頼りになる嫁
「――五分前のあたしなら、『貪り食われてる、あれは助からない』……とか言う場面なんだけど」
「血の臭いがしたら、私も言ったかもね」
リズとエイミ、二人の声がして、私は埋もれていたバーゲスト達を掻き分けて、起き上がった。
「リズ? エイミ……さんも」
「エイミでいい。……あのさ。何してるか……あんたの言葉で、教えてくれるか?」
「……野生の黒妖犬が……遊んでほしそうにしてたから、遊んでる……」
丁度さっきは飛びつかれ、たまに上下逆になりながら、雪の中でじゃれあっていたところだ。
知らない人が見れば、襲われているように見えたかもしれない。
他には改めてお手など教えてみたり。
まるでずっとそうしていたように、自然な動き。
『共有』は終わっているらしい。
私の、群れだ。
「……リズ。悪い。言わせてくれ。お前の結婚相手はちょっとおかしい」
「エイミ。間違ってる」
「いや、だって……」
リズが、私をジト目で見た。
「マスターは、ちょっとじゃなくて、すごくおかしいんです」
……いつものリズだ。
ばっさり行かれるのが、どうしてだか、こんなにも嬉しい。
「反論出来ないなー……」
「……いや、反論する努力はしようぜ」
「おお、新鮮なご意見」
「いや、あの……その……」
口ごもるエイミ。
私はリズを見た。
「ええと、リズ、どこまで?」
「私達の所属と階級……"薄暗がりの刃"と"病毒の王"だって事は。マスターが、暇があればバーゲストと遊んでいるようなもふもふ好きだって事は、名誉のために言っていません」
「それ今言ったら意味ないやつ。……後、それは正確じゃないと思う」
「では、お暇な時は何をされているので?」
「――まず、私は暇だから遊んでるんじゃない。この子達の事が大好きだから遊んでる」
視線をちょっと落とし、目を見ながら頭を撫でると、バーゲストが目を閉じた。
「次に、基本的にリズの時間が空いている時は、私はリズと過ごしてるから、『暇があればバーゲストと遊んでいる』っていうのは、全面的に間違っていると言わざるを得ない」
キリッとした顔で言う私に、リズが真面目な顔で頷く。
「では『しょっちゅう』で」
「手を打とう」
「漫才かい」
ぼそりと呟くエイミ。
そして、私達二人の視線を受けて、はっとした。
「……あ、いや。その」
「あまり気を遣わなくていいから」
「そうそう」
リズに続いて、私も頷く。
「……最高幹部……なんだよな? 冗談じゃなくて」
「冗談で詐称していい立場じゃないからね」
「いや、でも……正直『あの』"病毒の王"が……『こんなん』だと思うと……」
リズが、彼女の言葉に目を細めた。
……さすがに友達に手を出す事はないだろうと思いつつ、ひやりとする。
しかし、その言葉に反応したのはバーゲスト達が先だった。
ぶわり、と先程の警戒態勢と同じく、瞳に赤い眼光を宿し、牙を剥く。
「っ……」
「お前達。リズの友人の前だ。控えろ」
私もまた、『最高幹部らしい』態度で、一匹のバーゲストの首筋を軽く叩く。
口を閉じ、牙を隠したが、瞳の燃えるような眼光は消さず、私の方を見上げ、見つめてきた。
「大丈夫だから、ね?」
頷くように視線を落とし、そして眼光がふっとろうそくの炎が吹き消されるように消失した事で、少しだけ暗さが増した。
日が落ちてきている事に、気付いていなかった。
「――いつも『最高幹部らしく』振る舞ってたら、胃に穴が空くよ」
「……死霊なのに?」
「私、不死生物になる前から最高幹部だったから」
エイミが、額に手を当てて、呆れ顔でため息をついた。
「…………リズ。あんたらは夫婦そろっておかしい」
「おかしいのはマスターだけですよ」
「あはは」
私とリズが笑う。
「……なあ。あんた、最高幹部って事は……軍に顔、利くんだよな」
「まあそれなりに」
頷いた。
「こんな事、頼めた立場じゃないかもしれないけどさ……聞いてくれるか」
「リズの友達なら、出来る事はしたいけど。……何かトラブルでも?」
聞くと、彼女は少し表情を陰らせた。
「うちの村の特産品がメープルシロップで……それを軸に生計を立ててるのは、知ってるか?」
「一応。それを目当てに来たのもあるから」
「……去年は、ほとんどメープルシロップに出来なかった」
「なんだって?」
愕然とする。
「あ……言おうと思ってたんですよ。市場に流通してないんじゃなくて、現物自体がほぼない状態なんです」
ティフェー村も、それ以外の『特定作物栽培村』も、前シーズンは市場に卸していないとは事前情報を入れていた。
販路や価格の問題ではなく、物自体がなかったのか。
「そもそも、樹液が採れなかった」
「木に何か問題が?」
「……前の戦争で、働き手が死にすぎた。護衛も足りなくて、行動範囲を広げられなかったんだ」
「……あ」
何人が義勇兵として志願したのかなどは、聞いていない。
それでも、彼女が唯一の生き残りだと、聞いている。
――あの戦いは、勝ってなお、七割以上の犠牲を出した。
「補助金が打ち切られるって噂もある。売るもんがなけりゃ、立ち行かなくなる。蓄えもあるし、食うもんだけなら収穫と、狩猟でなんとか……でも、そんなんいずれ限界が来る」
エイミの顔が、苦悩に歪められる。
「あたしは……この村を守りたかった。生まれ故郷……とは、ちょっと違うけど、似たようなもんだ。でも、急に領主が代わるって話で……採集時期も迫ってるし、これからどうなるか……」
それが『国のバカヤロー』という言葉に繋がるのだろう。
「……新しい領主様は、どんな?」
私が聞くと、エイミは呟くようにその名を口にした。
「ウェンフィールド家だってよ。ガチガチの武闘派だ……」
「なんとかなる気がしてきた」
「私もです」
私とリズは顔を見合わせると、頷き合った。
「……『あの』重装騎兵を率いた家だぞ?」
「うん、知ってる。融通が利かない所はあるけど、割とまっすぐな人だから、多分悪いようにはしないと思うけど」
「……そう、なのか? でもほら、騎兵の数がいなくなったから、担当の村から搾り取ろうとして重税を……とか」
「……いや、ないんじゃないかなあ……? 殺されかけた事もあるけど、基本的にいい人だよ?」
ウェンフィールド家は、武勲の誉れ高い名家だ。
その現当主たるダスティン・ウェンフィールドは騎士として……命を懸けて私を狙ってみせた。
私怨ではなく、大義の名の下に。
そういう過去がありつつも、行動原理が一貫した人は嫌いではない。
「……え、殺され……かけ? リズ。頼む。お前の嫁は何を言ってるんだ」
「マスター、機密ですよ。その辺。……まあ、詳しく話すと危ないから」
「やめてくれよそういうの。あたしは何も聞かなかった!」
リズの言葉に、両耳を手で押さえて聞かなかったポーズを取るエイミ。
実際、薄く広く、税金を多めに取っていた人達の後釜なのだから、多分その辺の負担は軽くなるだろう。
私は真面目な顔を作った。
「エイミ。――何が足りない?」
「……人手だ。作業自体は簡単だけど、黒妖犬がうろついてる今、まとまった護衛が――要らないのか、もしかして?」
「十四匹いた。――何も、問題はない」
「……『いた』? 倒したのか?」
私は、すり寄ってきた一匹の首元に手を差し込みながら、軽く笑った。
「倒してはない。お迎えしたっていうか」
この子は、十四匹の方――だった。
「……なあリズ。この人のノリがきつい。なんで群れを作るとやべー魔獣をそんな軽く扱ってんの?」
「あー、いきなりだとねえ。すぐ慣れるよ」
うんうんと頷くリズ。
「……慣れるのか……無理な気がするわ……」
頭を振るエイミに、リズが優しく声をかける。
「そんな事を言ってた人達も、今ではすっごく馴染んでるから」
レベッカとアイティースの事だろうか。
……もしかしたら、リズ自身も。
「護衛は任せて。作業も……どんな事するの? 私の知ってるメープルシロップのための樹液採集は、木に穴を開けてビニールホースを繋ぐんだけど」
「ビニール……?」
「ホース……?」
エイミとリズが、どこか似た調子で眉をひそめる。
「……あ、忘れて」
この世界にビニールはないし、ホースもない。
「分かりました。カエデの木に穴を開けて、バケツで受けるんですよ。木の太さや気温などの条件にもよりますけど、何時間かで一杯になるので、その都度バケツを変えます」
リズがすらすらと説明する。
「見回りやバケツ運びを、子供達も含めた村人も手伝ったりするわけですね。なるべく近い所を中心に。お給料も出ますので、メープルシロップがこの村の生活の軸なんです」
「なるほど」
分かりやすい説明は、さすがリズだ。
リズが、エイミに視線を向ける。
「護衛が足りれば、なんとかなるよね。大変だろうけど、私も手伝うよ」
「……なる、と思う」
エイミが頷き、しかし頭を憂鬱そうに振った。
「けど、問題は他にもあるんだ」
「とりあえず聞かせて」
「煮詰める作業は、二十年前から魔力式の炉を導入してる。……これを動かすのに、現状では村人だけだと足らない。外から雇えばいくらになるか……代わりに、普通の薪を集めちゃいるんだが、その人員も足りなくて……」
魔力炉――薪ではなく魔力を燃やす炉だ。
うちの屋敷に備えられている魔力式暖炉と、基本原理は同じ。
高出力かつ安定した炎として、王城の鍛冶場でも採用されているのを、レベッカと共に見学させてもらった事があった。
まず大型の物が作られ、その後、うちにあるような小型の物へと技術が進歩していったと聞いている。
「魔力は責任を持って足らせよう」
「どうやって?」
私は自分の胸に手を当てて、にやりと笑った。
「私一人で、動かしてみせる」
私が人間で、この国の気候に不慣れだった事もあり、魔力式暖炉の使い始めは秋の早いうちから、使い終わりは初夏に差し掛かる頃までと長め。
今となっては別に要らないと言えば要らない……のだけど、暖炉の前でバーゲスト達と、たまにリズを交えてまったりするのが好きで、今も使っている。
もちろん、魔力供給役は私。――慣れたものだ。
それに、今の私は上位死霊。
人間だった頃からそれを基準に召喚された程度には多めの魔力を持ち――そして何より上位の名は、伊達ではない。
エイミが、ゆるゆると頭を振った。
「なあリズ。お前の嫁さん……頼りになるな……」
「でしょう?」
リズが、笑って胸を張った。




