発見
私は、夢を見ていた。
バーゲスト達がじゃれついて、顔を舐めて……。
「ん……やめろよ、お前……ら……?」
本当に、頬を舐められている。
目を開けて、身体を起こすと、バーゲストが飛び退いた。
「……見つけてくれたか」
思わず顔がほころぶ。
両手を広げて迎え入れ、抱きしめた。
いつの間にか、夜明けも近い。朝靄の漂う闇の森は、初夏とはいえ気温が低く、飛行服の魔法効果があっても、さすがに身体が冷えていた。
黒い体毛の下の熱が、じんわりと伝わって、ぬくくなってくる。
「あー、お前、あったかいなー」
昔は、黒妖犬が怖かった。
怖い所しか、知らなかったから。
よく知らない、ただ怖いだけの生き物だったから。
今は、そうでもない。
一匹だったバーゲストが二匹になり、三匹になり……毛皮に埋もれるようにして、うとうとし始めた時、『四匹目』が来た。
正確に言えば、四匹目と一人。
雨のやんだ夜明けの森の中を、先導するバーゲストを追い抜かんばかりの勢いで駆けてくるのは、一人の死霊――上位死霊。
薄く透けた、深緑のローブをはためかせながら、彼女は私を見つけた。
見つけてくれた。
「――アイティース!」
どこか飄々としたすまし顔でも、楽しそうな笑顔でも、相方の事を実に愛おしそうに見つめる優しげな顔とも、バーゲスト達と遊ぶ無邪気な顔とも違う。
必死になって私の名前を呼ぶその表情が、どこかおかしくて――そして、とても嬉しくて、私は立ち上がると、笑って手を振った。
「よう。――リーフは無事か?」
「っ……この!」
抱きしめて、涙声で罵倒してくる。
途中で私の足首に包帯が巻かれている事に気が付いたので、勢いの割に手つきは優しい。
「リーフはちゃんと帰ってきたよ! でも、鞍がなくて……。どんだけ心配したか……アイティースまで、仕事中に……なんて事になったら……私……」
エイティースは――私の双子の弟は、彼女の指揮下で死んだ。
「……あー、わりい」
それ以上は言わず、ぽんぽんと背を叩く。
私達は、死を覚悟している。――そういうものだ。
エイティースは獣人には珍しい暗殺者で、私はグリフォンライダー。それでも獣人に生まれたからには、全て等しく"戦士"なのだ。
同胞のために生きて、戦友のために死ぬ。
それが、獣人の生き方だ。
エイティースと私が選んだ、誇りの形。
ただ、それを獣人でない彼女に上手く説明出来ず、私は彼女の、薄く透けた黒髪を、あやすように撫でた。
「私、大丈夫だから。な?」
しかし、私を抱きしめている腕に、さらに力が入れられる。
私の存在を、確かめるように。
彼女の身体は少し震えていて、声もまた、震えていた。
「なんで、そんな軽いの……」
「そりゃ、信じてたから」
「怪我してたんでしょ? 死ぬような怪我じゃないにせよ、動けないなら……すぐに見つかる保証なんて……」
「見つけてくれるって、信じてたよ」
彼女は黙り込んだ。
そして、身体の震えが止まり……また、ぎゅっと抱きしめられる。
「……そろそろ、俺も話していいか」
低い声に、ぴくん、と耳が跳ねるのが分かった。
「ラトゥース様!」
彼女が、私を抱きしめた姿勢から、かたわらに立って支える姿勢になる。
"病毒の王"と、ラトゥース様と、それにリズ――豪華な捜索隊だ。
ラトゥース様が、金色をした狼の瞳で私を見る。
「無事で良かった。……何があったんだ」
「ああ、その……野生のグリフォンの群れに襲われて……縄張りが変わったみたいだ。危険だから今回私が飛んだ飛行ルートは、もう使えないな」
私を支える"病毒の王"の目に、その名にふさわしい剣呑な光が宿った。
「グリフォンがうちのアイティースを? ……これは生態系を変える事も辞さないレベル」
「いや、うちのな。……はじめて意見が合った気がするぜ」
「……え、はじめて?」
「やべー発言はやめろよ。ていうか、ラトゥース様も止めてくれ」
ラトゥース様の目が細められ、吐き捨てるように言った。
「……お前を傷付けたもんを、許す気にはなんねーんだよ」
思わぬ言葉に、胸が高鳴ってしまう。
けど。
「いや、だから……心配掛けたけど、私達グリフォンライダーはこれぐらいの事、覚悟して飛んでる。私達は親鳥から雛を奪って、この空を飛んでるんだ。……野生のグリフォンを傷付けるような事、冗談でも言わないでくれ」
二人が、それぞれうなだれる。
「……ごめんなさい」
「……わりい」
リズが感心したように言う。
「最高幹部二人を正論で黙らせるとか、本当に成長しましたね」
「……ちょっとは大人になるさ。『実戦』を経験したらな」
私はまだ、誰も殺した事がない。
狩りの経験はある。実戦経験も――ある。
けれどそれは、グリフォンライダーとしてだ。
運び屋であり、戦士ではない。
そんなだから、なり手は多くない。
戦士志望は、何万といるのに。
それでも、これから真に必要なのはきっと――戦士ではない。
私達は、誇りと名誉を捧げる先を、戦場以外に見つけなくてはいけない。
集落の防衛戦力と、狩りのために戦士は必要とされるし、それは名誉ある誇り高い職業であり続けるだろう。
……でも、成人した獣人全員が戦士になる事が当然だったような時代は、きっと終わったのだ。




