らされた防衛網は、ほとんど完璧に突破された。
彼女は黒妖犬の鼻さえ誤魔化して、試験のゴールたる私の部屋にまで侵入を果たして見せたのだ。
一応暗殺を想定している事もあり、戦闘を前提としているが、やはりここも死者を出してはたまったものではないので、武器は全て木剣などの訓練用で、攻撃魔法は禁止だ。
だがこの決まりは使われず、シノさんは部屋で待ち構えていたリズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンに武器を突きつけられた時点で両手を挙げて、ギブアップした。
被害はほとんどなく、少なくとも怪我人が出なかった事にほっとする。
とはいえ、『ほとんど』だ。少々被害は出た。
「ところで先輩。天井の修理費用って」
「こちらで出します」
天井板をぶち抜いて――丁寧に人一人通れる分の穴を開けて――ベッド横にドンピシャで降り立ったが、ベッドに私だけでなく、リズとバーゲスト達もいたのは、天蓋ベッドの天蓋に邪魔されて分からなかったのだろう。
なお、丸一日の期間の内、いつ侵入してもいいという課題だったので、私は一応ベッドで休ませてもらっていた。
護衛と護衛対象がベッドを共にするのは割と有効な護衛体制である、という結論が出ている。
――日付が変わって十五分後に侵入されるとは、さすがに思っていなかったけれども。
もっと遅く、こちらの気が緩んだあたり……夜明け前や、夕暮れ時を狙うのではないかと思っていた。
「進入路確保のために天井を破壊しておいて気付かせないって、どんな技量だ」
「それが私もよく……」
レベッカがぼやき、リズもため息をついた。
実際シノさんが本当に暗殺に来た場合、どうなるか読み切れない。
今回は事前に侵入を想定した最大の警備体制でお出迎えしたわけだが、その全てが破られた。
ギブアップしたので戦闘能力は未知数だ。
ただ、彼女の言葉を信じるならば、シノ・ノクトハウゼンはあくまで暗殺者であって、戦士ではないという。
密やかに死をもたらす――それが仕事であり、一流の戦士と正面から戦えば勝ち目はない、と。
……『正面から』というあたりが、どことなく不安だが、そもそもシノさんクラスに命を狙われるような事態に陥らない方が大事だと結論付けて、とりあえず不安を振り払う。
一応は防衛に成功した事だし。
シノさんが、ぼそぼと呟く。
「トラップの張り巡らせ方に執念すら感じるし、あくまで演習なのにみんな気合いが入りまくってるし、訓練とはいえ寿命が縮む思いだった。それにまさかリーズリットの配置がベッド内とはさすがに予想外」
彼女の呟きを、私はうまく聞き取れなかった。
彼女は今、リズの物に似た黒レザーの暗殺者装束だ。
布面積が少し多めで、ハイレグビキニに近いリズの物と比べると、競泳水着ぐらいはある。
長い黒髪は三つ編みにしてねじられて、後ろでまとめられている。
見ていると、プレッツェルが食べたくなった。
シノさんが、私をじっと見る。
「……"病毒の王"様は、本当にメイド服が好きなのですね」
「いや、服もだけど、それだけじゃないっていうか……」
メイド服は、所詮ただの服でしかない。
メイドさんが着てこそ、だ。
「……あの、ごめんなさい」
それはそれとして、私は思わず謝った。
メイド服を着ている時は彼女の意識を外した呟きを、きちんと聞き取れて、暗殺者装束だと聞き取れないとなれば、私が『ガワ』だけに興味があると取られても仕方ない。
「いえ。さすがに本気の時ならば通用する事に安心しました」
「うん。なんか警備体制を褒めてもらった気がするのと、リズの配置を言っていたような気がするんだけども、よく聞き取れなかった」
「……え?」
「……違いました?」
彼女は首を横に振る。
「……いえ。ほぼ意味を取れています。……今は、何故、お分かりに? 意識を『外し』ていたはずですが」
「だって、そこにシノさんがいるのは分かってたし……」
「…………」
シノさんが黙り込む。
「私でも、誰が言ったか分かるぐらいですよ」
「ああ。私なんかは、呟きが聞こえた、ぐらいにしか思えなかったぞ」
リズとレベッカが呆れた目で見る。――私を。
ついシノさんを見てしまうが、彼女は彼女で表情が読めない。
じーっと目を見つめられるが、別に見開かれているわけでもなし。
そこにシノさんがいると分かっていてさえ、ふとした拍子に見失いそうになる。
シノさんが、口を開く。
「――『難易度』は、もう少し……いえ、かなり下げていただく事になるでしょう。トラップの量に質、配置。護衛もまた、同様に。目的も暗殺ではなく、情報の奪取のような物が適当でしょう。――ですが、そう」
彼女は、一つ頷いた。
「『選抜試験会場』として、協力をお願いします」




