二段構え
息を整えたリズが口を開く。
「――それでですね。『もう一つ』用意してあるんですけど」
「なあに? これ以上要素を足すと、さすがにちょっとお腹いっぱいな気がするんだけど……」
ダークエルフメイドさんに、猫耳と尻尾を着用させている時点で、既に人によっては『盛りすぎ』と言うだろうし、私も他人事ならそう思うかもしれない。
ただ、リズがそれをつけた姿が可愛すぎるだけで。
「大丈夫です」
「自信たっぷりだね?」
そう聞くと、リズがにこりと笑った。
「つけるのは、マスターですので」
「……んん?」
リズが、耳とカチューシャを出した袋に手を入れて探る。
彼女が取り出して、差し出したのは、猫耳カチューシャと、尻尾。
黒の。
「リズ。もう一回言ってくれる? というか、詳細な説明をお願い出来るかな?」
どう見ても、私の髪色に合わせられている事を承知で、聞いてみる。
「マスターがこの耳と尻尾をつける。以上です」
簡潔極まりないが、過不足ない。
しかし。
「わ、私が猫耳と尻尾つけて、誰が喜ぶっていうの!?」
「私が喜びます」
一切の迷いなく断言するリズ。
「さ……つけましょう?」
リズがつけた尻尾がゆらゆらと揺れる。
その動作が、猫タイプとして忠実な物か、あくまでリズの感情を反映した物かは微妙な所だが。
愛らしさより先に、猫科の大型肉食獣を背後に幻視する。
観念して頭を下げると、頭に猫耳の付いたカチューシャがはめられ、若草色のローブ越しに軽くお尻を撫でられ、位置を確かめながら、お尻の少し上に尻尾が貼り付けられる。
意識を向けると、黒い猫耳がぴこりと動き、同じく黒の、リズの細長い尻尾とは少し違う、ふさふさタイプの尻尾が揺れた。
リズがそれを見て、満足げに頷く。
そして、それだけでは終わらなかった。
「では、次は私の番ですね」
「……えっと、リズ?」
「私は先程、たっぷりと触られました。後は、分かりますね?」
「は、はい」
思わず勢いに負けて頷く。
そしてリズに促されてベッドに腰掛けると、彼女の手が私の付け耳に伸びた。
彼女の指が優しく、私がしたように軽く輪郭をなぞり、揉み込み、さらに指の腹でこしこしとさすられる。
その全てに込められた愛しさを感じ、耳からほど近い脳をとろかすような感触に、私も思わず目をつぶる。
それを待っていたように彼女の手が尻尾に伸び、するりとふさふさの尻尾を絞り込むようにしごき撫でられて、背筋に電流が走り、びくんと肩が震えた。
絶対、感度調整が意図的に引き上げられている。
多分、リズの物も同様なのだろう。反応が『良すぎた』。
私にだけでないのは、プライドゆえだろうか。
目を閉じているとかえって感覚が鋭敏で、私は目を開けて彼女の名前を呼んだ。
「り、リズ」
「――せっかくなので?」
目に映るのは、悪戯っぽいリズの笑顔。
「私が満足するまで、お願いしますね」
私は、頷くしか出来なかった。
「っ……はー、はー……」
どれだけ、耳と尻尾をいじられただろう。
息も絶え絶えになった私が、思わずリズにもたれるように抱きつくと、彼女は優しく抱きしめ返してくれた。
背中がゆっくりとさすられ、その優しい感触が、さっきまで全身を駆け巡っていた熱を、ゆっくりと冷ましていく。
「ま、満足した?」
「大変満足です。ありがとうございました、マスター」
そして、リズがベッドの端に片膝を突いて、私より頭一つ高くなる。
思わず見上げた私の頭が優しく抱えられ、猫耳に唇が寄せられる。
「お疲れさま、あなた」
吹き込まれた吐息と、言葉の甘い響きに、びくん、と肩が震えた。
聴覚まで疑似的に再現するこだわりに意味があるのかと思っていたが、その意味と理由を実感した。
私とて――この感覚を味わいたいがために、身体機能を実装している。
こんな風にしていられる間は、私はこの世界に存在する理由を、見失わないでいられるだろう。
「……疲れた……から」
彼女の手を取る。
「お昼寝、しない?」
こういう事もあろうかと、時間はたっぷり取ってある。
まだ日も高く、日差しは暖かい。大きな窓から入った太陽光は布団をぽかぽかに温めている。
「よろこんで」
リズが口元を緩める。
靴を脱いでベッドに上がると、もう一度手を繋いで、そのまま倒れ込んだ。
さすがにこの耳も尻尾も、精神性にまで影響は与えないはずだけれど、おひさまに温められたふかふかのベッドは至福の一言で、ひなたぼっこもまた同様に抗いがたい。
リズと私の猫耳が満足げに倒されて、尻尾が身体に寄り添うように軽く巻き付けられる。
丸まった猫みたいだ。
目と目が合って、目と目で会話して、お互いに笑い合った。
繋いだ手にそっと力を込めると、同じだけの力で優しく握り返される。
こんな他愛のないたわむれを、こんなゆっくりとした時間を、共に過ごすだけで幸せと思える相手がいるという幸せを、そっと噛み締めた。




