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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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最新鋭能力拡張型魔法道具(夫婦のたわむれ専用)


 世界は、常に進んでいる。


 一歩先へ。先へ。その先へ。


 ……それが、『前』とは限らない。

 『後ろ』へ進む時もある。


 変な方向かもしれない。

 一度は到達した技術の全てがあっけなく失われ、かつての技術水準で作られた物が場違いな遺物としてオーパーツ扱いされた過去など、地球にはいくらでもあるし、多分この世界でもそうだろう。


 『前』が正しいとも限らない。


 進んだ技術が、より多くの人を殺す。


 鋼の硬さが、剣の鋭さが。

 身体強化術式の精度が。

 攻撃魔法の攻撃力が。


 それらが、今よりもっと低ければ、あれほど多くの人が死ぬ戦いは起きなかったかもしれない。

 ……きっと、私達は同じ数の死者が出るまで殺し合っただろうけど。

 

 世界は、進み続けている。


 一歩先へ。先へ。その先へ。


 過去を踏み台にして。過ぎ去った物を置き去りにして。


 時に、足を踏み外して。

 それでも――きっと、少しずつ、世界はよくなっていく。


 ただ、私達は思い出を拾い上げたくなる時がある。

 過去をただ踏みつけにしていくのではなく、大切にして。

 それを踏まえて、より良い物を作れるはずだ。



 『エネルギー補給』の完了したリズは、依頼の品をきっちり仕様書通りに仕上げてくれた。



 お洒落服などはエリシャさんに頼む事が多いが、リズだって中々の腕なのだ。

 ……それに、これは夫婦のたわむれ感が強いし。



「どうです、マスター? ……似合います?」



 お披露目するリズは、いつも通りのメイド服にマフラー姿だ。


 いつもと違うのは、彼女の髪色に合わせた銀毛の猫耳が、ホワイトブリムの陰からぴょこんと突き出ている事。


 これはリニューアルされた物だが、元は戦時中――私と彼女が恋人同士になった時の思い出が詰まったアイテムで、思い返すと懐かしい。


 いや、実は、その後も何度か見てるんだけど。



「さすがリズだね。――最高に可愛いよ!」



 リズが笑み崩れる。

 そして、マフラーと――猫耳が、軽くぴこりと動いた。


「後ろも見せてくれる?」


「はい」


 リズが、エプロンごと紺のスカートをつまんで、くるりとターンした。


 スカートに、しなやかな長い猫の尻尾が付けられている。

 猫耳と同じく、銀毛だ。


 尻尾がゆっくりと大きく振られ、スカートに沿うように巻き付けられた。


 リズが軽やかにもう一回転して、私に向き直る。


「なんていうかもう、可愛い以外の言葉が思いつかないね。語彙力が足りなくて、ごめんね」

「いいえ、そんな事ないですよ」


 笑顔のリズ。


「でも、強いて言うなら、にゃんこみたいだね」

「本当に語彙力ないんですね」


 呆れ顔のリズ。



「まるで月の光を束ねたみたいな銀色だね。リズと一緒に行ったティフェー村の夜に見た、積もった雪に月光が反射した、色のない色を思い出すよ。私の世界のある神話では月は狩りの女神の象徴なんだけど、こんなに愛らしい耳と尻尾に加えて、鋭い爪を持った生き物がいると知ったら、狩りの女神様が嫉妬しちゃうかな」



「語彙力の使い方おかしいです」


 ジト目のリズ。


「それで……触っていい?」


「――どうぞ」


 手を伸ばし、リズの頭のカチューシャから生え出でた銀毛の猫耳に触れる。


「んっ……」


 アイティースやカトラルさんに触らせてもらった、獣人達の自前の獣耳と遜色ない触り心地。

 『以前の物』も、ふわふわで、素敵な感触の付け耳だったが、それとも違う。


 物自体は、ほとんど変わっていないと聞くが、尻尾の追加と、何より――機能の追加。

 全てにおいてアップグレードされた、最新鋭の能力拡張型魔法道具(マジックアイテム)であり、技術の結晶だ。


「――どう?」


「感覚の伝達は正常ですね」


 リズのマフラーと同じく、ある程度彼女の意志を反映して動き、かつ、触覚に加えて聴覚補助さえも備わっている。

 高度な技術を無駄遣いしているので、もし商品化するなら、かなり高額にならざるを得ないだろう。


 毛皮の再現という意味では地球のフェイクファーに似ているが、価格の関係は逆だ。こちらでは、まず毛皮の方が安い。


 ……付け耳と尻尾には、特殊極まる需要しかないだろう。

 一応、獣耳に関しては、獣人が負傷で失った際にオーダーメイドで作られる事もあるが、名誉の負傷という考え方も根強い。


 次に尻尾を持って、握り込んだそれをあくまでも優しく、しごくように一撫ですると、リズの肩がぴくんとした。


「大丈夫?」

「は、はい」


 リズが頷いた。


「――っ……」


 もう一度尻尾を一撫ですると、リズが声を殺したのが分かる。


「……ちょっと、感度が強めかもしれません」


「なるほど」


 尻尾から手を離し、耳を弄る。

 輪郭を撫で、手に握り込み、軽く折り込み。


「ま、マスター」

「せっかくなので」


 リズが目を閉じて、口元をマフラーで隠し、両手で押さえて耐える。


 しばらく堪能して、手を離した時には、リズの目端に涙が滲んでいた。

 人差し指で涙を拭うと、リズが目を開ける。


「……終わり、ました? 満足しました?」


「大変満足です。ありがとね、リズ」


 リズの尻尾が、ゆっくりと大きく揺らされる。

 それを見ているだけで、口元が緩む。



「リズは、猫耳と尻尾似合うねえ」



「……喜んでいいんですよね? それ」

「もちろん」


 リズの耳が、ぴこっとした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これが人の欲! 人の業!! 他者より強く! 他者より先へ! 他者より上へ!! うーん、ナイス技術の無駄遣い! 世界よ、これが病毒の王夫婦の姿だ! ありがとうございます!
[良い点] こっ これは! 素晴らしい……(浄化)
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