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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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EX11. 特殊な装備の製作依頼


 そうしたいというだけで、『それ』をした事がある。


 後悔なんてしていない。それが、その時の私に出来る精一杯だった。


 何も間違えてなんかいない。それが、あの時の私に許された限界だった。


 ただ、やり直したいと思う事もある。

 それが、出来るのなら。


 それが、許されるのなら。



「……あのですね、マスター。魔力布って、作るの結構大変なんですよ」



 リズが、私が一枚の紙にまとめた『仕様書』を見て、ため息をついた。

 彼女の着ている、メイド服のエプロンのフリルと頭の上のホワイトブリムが、その動きに合わせて少し揺れる。


「そこをなんとか」

 私は手を合わせて拝み倒す。


「しかも、マスターの注文細かいんですよ」


「そこをどうか」

 頭を、合わせた手よりも下げて拝み倒す。


「ていうか、これ、前にしたじゃないですか……」


「そこは目をつむってもらって」

 両膝を突いて、姿勢を低くして拝み倒す。


 リズがどんどん呆れ顔になっていく。


「……何がマスターを、そうまでさせるんですか」


 私は合わせた手を胸元まで下げ、顔を上げて、少し上にあるリズの顔をまっすぐに見た。



「正直な所、私にも分からない。ただ、私はリズのいつもとちょっと違う可愛い姿が見たい」



「っ……」


 彼女がうろたえ、長い耳がそっと下がるが、マフラーは反対にぴこぴこと忙しく動く。

 深い金の瞳をじっと見つめ続けると、頬を赤くしつつ、耳が上がった。


「わ、分かりましたよ。やったげますから、立って下さい」


 促されて立つと、リズの顔が私の少し下になる。


「でも、エネルギーの補給をお願いします」


「魔力供給? ……私、リズには出来ないよね?」

「魔力供給とは言ってません。……エネルギーの補給です」


 深緑のローブの袖をちょいと引いて、上目遣いで見るリズ。

 そして、ちら、と天蓋ベッドの方を見て、頬を一段と赤くした。



「……察して下さいよ」



 耳が下がり、顔も伏せられる。

 私は、その顎に人差し指を掛け、くい、と上げた。


「マス――んっ!?」


 そして、精一杯の愛しさを込めて、口付ける。

 リズが身をよじるが、頭と頬に手を当てて、逃がさない。


「っ、はっ――いきなりすぎ――んっ」


 一瞬だけ解放し、リズが一呼吸入れたのだけを確認すると、それ以上文句は聞かずに、もう一度口付ける。


「だか――んんっ」


 それを何度か繰り返していると、不意にリズの身体がびくんと跳ね、くたりと力が抜けた。

 私はリズの背に手を回し、さらに膝裏にも手を差し込んで、お姫様抱っこの要領でひょいと抱き上げる。


 私の首に手を回して身体を支えながら、はーはーと息をしていたリズが、ジト目になった。


「……話も聞かずに何するんです」


「だって、察しろって言われたから……『言葉にしなくても分かってほしい』って意味だよね?」


 じっと目を覗き込むと、腕の中のリズの身体が、かっと熱くなる。

 リズの気持ちが肌で分かる形になったような、心地良い熱だ。


 私の薄く透けた上位死霊(グレーターレイス)の身体は、流れている血も、発している体温も、仮初めの物だ。

 でも、私の胸に灯る熱も、気持ちも、仮初めなんかじゃない。


「そ、それはそうですけど。察しが……よすぎませんか……?」


 私は微笑んだ。



「全力で察する事にした」



「……ぜ、全力すぎですよ」

「だって、ねえ?」


 にこりと笑う。


「エネルギーってどれぐらい補給すればいいの? 私は、すっごく燃費悪いからなー。リズは?」


「……マスター、燃費よくありません? メイドさんがいたら幸せとか言ってたじゃないですか?」


 くすりと笑う。


「そうだね。私はリズがいたら幸せだよ。……でも、すぐに足りなくなる。ずっとそばにいてくれないと、足らない」


「……っ、もう」


 彼女をベッドまで運んで、腰掛けながら隣に優しく降ろす。

 リズが微笑んだ。



「じゃあ、ずっと足らせてあげます」



 目配せして、二人で天蓋を閉じて回る。

 閉じた黒い世界で、合わされたカーテンの隙間が僅かに白く光る。


 二人して靴を脱いでベッドに上がると、どちらからともなく手を握り合った。

 両の手を、それぞれ指を絡め合って、交互に力を入れたり、抜いたりして、お互いの手の感触を味わう。


 視線も手に落として、しなやかで、芯のある、それでいて柔らかい褐色の手を、触覚と視覚、両方で存分に味わい続ける。


 何故か無言になってしまう。

 視線を上げると、私と違って顔を見ていたらしいリズと目が合った。


 ほとんど真っ暗に近いくらやみの中でも、彼女がはにかむのが分かった。

 瓶にいっぱいの蜂蜜のような深い金色の瞳が、優しく細められる。


 ダークエルフの眼は、魔力を見ているのだとか。

 獣人達の方は、より物理的に暗視能力を持ち、その差は真っ暗闇でも見えるかどうかの違い――らしいが、そんな豆知識を思い浮かべたのは一瞬で、ほんの僅かな光を受けて暗闇の中で浮かび上がるような瞳に、心を奪われる。


 人間だった時から大好きな、けれど、人間のままでは見られなかった姿だ。


 人間だった時は、暗い所が怖かった。

 こちらは、怖いものばかりだった。

 この世界は、敵の方が多かった。



 今は、もう違う。



 リズが両手を繋いだまま甘えるように身を寄せて、私の耳に軽く口付けた。

 キスの小さな音が、耳元――というか耳そのもの――にされると、やけに響く。


 小鳥が餌をついばむような、短いサイクルで耳にキスが浴びせられ、その音が、頭の中いっぱいに満たされていく。

 思わず身をよじって逃げようとして、手を繋がれているので失敗した。


「り、リズ……。なんで、耳ばっかり」


 もう一度、ちゅっ、と甘い音を響かせて、リズがキスを終える。

 ――終わったのに、さっきまで間断なく聞こえていた音が途絶えた事で、かえってその静けさのせいで、耳の奥に染みこんだ音が強くなった。


 身を離したリズが笑う。


「私、マスターの短い耳好きですよ。……人間だった頃から」


「……人間滅ぼしてよかった。ライバルは一人でも少ない方がいいから」


「マスターのジョークは、時々ブラックですねえ」


 ちょっと呆れ顔のリズ。

 ブラックな名前を名乗ったのだから、当然とも言える。

 


「……他にどんな人がいたって、私にはマスターが一番ですよ」



「本当? 私より、もっと美人でも?」

「もちろんです」


 笑顔で頷くリズ。


「私より、もっと頭がまともでも?」

「…………」


 真顔で黙るリズ。



「ちょっと、なんでそこで黙るの」



「冗談ですよ。……マスターしか、いないじゃないですか?」


 リズが、まだ繋いだままの手に、少し力を込める。


「私を副官に望んだのも、私と一緒に"第六軍"を率いたのも、私を抱きしめてくれたのも、一緒に寝たのも――大好きだって言ってくれて、愛してるって言ってくれて、大切だって言ってくれたのも、全部、マスターだけなんですよ」


 そう言って笑う彼女は、本当に綺麗で、可愛くて、愛しくて――私は思わず顔を近付けていた。

 リズも同じだけ顔を近付けて、丁度中間地点で、お互いの唇が触れ合う。


 目を閉じて、真っ暗闇の中で、彼女と、彼女に触れている自分を感じ続ける。

 ずっとそうしていたいぐらいだったけれど、身の内の熱が、じわじわと高まってきて、私も目を開けると、丁度リズも目を開けたところだった。


 高鳴る心臓の鼓動に任せて、彼女を誘う。


「……エネルギー補給、する?」


「……喜んで」


 私達はくすりと笑い合って、お互いに手を繋いだまま、目を合わせたまま、並んでベッドに倒れ込んだ。


 そこでリズが、ふと、というように口を開く。


「あ、マスター」

「なに?」


 リズがにこっ……と、悪戯っぽく、無邪気に、しかしどこか妖しげに笑う。



「私も、燃費悪いみたいです」



 全力で補給する事に決めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] えっっっっ…てぇてぇ…_:(´ω`」 ∠):_
[良い点] デレたなぁ…めちゃくちゃデレたなぁ…。 めっちゃ甘えるようになったじゃないですか。 初期のマスターでは妄想にすら登場出来ないであろうレベルの変化。 こじつけの理由すら作ってしまうとは。 …
[良い点] んんんんんんん(言葉にならない
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