"第六軍"式特殊訓練
あらゆる災害は、不可避だ。
絶対に、なくならない。どんなに技術が進歩しても、対策が練られても、いつか、どこかで、何かしらの事故が起きる。
人の営みこそが、事故要因なのだ。
野生のグリフォンの縄張りが、従来の飛行ルートに作られたのは仕方ない。
まず飛行ルートの変更。これは前提だ。
もちろん飛行ルートだけでなく、地上ルートの安全調査も、なるべく頻繁に行えるといい。
しかし、あらゆるリソースは有限だ。
利益の最大化と、損失の最小化。
その天秤は常にゆらゆらと揺らいで、丁度いい所を探し続ける必要がある。
とはいえ、天秤の均衡点はない。あったとしても、それは一瞬の事だ。
だから、出来れば少し安全に寄せて、『平和』を守り続ける。
私達に出来るのは、それだけなのだ。
それに必要なのは、セーフティネットの強化。
アイティースは事故に遭った。
なんでも襲われた時、リーフに最高速度を出させるために自分から飛び降りたそうで、「無茶しやがって……!」という気分で一杯だが、それが結果論とはいえ、『正しかった』のだから仕方ない。
いい食事に安全な寝床。飛行訓練に加え、本来持つ自己への身体強化魔法と空力制御を強化されているのが、リストレア魔獣師団のグリフォンだ。
ドラゴンには及ばずとも、同じ種族の野生個体よりも速いのは当然の事。
……『重荷を捨てさせる』という発想に至り、それを選べてしまう思いきりの良さは、どうしたものか。
自分が心配を掛けられる側になると、色々思う所もある。
今回は、救助が間に合った。
では『次』は?
次は、誰がどう事故るか分からない。
アイティースの捜索にこれだけの人員が割かれたのは……言葉を飾らずに言えば、彼女が私の友人だったからというのもある。
もちろん、そうでなくとも捜索隊は編成されたろう。
デーモンを中心に、魔力反応探索術式を使用して獣人一人分の反応を探し続ければ、なんとかなったかもしれない。
ただ、それよりも手っ取り早い捜索手段が、私にはあった。
私は……沢山の人を殺した。
だからその罪滅ぼしに――とは、少し違う。
私は『正しい』事をした。
私は、自分の属する人間という種族よりも、この国のひとが大切だった。
『だから』。
私やラトゥースが――魔王軍最高幹部が戦うのは、この国を脅かす、ありとあらゆる全てなのだ。
その理屈に、変更はない。
ゆえに私は、"病毒の王"の正装をまとい、三十人の獣人を前にしていた。
捜索隊に志願したメンバーであり、徹底的に『鍛え上げる』と決めている。
捜索から今日までの三日を休養に当て、今から訓練を始めるところだ。
私は、声を張り上げた。
「――前と後にサーをつけろ、この動物好き共!」
「サー?」
戸惑いが広がる。
『サー』は、一応この世界にもある称号だが、貴族制度のないリストレアではあまり馴染みがない。
私は、杖の石突きを地面に突き立てると、笑ってみせた。
退役前にドッペルゲンガーの娘達とゆっくり話をしたら、「この世に悪という言葉の意味を知らしめてやろう」とか、「毒の滴るよう」とか、「狂的な」とか、散々に言われた"病毒の王"スマイルだ。
……「癖になる」、「退役の記念にもう一回」とかも言われた。
とりあえず、見慣れないうちは威圧感のある表情である、という事で、意見は一致している。
最初にガツンとやる。それが肝心だ。
「返事はイエスだ。――それ以外は認めない。『サー、イエス、サー』で答えろ」
「……サー、イエス、サー!」
「犬派か猫派かなどと、下らない争いをしたヤツは、今すぐ耳を揉み倒してやるから、そう思え!」
「サー、イエス、サー!」
今日の私は、鬼教官モードだ。
背後に控えているレベッカが、ぼそりと呟いた。
「なんだあの頭おかしい罵倒」
「マスターの世界の訓練教官が使う新兵教育用のセリフ……の改造版だとか」
リズが応える。
「原形留めてない気がするぞ」
「奇遇ですねレベッカ。私もです」
原形は、かなり卑猥な表現が入るので。
後、そもそもうろ覚えというのもある。
要は、なんか今までと違う、厳しめの、しかし堅苦しすぎない雰囲気が伝わればいいのだ。
一度やってみたかったというのもある。
「今から行う訓練は――そう、『とても簡単な物』だ」
私は、笑う。
「実に羨ましい。代わってほしいぐらいだぞ?」
うんうんと頷く。
「……マスターがいつもやってる事じゃないですか」
「そうとも言う」
かなり小声で、かつ、かなり意識を外している会話なので別にいいのだが、ここは拾う。
「……"病毒の王"……様が、いつもやってる……?」
私が応じた事で、リズの発言が皆の脳に染みこみ――その内の一人が、思わずといった風に呟いた。
「ああ。危険はない。安全を保証しよう」
ほっと息をつき、空気が緩む。
私は笑顔で続けた。
「黒妖犬としばらく一緒に過ごしてもらう。たっぷり遊んでもらえ、お前達」
ローブの裾をつまみ、ばさばさと振る。
ぞるり、ぞるり……と、人数分が出る。いや、プラスもう一匹だ。
私は寄り添う一匹の頭を優しく撫でた。
この子達は強めが好きだと言ったし、それは事実だが、それはそれとして、気持ちを伝える優しいスキンシップも好きだ。
「どうした? ――『返事は』?」
「……さ、サー、イエス、サー……」
前回の捜索の際に触れているはずなのに、全員どこか緊張している。
私は緊張をほぐすために、優しく笑った。
「難しい事は言わない。素敵なお仕事だ。大型犬とたわむれているだけでお給料が出る職場とか、普通はないな。――質問を許す」
一人が、躊躇いがちに手を挙げた。
女性の猫系獣人だ。
「あの……大型犬って……黒妖犬ですよね?」
「もちろん。魔獣師団は、魔獣以外にも、軍馬や猟犬を仕込む仕事をしていると聞いている」
「は、はい」
「ならば同じだ」
「同じですかね?」
「これからはな。――次」
もう一人が、やはり躊躇いがちに手を挙げた。
今度は、男性の犬系獣人だ。
「『しばらく』とは……どれぐらいでしょう?」
「期間は厳密に区切ってはいない。私は"第三軍"の序列第一位――つまり君達のトップである"折れ牙"のラトゥース殿に訓練の全権を委ねて頂いた。が、私も暇ではないのでな。とりあえず、三日を予定している」
「三日……?」
「すまないな。しかし、初回という事で短いのは――」
「え、短いんですか?」
「……たった三日だぞ? まさか――魔獣師団では、猟犬の訓練はそれぐらいで終わる……とか?」
思わず不安になるが、彼は犬の鼻面を、人間らしいジェスチャーで横に振って見せた。
「い、いえ。子犬から成犬になるまで仕込みますし、それからも狩りを通じて訓練を続けますが……」
「だよな。もしかして魔獣師団にはそんな秘伝が伝わってるのかと思って焦ったぞ。――次」
もう一人が前に進み出る。
女性の犬系獣人だ。焦げ茶のピンと立った耳に、ふさふさの尻尾。
垂れ耳でないと、耳で見分けるのが難しい時もあるので、そういう時は尻尾を参考にしている。
肩の辺りまでの髪は毛色と同じ焦げ茶で、まとまると黒に近く、先っぽでは光を透かして茶色に見える。
意志の強そうな黒い瞳で私をまっすぐに向け、口を開いた。
「マリノア、と申します。訓練内容の詳細を、お教え願いたいのですが」
「まずは軽いスキンシップから。……後も大体同じだな。一日中一緒にいてもらう。他に疑問は」
彼女――マリノアの耳が、少し力をなくした。
「一日中……とは?」
「トイレ以外、常に」
「……食事中は?」
「一緒に。ああ、もちろん食事内容は別だぞ? 今回の訓練では、おやつ扱いで犬用の食事を少しという事で、食堂には話を通してある」
「は、はい。……ええと、入浴……は?」
「一緒にだな。ペアを洗う事。魔法を使わず、タオルで拭いてやれ。スキンシップの一環だ。その後、ブラッシングを」
「ぶ、ブラッシングまで?」
「ああ。――お前達、綺麗にしてもらえよ?」
手元の一匹の首筋を軽くぽんぽんと叩くと、他の三十匹も、一斉に同じ動作で尻尾を振る。
「……さすがに寝る時は別ですよね?」
「何を当たり前の事を言ってるんだ?」
「ですよね」
「ああ。バーゲストを枕にして寝るのは言葉に出来ないな。頭をもたせかけるのも、抱き枕っぽく抱きしめて眠るのも、なんというか幸せ――」
彼女は、愕然とした顔で手を挙げて、私の話をさえぎった。
「待って下さい"病毒の王"様。……ちょっと……言っている事の意味が……」
「……私は、難しい内容を話したか?」
「……いえ」
「では、そういう事だ」
私は頷いて見せる。
彼女の戸惑いが分からないではないが、習うより慣れろとも言う。
あえて、これが当然だ、と振る舞って見せる。
実際、私にとっては当然だし、見た目よりは難易度も高くない。
ティフェー村でも、皆、仕事の忙しさもあったろうが、すぐに慣れた。
……一日密着して触れ合ったりはしてないけど。
「……あの、マスター。私も一度は了承しましたが、この反応は……もう少しゆっくり慣らした方がいいんじゃないですかね」
「私もそう思うぞ」
リズとレベッカが、控えめに私をいさめた。
「でも、リズはすぐに受け入れたよね?」
「まあ……現実を受け入れねば、死にますから」
リズが遠い目になった。
私はレベッカへと視線を向ける。
「レベッカも、一日で埋もれて遊ぶぐらいになったよね。ていうか、私はあの日、レベッカが妙にバーゲスト達に人気だった事を忘れてない」
「いや、まあ……あれは遊ばれたっていうか……。後、アンデッドって、多分黒妖犬にとって『食べ慣れた』エサだから……」
レベッカも遠い目になった。
確かに、黒妖犬は『"不死生物の天敵"』とさえ言われる相性差を持つ。
楽に狙える獲物を狙うのが野生の基本だ。
野生のアンデッド……というのも変だが、野生動物の死体がアンデッドになった場合、黒妖犬に処理される事もあるだろう。
……国内のバーゲスト、ほとんど私の手元にいるはずだけど、生態系とか大丈夫かな。
そういう意味でも、今回の任務は成功させなくては。
バーゲストという『力』を国内に広く配備し、集落と交易ルートの安全を確保。事故や災害時の捜索役を担わせる。
事故はなくならない。犠牲者も……きっと。
それでも、減らす事は出来る。出来ると信じる。
一応、今と事情が違うとはいえ、命令の従い度合いを確認する。
「……魔力は取られなかったよね?」
「それは大丈夫だ。……そうなったら、さすがに助けを求めたと思う」
レベッカが、私に助けを?
悪戯心が湧いた。
いつもベテランらしく落ち着いた様子のレベッカが、乱れる様子を見てみたくなった。
配下の黒妖犬と序列第三位殿が、ちょっといつもより強めのスキンシップで親睦を深めるだけ。よし。合法。
すっと手を上げる。
「――お前達」
「もし、私がお前に助けを求める程度に襲わせる命令をバーゲストに出したら――後は分かるな?」
私が命令を下す寸前に、レベッカの言葉が差し込まれる。
後の先、という言葉が頭をよぎった。
そろそろと手を下ろす。
「……つい出来心で。あと、他軍の人達の前なので」
「……他軍の前で『"第六軍"式』は控えろ。これは、公的な訓練だぞ。一体何をしようとしたかは、後でじっくり聞かせてもらう」
レベッカが、にこりと笑う。
「……序列第三位を……襲わせる……」
「これが……『"第六軍"式』?」
レベッカの耳元に口を寄せる。
「……誤解された気がするんだけど」
「……おいおい解こう。今は舐められないぐらいで丁度いい。マスターだし」
最後が、少し気になった。
私は、志願者達に向き直る。
「――では、『訓練』を始めよう。お遊びのようなものだがな」
「ちょっと同情します」
「まあ、慣れれば楽な仕事なのは本当だし」
小声でささやき合う二人。
とりあえず、気にしない事にして、私はわざとらしく首を傾げて見せた。
「――返事は?」
「……サー、イエス、サー!」
声が唱和する。
いい返事だ。
言わせてる感はあるけど。




