未来の守り手
「どうした! それでも、"第三軍"の誇り高き戦士か!?」
私の罵倒が、"闇の森"獣人軍駐屯地に響く。
訓練場所に使わせてもらっている広場には、普段はもう少し人がいるらしいが、今は訓練参加者以外にいない。
特に立ち入り禁止や見学禁止はしていない。
黒妖犬が多すぎるというのが人が寄りつかない理由らしいが、たった五十匹と少しだ。
ドラゴンクラスとも、余裕でやり合える戦力である事は認めるが、それを言えば、最高幹部組は全員そんなものだ。
訓練の参加者達は、バーゲストにこわごわと触れるばかりで、未だに緊張感が抜けていない。
昼食も終えたというのに、一向に慣れる気配がない。
朝食が終わってから訓練は開始されているので、半日でこれでは、先が思いやられる。
「我々は……その、魔獣師団で――」
ぴんと立った犬耳をへたらせてうなだれる彼女――マリノアに、私は冷たい視線を向けた。
「私は、『イエス』で返事をしろと言ったな? 次に腑抜けた事を言えば、"第六軍"式に対応してやる」
「い、イエス、サー」
ちなみに、私も一応訓練に参加しているので、後でリズや、"第三軍"の宿舎で仕事をしているレベッカと一緒に、軍の浴場を利用させてもらうつもりだ。
お風呂で仲良くなるのは"第六軍"の伝統。
「アイティースは、いつも言っていたぞ。自分の事を『獣人軍の戦士』だと。この国の守護者として一翼を担うお前達が、次にその立場を自覚していないような事を言えば――分かるな?」
彼女はこくこくと頷く。
そして、周りと顔を見合わせた。
「……ですが、我らはその、武器を持って戦う事は、まずありませんので……」
「『立場を自覚していないような事を言えば』と言ったのが、聞こえなかったのか?」
私がじろりと冷たい目で睨むと、彼女は怯えたようにその視線をよけて、顔をうつむかせた。
「私は獣人の文化に敬意を払っているつもりだが――だからこそ許せないな。お前達は軍人だ。最前線だけが戦場だなどと思われては困る。これからの戦場は、そのようなものばかりだぞ。倒すべき分かりやすい敵も、武勲を立てる機会もない。――あってはいけない」
戦争は終わった。
そしてもう、次の戦いは始まっている。
平和を維持する方が、戦争の何倍も大変だ。
だからこそ、私達は戦い続ける必要がある。
飢えを、病を、貧困を――差別を。
あらゆる敵を、徹底的に叩き続ける。
この、異種族が入り混じる国家で、『平等』を築こうというのだ。
四百年で、それは夢物語とは言えないほどになっている。
――どれほどの苦労があった事か、と、陛下とリストレア様のたゆまぬ努力に思いを馳せた。
「バーゲストと護衛がいたとしても、行方不明になった同胞を、夜の"闇の森"へ探しに行く任務に、命令ではなく志願によって赴いた君達が『誇り高き戦士』ではないと? 言った奴を引きずり出せ。黒妖犬のエサにしてやる」
私は声に怒りを乗せていた。
演技ではない。本気で怒っている。
どこにでも、馬鹿野郎がいる。
名誉と誇りをはき違えて。
それが何のために『作られた』かも理解せずに。
何を守らなければいけないかさえ、分かっていなくて。
私は敵軍に対しての囮だけでなく、友軍に対しての囮としても存在した。
特殊な立場とはいえ、私は間違いなく六人目の魔王軍最高幹部であり、それは、陛下より与えられた立場。
その私に弓を引き、剣を向けるという事は、『反乱』に他ならない。
……正規ルートで、陛下に陳情を重ねた人達も、結構いたみたいだけど。
私を、平然と受け入れて、手放しで賞賛するようでも、それはそれで怖いので、反対勢力がいた嫌われ者であった事に、むしろ感謝したい。
私の果たした役割を。
私の積み重ねた成果――戦果を。
それによって得られた結果を賞賛される事があったとして、それでも、私の取った手段が正しかったわけではない。
私には、それしか出来なかったというだけだ。
「重ねて言おう。お前達は私にとって誇り高き戦士というやつだ。信じられないのなら――申し出ろ。バーゲストのエサにしてやる」
私は笑って、ぐるりと見回した。
――自分の価値を分かっていない、馬鹿野郎達を。
皆がお互いに顔を見合わせ、少し笑う。
「……はい、"病毒の王"様。それはご勘弁願います」
マリノアが、犬耳をピンと立てて、笑って返す。
「……では、訓練に戻るが――揃いも揃って動きが固すぎる! 捜索当日の方が、余程マシだったぞ?」
「え、いや、それは……」
「言ってみろ。この訓練に問題点があるというなら、意見具申も受け付ける。私は、話を聞かない上官ではないぞ? 正直に、思う所を述べてみろ」
彼女は躊躇いながらも、呟くように言った。
「……問題点しかないっていうか」
「一つ一つあげろ」
「……いえ、ただ一つです。私達にとって、黒妖犬は恐ろしい魔獣です。一人につき一匹とはいえ……ここには五十、いえ、それ以上の黒妖犬がいるのです」
「捜索を通じて、多少慣れたと思っていたが?」
「あの時は、死を覚悟していたと言いますか……。動員から捜索開始までが急過ぎたと言いますか……」
「諸君らの行動に敬意を。だが、遅かったぐらいだ。行方不明の報が入った時点で、あれだけの人数を動員出来るようにせねばならない」
「……それが、必要ですか?」
「そう信じる。……人の命が、どんなに重いか。どれだけの、価値があるか。――避けられぬ死があるなら、避けられる死は、全て潰す。それが、これからの我らリストレア魔王軍の仕事だ」
私は人の命を、数で見た。
それを奪う事を、ただの達成すべき目標と見た。
それでも、私はそう言う。
私にとって――大切な人の命には、それだけの価値があったから。
「これまでと変わらぬ仕事もあるだろう。だが、最早国境防衛は必要なく、決戦へ備える必要はない。これまで失われた戦力は大きく――しかし、これから奪われずにすむ力も大きい」
『他の大陸』の存在が確かでない以上、国軍の放棄など有り得ない。
肉に毛皮、魔法道具に装飾品の素材。魔獣種の根絶を望まない以上、それらとも美味く――じゃなかった、上手く付き合っていく必要がある。
そして国内の火種というものは、きっと、なくならない。
私はこの国が好きだが――……いざという時に必要な『力』というものがある。
私達に力がなければ、滅んでいたのは私達の方だったのだから。
「リストレア魔王国の平穏を脅かす全てが、私の――私達の敵」
私は静かに宣言した。
「私は、そしてお前達は、この国の守り手だぞ」
かつてこの名を頂き、戴いた時から、私はこの国の守り手。
誓いは、変わっていない。
「……なれるでしょうか」
「どうしても、なってもらう。そして、無事捜索任務を果たした君達には、それが出来ると信じる」
顔を見合わせて、戸惑いを見せる獣人達。
……ドッペルゲンガーの娘達を思い出す。
華々しい英雄のいる世界で、裏方に徹する事が出来るだけでも、賞賛に値するというのに。
「ですが、その……やはり、黒妖犬とは……その……」
彼女はちら、とかたわらの、自分とペアを組むバーゲストを見る。
「こんなに愛らしいこの子達の何が不満だ」
マリノアはおずおずと、しかしはっきりと申し出た。
「……お手本を、見せては頂けませんか?」
……お手本?
「……リズ」
思わず背後に控えているリズへ、助けを求める視線を向けてしまう。
彼女は笑顔になった。
「頑張って下さい」




