古い友人
村には人通りがなかった。
晴れてはいるが、寒いので、家に閉じこもりたくなるのも当然だろう。
リズに、三十年前の記憶を頼りに案内され、村の中央の宿屋へと向かう。
道は雪かきがされていて、骸骨馬を引きながら歩くのも苦にはならない。
この村の宿屋は、オーソドックスに、酒場の二階が泊まれるようになっているタイプだ。
酔い潰れれば、そのまま二階で休めて、代わりに宿泊料金を取られるトラップじみた構造。
村の中でも、一際大きい建物だ。
外観は多少変わっているが、位置などはリズの記憶通りで、中身も記憶のままなら、村で唯一の食事場所でもあり、商店も入っているという。
基本的には、村の重要施設が全て寄せ集められているとの事だ。
「こんにち……」
「ああもう、国のバカヤロー!」
酒場のドアをくぐって、集まった視線に軽く挨拶しようとした瞬間、店内で叫び声がした。
視線は一気にそちらへ集まり、私も思わずそちらを見る。
「今さら領主様が代わるってあによそれ! あたし達をなんだと思ってるんだか!」
「でもよ……もしかしたら暮らしも楽に……」
「なるわけないでしょ! 『特定作物』に依存しすぎたツケが回ってんのよ!」
大ジョッキで酒をかっくらいながら、隣のテーブルに向かってくだを巻いているのは、黒髪に焦げ茶の瞳のダークエルフのお姉さんだった。
既に顔はかなり赤い。
リズが呟く。
「……エイミ」
「え、知り合い?」
私の問いに、リズが頷く。
「……リズ?」
酔っ払いのお姉さんが目をぱちくりさせる。
そして、ゆっくりと手招きした。
「こっち来なさい。そんで、座りなさい」
「久しぶりですね、エイミ」
招かれるままに、空いている席に腰掛けるリズ。
エイミと呼ばれた彼女は、拳を固めて、どんと木のテーブルを叩いた。
知り合いだというのに、この険悪な雰囲気はどうした事だろう。
「――久しぶりぃ? よく言えたもんねえ! 最後に里帰りしたのは三十年前! あたしは一年に一度は手紙を出したわよ? それが、三回しか返ってこないとなると愛想も尽きるってもんだわー」
聞いている限り、リズが悪い。
「……忙しかったんですよ。色々」
目をそらし気味にするリズ。
「なあにその敬語ぉ……うう……リズが都会に染まった……きっと悪いやつに騙されてるんだ……」
『悪いやつ』の筆頭としては、耳が痛い。
リズがため息をついて、苦笑した。
「ごめん、エイミ」
どきりとした。
敬語でないリズは……刺客を罵倒する際でさえ、見た事がなかった。
「マスター、チェックインお願いします」
「あ、うん……」
聞き慣れた敬語だ。
「連れえ? 不死生物のお?」
「後で紹介するよ」
注目を浴びながらも、とりあえず一日分の宿代を払い、二人部屋を一つ押さえる。
あらかじめ全額前払いする事もあるが、一日ごとに加算していくタイプの宿屋が多い。
これは、旅となれば天候に左右され、乗合馬車の運行も、現代日本のようにきっちりダイヤ通りとは中々いかないからだ。
リズの元へ戻ったところで、近くのテーブルで食事していた一人が立ち上がる。
ダークエルフのおじいさんだ。
「久しぶりだなあ、リーズリットの嬢ちゃん。軍に入ったと聞いて以降、ろくに音沙汰がないから、気になっていたんだ。エイミと一緒に、儂らにも聞かせてくれんかね。そちらの方は……どなたなのかね?」
そこかしこから向けられる無遠慮な視線に、アウェイ感を久しぶりに感じる。
でも、敵意とか殺意が込められていないので、かなり楽。
「カルロおじさん。……みんな、紹介するね。彼女は、デイジー・フィニス」
デイジー・フィニス。
名乗り慣れていないが、一応正式な私の名前だ。
親しい人は、誰もこの名前で呼ばないけど。
親しくない人は、私を名前で呼ばないけど。
……つまり、全く呼ばれ慣れていない。
「フィニス?」
エイミが眉を寄せる。
リズが立ち上がり、私の腕に自分の腕を絡めた。
「私達、結婚しました」
リズは、言葉が足りないなあ。
でも、とりあえず絡められた腕をぎゅっとする。
エイミが目を見開いた。
「は? 結婚?」
「……王都で流行りの同性婚?」
「リーズリットの嬢ちゃんが?」
「え、軍にいたんじゃ?」
「お前狙ってただろ?」
「馬鹿、いつの話だよ」
ひそひそ声が聞こえてきて、もう少し腕をぎゅっとする。
「……ええと、おめでとう?」
エイミが、混乱しながらも祝うのを聞いて、少しほっとした。
「ありがとう。マスター、隣どうぞ。――適当に食事と飲み物、二人分お願いします、あったかいので!」
手慣れた注文は、常連のそれだ。
敬語と、この村で使っていたのだろう言葉遣いが、入り混じる。
「二人分? そっちの彼女も?」
「うん、ちょっと特別だから」
「そうかい」
三十年も経てば変わっている所も多かろうが、見方によっては――たった三十年でしかない。
人口移動は、そう激しくない。特に村では。
席についた私達二人に、エイミが鋭い視線を向ける。
「――で、どういうご関係で……?」
「言った通りだよ? 結婚したの」
「……リズ。お前は言葉が足りない。軍に入る時も『軍に志願する事にした』だけ言って、あっさり自分一人でなんでも決めやがって! ……『マスター』? ――どこでどう知り合ったんだよ?」
確かに、知りたいのはそれだろう。
「職場の上司」
……言葉が足りない。
けれど、良く言えば、それぐらいでも伝わると思っているのかもしれない。
「あんた……軍の、偉い人か?」
「……まあ」
魔王軍最高幹部は、軍の『偉い人』だ。
「……だからって、かしこまらねーけどよ。あたしは『イトリア帰り』だ」
私もです。
「……この村に帰ってきたのは、あたしだけだ。あんたは……あの戦いの時、どこにいたんだ?」
最前線で囮役をしていました、とは言いにくい。
義勇兵の士気は高かった――が、それゆえに、被害も大きかった。
種族として強靱と言えど、基本的には正規の訓練は受けていないのだ。
あの戦いで、この国の人は……沢山死んだ。
「エイミ。この人も、私も、『イトリア帰り』だよ。……正確に言うなら、彼女はあの戦いで死んで死霊になった。悪く言うのは、許さない」
リズが彼女を睨む。
と言っても、軽くだ。
彼女が本当に怒ると――表情が消える。
目から光が消えて、冷たくて、背筋がぞくりとする。
今怒ってみせているのは、ポーズといった所だろう。
「……すまん」
彼女は、うつむくように、頭を下げた。
「――でも、なんでだ? なんで、今さら帰ってきた……?」
「……ダメだった?」
「……いや、そんな事はねえが」
彼女が、じーっと私を見る。
「お待たせ」
そこに、料理が運ばれてくる。
「ジェフさん。ありがとう。ここのシチューは美味しいんですよ」
「なあに。……驚いたが、昔のまんまだな」
「そうかな。……結構、変わったよ」
村を出た時のリズは――どんなだったのだろう。
リズから、簡単に経歴は聞いている。
一部は、特に『昔話』という形で。
"第二軍"の兵士として訓練を受ける中で、暗殺者の素養を見出されて、暗殺者として使われるようになった。
ガナルカン地方への単独潜入任務を、『理不尽な状況下』で達成し、近衛師団にスカウト。
『その後も活躍』し、"薄暗がりの刃"として名を馳せ……。
"第六軍"に、"病毒の王"の副官として、配属された。
ランクアップの仕方が、一般的な出世コースを大きく外れている。
近衛師団の精鋭暗殺者から、設立されたての"第六軍"副官になったのは、ランクダウンだった説もあるけど。
新設された"第六軍"がどんな役割を果たしたかを考えれば……彼女は、徹底的な叩き上げのエリートだ。
彼女の経歴に思いを馳せながら、シチューをスプーンで口に運んだ。
ビーフシチュー……ただし、肉が牛肉と似て非なるような気がするシチューは、リズの味がした。
ハーブだろうか? 味の組み立て方……味のルーツが、ここなのだと思う。
彼女の全ては、この国に根ざしている。
私のように、ある日突然この世界にやってきた、異邦人とは違う。
「……危ないから軍に入るなんてよせって言ったのによ」
「自分こそ義勇兵に志願しといて何を。それに、今じゃ私、これでも結構『偉い人』だよ?」
"第六軍"は、六軍の中でも群を抜いて副官の権限が強い。
そういう意味でもかなり『偉い人』だ。
次点では雑事を取り仕切る権限を持つ"第一軍"だろうか。
"第四軍"も、もしかしたら"第六軍"と並ぶかもしれない。
"第二軍"は暗黒騎士団の副団長として一定の権限があるが、"第三軍"と"第五軍"は、あくまで最高幹部の補佐に近い。
最終決定権以外のほぼ全ての権限を委ねている"第六軍"が異常とも言う。
しかし、小所帯ならではの良さを生かすには、各員の権限が大きい方がいい。
リズとエイミが、三十年ぶりだなどと思えないほど自然に会話を続け、向けられていた視線が、一つ、また一つと外れていく。
「え、ミーナが?」
「そ、結婚したの。ショーンと」
知らない人と、知らない人の話。
旧友と久しぶりに話すリズの邪魔はとても出来ず、口を挟めなかった。
シチューを一口一口味わう度に、お腹の奥が温かくなり……心が、少しだけ冷える感覚を味わう。
シチューも、すぐになくなってしまった。
添えられていた小さなパンで綺麗に拭って最後まで食べると、立ち上がった。
「リズ。……少し、散歩してくるね」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ」
彼女の敬語を、どこか遠く感じた。
"病毒の王"が出て行ってしばらくして、酒場の扉が勢いよく開けられた。
「――おい! 村に来た客人、今どこにいる!?」
血相を変えた男の姿に、酒場中の注目が集まる。
エイミが返事をした。
「リズの連れだろ? 散歩に出たって……」
「村の外へか?」
「……いや……場所までは……リズ?」
「……私も場所は聞いてないけど」
「誰も伝えなかったのか? ――今、村の外は危険なんだ。魔獣の群れがうろついてる」
「魔獣? ……それは……でも、うちのひとは強いから。死霊だし」
「やっぱり不死生物なのか。最悪だ……」
「何が?」
リズが眉を寄せる。
「――外にいるのは、不死生物の天敵だぞ……!」
彼女は、椅子を蹴立てて立ち上がった。




