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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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甘い大鍋


 石造りの煮詰め小屋の中央に、大鍋が鎮座している。


 鉄製の五徳は磨き込まれ、錆一つない。

 そして、その五徳の下に置かれているのは、術式が魔法陣の形で刻み込まれた、巨大な板石だ。


 技師のダークエルフ女性に簡単なレクチャーを受けて、全部で八つある、円で示された魔力供給役のポジションの内の一つに収まる。



 ――私の持つ魔力の多さに、いつもは大した意味はない。



 戦闘時となれば、魔力の多さを背景に、上位死霊(グレーターレイス)として自分の身体を戦闘に最適化し、さらに身体強化魔法によりブーストした私を殺しきるのは困難だろう。


 しかし、その力を振るうべき敵が、いないのだ。

 私は決して無敵などではないが、『敵がいない』という意味では、割と安泰だ。


 なので、私の魔力は普段は死霊騎士達とバーゲスト達に供給する以外、使い道がない。


 けれど、今日は違う。

 今、この場で、必要とされている。


「炉への魔力供給、お願いします」

「了解。――起動する」


 普段は全身に蓄え、循環させ、主に部下の死霊騎士達への魔力供給にて消費している魔力を、注ぎ込んだ。


 私の足下から魔法陣に、可視化された魔力が水のように流れ込み、ラインを輝かせていく。



 板石に刻まれた魔法陣の中央に、火が熾った。



 ちろちろと燃えるそれが、すぐにごうごうと燃え盛り、鉄鍋を炙っていく。


 魔力炉の制御担当の技師であるダークエルフのお姉さんが、声をかけた。


「火加減はこちらでやります。安定状態へ持っていくのも初回起動以外は、おおむね魔法陣任せで大丈夫なので、そのように」


「はい」


 彼女は、少し不安げな顔を見せた。


「……大丈夫なんですよね? 多分……この量だとかなりの時間が掛かると思います。必要なら手伝いは出せますし、休憩も同様に」


「ありがとう。でも多分、大丈夫だと思う」


 伊達に、『大食らい』の死霊騎士達を日常的に食わせているわけではないのだ。


 薪もなしに燃え続ける炎を眺めていると、リラックスした気分になって、私は魔法陣の上に座り込んだ。




 丸一日が経過し、中身は何度か交換されている。

 休憩は、その作業の合間のみ。


 焦げ付かないよう、長い棒でかき混ぜる人は汗が垂れないように髪を布でまとめ、炎と熱に対する耐性も付与されている――はずなのだけど、その顔は上気して赤い。


 私は、無になっていた。


 あぐらを組み、一度やってみたいと思いつつ、ついぞ行く機会がなかった座禅の真似事などしている。


 魔力の流れが、川のようだ。

 山が蓄え、海へ流れ、石を削り、そして雨となって山へ戻る。


 この流れを掌握し、支配する事は、すなわち魔力の全て、この世界の全てを手中に――



「次の鍋に移ります。一度火を止めて、休憩など」



「……あ、うん」


 一瞬、返事が遅れた。

 真理を掴みかけたような気がするのだけど。


 起きた後、身支度をしている間に捕まえ損ねる夢のように、戻る事はなかった。


 多分、メイド服を着た女の子が可愛いとか、そういう真理だろう。


 常日頃実感し、よく知ってる。


「何か、問題などは?」

「……問題はある。エイミを呼んでくれ」




「……問題があるって? どうしたんだ?」


 呼ばれてやってきたエイミは、深刻な表情を浮かべている。

 焦げ茶の瞳が、心配そうに座ったままの私を見た。


「身体、きついのか?」


「心がきつい。退屈で死にそう」



「あたしの心配を返せよ」



 二週間もあれば、それまで見ず知らずの間柄でも、魔王軍最高幹部にこれぐらい言えるようになるという見本だった。


「……あ、いや。でも、それもしんどいんだろうな」


 少し冗談は入っていたが、退屈が結構深刻なのは事実だ。

 理解を見せてくれてほっとする。


 彼女は前に座り込み、視線を合わせた。


「で、あたしはどうすればいい?」

「……子供の頃のリズの話とか聞きたいけど、さすがに作業中はダメかな?」


「……まあ、ちゃんとしてくれるならいいだろ、それぐらい。――なあ、話とか、しててもいいか?」


 技師さんが頷いた。



「構いませんよ。……普通、八人体制でも、話とかしてる余裕ない重労働のはずなんですけどね」



 なんだかんだ高火力を維持し続ける炉は、魔力食いだ。

 技師である彼女にしても、魔力消費自体はそうでもないが、制御は気を遣う作業で負担が大きい。

 疲れた顔をしていたので休憩時にねぎらうと、今の村には交代要員もいないので、徹夜が前提で、覚悟していると言っていた。


 この場は、その覚悟に応えるしかないが、来年以降はちゃんと交代要員を用意出来るようにしないといけない。


 それについて思考を巡らせ――るのは後回しにして、とりあえず目の前のエイミに向き直る。


「あー、でも、あんまないぞ?」

「些細な事でもいいから」


「……狩りが上手かったな。弓もそうだけど、十八の時に槍でスターホーンを仕留めてきた時はちょっと引いた」


 ……それ、『枝角の間に星が灯るよう』というロマンチックな命名の理由を持つ、魔獣種に分類される鹿では。


 毛皮に、肉に、立派な枝角目当てに、乱獲――されているとは言い難い。


 草食な事もあり狂暴ではないが、ちょいちょい狩人が返り討ちに遭う。


 獣人でも、サイズにもよるがそれを単独で仕留められるなら一目置かれるほど。


 ダークエルフ基準で、成人から二年前の女の子が仕留めるにしては、大物だ。


「ちなみにサイズは?」

「割と大きいやつ。頭剥製にして、肉と毛皮と一緒に売った時の金を、村を出て軍に志願しに行く旅の資金にするって言って貯めてた」


「なるほど……」


 そしてちょっと不安にもなる。

 ……普通は、そんな大物を狙わないのだ。


 軍の募集所は少し大きめの街ならあるし、そこまでの旅費ぐらいなら、村の生活でもなんとかなるだろう。


 彼女は、腕を磨き……一人で生きられるように行動していたように思える。


「志願前に食べ歩きしたいとか言ってたな……街の店に行った奴に評判聞いたり……」


「……なるほど」


 成人前のリズが可愛い。


 無茶を今からでも心配したくなるが、そんな子が、自分を完全に律する事の出来る暗殺者(アサシン)として腕を磨いていくのだと思うと……感慨深い。


「つまんなかったか、こんな話」


 私は強く首を横に振って否定した。


「いいや、そういうのでいいんだよ。そういうので」




 それからも、話は続いた。 


「昔のリズは、恋愛話とか興味なさそうでな。狙ってるやつらはいたみたいなんだが」


「詳しく」


「いや、目が怖いから。実際行動に移した奴は聞いた事ねえよ。成人を期に村を出るって公言してたのもあるしな」


「なるほど……でも参考までに詳しく」


「昔の話だってば。大体、あたしは友達を売りたくない……か……ら」


「分かった。その上で詳しく。……エイミ?」


 彼女の言葉が途切れたのに違和感を覚え――そして既視感を覚えた。


 そろそろとエイミの視線の先、自分の背後を振り向く。



「何を詳しく聞き出そうとしているのか……お聞きしてもよろしいですか? 『マスター』?」



 にこりとした笑顔のリズ。

 目も笑っているのが、逆に怖い。


「い、いや。その……好きな人の過去って、気にならない?」


「ならないと言えば嘘になりますけど。……内容によります。そもそも私が知りさえもしなかった事を聞いてどうしようっていうんですか?」



「どうもしない。それぐらいわきまえてる。ただ、そっと心の中のリズフォルダを拡充する」



「そのフォルダ、どんな書類が入ってるんですか」


 そういえば、つい普通に使ってしまったけど、バインダーみたいな物が語源だったような。


「私にとって大切な物が」

「……ああ、他人にとって心底どうでもいいやつですね」


「なあ、これが新婚夫婦の会話か?」

「多分人による」


 リズは腰に手を当てて、呆れ顔になった。



「今の私はマスターが好きで、結婚したんだから、それでいいじゃないですか」



 ストレートな言葉で不意打ちを食らうと、私だって流石に照れる。

 頬を熱くして黙り込んだ私を置いて、エイミにもじっと視線を向けた。


「エイミ。ほどほどにね」

「お、おう」


「マスター? サボっちゃダメですよ」

「はい……」


 リズが、にこりと優しい笑顔になる。



「マスターでも流石に大変でしょうけど、また後で、ゆっくりしましょうね」



 『ゆっくり』……?

 この村に来てから、リズが本当にゆっくり身体を休められているのか、少し自信がない。


 リズが、歩く動作とは無関係にマフラーを揺らしながら、どことなく機嫌良さげに去る後ろ姿を見て、エイミが呟いた。


「……で、どっちが偉いんだっけ?」

「多分リズ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 常人8人分の魔力供給を1人で賄っちゃうかぁ。 流石はマスター。 悲劇の発端でもあったけれど、存分に平和利用中。 [気になる点] 世界の、魔力の流れを掌握…? 本当にそれができてしまったら…
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