相方さんの好きな所を一つずつ言っていく
「……でも、こういうたわむれは、ほどほどにしてくださいね。さすがに恥ずかしいです」
そう言うリズの照れ顔も、私にとっては愛しくて仕方ないのだけど、そういう事は口に出さない。
代わりに。
「ところでリズ」
「なんですか……」
「私、どうしてリズがこの服を恥ずかしがるのか分からないんだけど」
「私はむしろこの服を恥ずかしくないと思う理由が分かりませんけど?」
ジト目のリズ。
しかし。
「だって……リズのアサシン装束って、これより露出度高いよね?」
「…………え?」
リズが、目をぱちくりさせる。
そして、そろそろと自分の身体へと視線を下ろす。
長袖のテールコート。
レオタードこそハイレグではあるが、おへそは隠れているし、胸元もしっかりホールド。
ウサ耳とストッキングはノーカンとしても。
レザーの水着と言った方が適切な暗殺者装束より、露出度はかなり低かった。
「だって……その……あれは仕事着で……」
なんだか純粋な物を穢してしまったような気がする。
このアサシンさんは『必要だから』という理由で、自分の感情を殺せてしまう。
彼女は『そう出来る』というだけの理由で、自分の身を危険にさらしても、任務を果たす、最短距離のルートを直進しようとする。
そんなリズのまっすぐさが、私は大好きだけども。
……ちょっと不安になる事もあるのだ。
「これも仕事着だよ。ある意味」
「そ、それはそうですけど……」
頬に手を当てて、頭の上にぐるぐると渦が巻きそうなほど分かりやすく、何事か考えていたリズが、閃いたとでも言いたげな表情で顔を上げる。
「え、えっと……耳! 動物の耳付いてないじゃないですか!」
「獣耳付くと恥ずかしいの? 私は正統派が好きだから標準採用はしてないけど、前の猫耳メイドさん以外にも、ウサ耳メイドさんとか、犬耳メイドさんとか、狼耳メイドさんとか、狐耳メイドさんとか、悪魔角メイドさんとか、幅広い選択肢があるから、検討しておいてね」
「……なんでそんなに選択肢があるんですか?」
「宗教上の理由かな?」
「……はあ」
彼女は、分かったような分からないような、という風に頷く。
私は、リズのウサ耳に手を伸ばし、軽く触れて感触と揺れる様を楽しむ。
リズが、少し不安そうな表情を見せた。
「……もっと、他の恰好、した方がいいですか?」
「リズがしてくれるなら、どんな恰好も可愛いと思うけど」
「い、いや、そういう話じゃなくてですね」
「そういう話だよ。……でも、私はリズの、そのままのダークエルフの耳が一番、好きかな」
彼女の腰を緩く抱きながらダークエルフの長い耳に手を伸ばし、壊れ物を扱うように、そっと手のひらの中に収める。
「え、あ、あの!?」
彼女の狼狽した表情を眺めつつ、深い金色の瞳を覗き込んだ。
「笹の葉みたいにぴんと伸びた形も、健康的な褐色の肌も、耳の先まで真っ赤になるのも、全部全部、大好きだよ」
「っ~……!」
リズが、それこそ耳の先まで真っ赤になって、黙り込む。
しかし彼女は、元近衛師団所属の精鋭暗殺者だ。
学習能力に優れた彼女が、敗北が死を意味しない戦場で、負けたままでいるはずもない。
私の手首を掴むと、強い意志の込められた金の瞳が、きっ、と私を見据えた。
「マスターだって、可愛いですよ」
「私? そう言ってくれるのは嬉しいけど、一番可愛いのはリズだよ」
「私にとっては、マスターが一番です! 尖ってない丸い耳も、私より白い肌も、夜空みたいな黒髪もす……き……」
リズの言葉が、段々勢いをなくす。
触れている身体が、とっても熱い。
「それでそれで? 続きは?」
わくわくしながら続きを促すと、リズが口ごもった。
「い、いやあの。マスター、こんな恥ずかしい事、今まで平然と口にしてた……んですか?」
「恥ずかしいよりも伝えたい気持ちがあるんだよ」
「わ、私だってありますよ!」
「伝わってるよ」
私は、手首の拘束をそっと振りほどくと、彼女の手に指を絡める。
そして腰を抱く手に力を込めて、ぎゅっと抱きしめながら首筋のマフラーに頬を当てるようにして、身体を寄せた。
リズがうろたえながらも、私の腰に手を回して、抱きしめ返してくれる。
さっきのお返しに、一つ一つ好きな所を挙げていく。
「目が合うと、ちょっと笑ってくれるのが好き。嬉しい時とか、マフラーがぴこってするの好き。暗殺者のくせに、私の前ではすぐに顔と耳に出してくれるのも好き。抱きしめたら抱きしめ返してくれるのとか……大好きだよ」
リズの身体が、燃えそうなぐらいに熱い。
人体発火現象とは、照れ屋さんが限界を迎えた結果起きる現象なのではないかと思うほどだ。
「……言葉で勝てないのは、分かりました」
「私は、リズに言葉で勝てると思った事、ないけどねえ」
少し身体を離し、にこにことリズの目を見つめる。
私はリズが私に言ってくれる言葉全部が、大好きなのだ。
私は多分、言葉に限らず……一生彼女に勝てないと思う。
「だから、行動で示します」
「へ?」
リズが私の頭に手を添えて、自分の方を向かせる。
何をするのかと思った瞬間、唇が押し当てられ、口内を舌が蹂躙する。
そのままゆっくりとベッドに押し倒され、せめてもの抵抗と絡め返した舌は、その動きを逆利用されて、技術の違いを見せつけられる結果に終わった。
脳髄を灼かれるような興奮と、『私』が彼女の色に塗り潰されていくような感覚に怖くなりながらも、やめてほしくはなくて、本気で抵抗する事も出来ず、それを受け入れていくうちに、先のリズをなぞるように体温が上がっていく。
――リズが、先程まで情熱的極まるキスをしていたとは思えないすまし顔で唇を離した時には、私はとろけきっていた。
「ふ……ぁ……」
焦点の合わない目で、それでもリズを視界に収めようとする私の口から、吐息が漏れる。
「リズ……いつ練習したの……」
「たっぷり実戦で練習をさせて下さったのは、マスターですよ」
初めての時は、お互いに息が荒くなったのはいい思い出。
キスの時に限らず、口呼吸はよくないと聞くし、鼻で息をするコツを掴んだのだろう。
彼女は元近衛師団。つまり、身体のコントロールに関してはプロだ。
上位死霊になっても、種族差で埋められないだけの差がある。
……特に、こういう事とか。
「……さ、お仕事しますよ」
リズが、ベッドに押し倒した私をそのままに、すっと立ち上がる。
「……え?」
あまりに非情な宣告に、私の頭が止まる。
「休憩時間終了です」
「まさかそんな」
指し示された時計の針は、無慈悲にも彼女の言葉通り、休憩時間を丁度使い切った事を示していた。
さっきのキスが、思った以上に長かったらしい。
確かに一瞬のようにも、永遠のようにも感じた。
間を取ると、まだ十分ちょっとあったはずの休憩時間を溶かすぐらいはあったのだろう。
リズが、頭の上のウサ耳に軽く触れて、みょんみょんと揺らした。
「大体、この恰好は我らが主、"第六軍"の軍団長たる"病毒の王"様が業務効率の改善を図るために試験的に採用したのですよ? 結果を出してもらわねば、次のこんなたわむれは承服しかねますね」
「それは問題だけど、でもこんな状態ではケアレスミスが頻発する可能性が」
頭は冷水をぶっかけられたような気分なので少し冷えているが、まだ胸の鼓動は早く、お腹の辺りには疼いているような感覚が強く残っている。
「それは私がチェックさせて頂きますので。それに、楽しみが後にある方が良いのでは? 私はマスターの事を、やれば出来るお方だと信じておりますよ」
そしてにこりと笑顔になる。
差し伸べられた手を取り、渋々と起き上がった。
「お嫁さんの手のひらの上で転がされている……」
「とんでもない。私だって、マスターの手のひらの上で転がされていると感じていますよ」
「どの口が言うの?」
「信じては下さらないのですか?」
わざとらしく、悲しそうな顔を作るリズ。
演技派だ。
……いや、演技と分かっていても、彼女のそんな顔は、見たくない。
「信じるから、その顔やめて」
「はい。……それと、ですね」
リズが私の短い耳に唇を寄せて、間近でささやく。
「……私も夜になるのを、楽しみにしてますよ」
思わずばっと身を離して、彼女の顔を見る。
頬をちょっと赤く染めながら、微笑みを浮かべるリズは……大変色っぽかった。
「……やっぱ、言葉でも勝てないよ」
立ち上がり、ローブの裾をばさりと払った。
気持ちを切り替えて、キリッとした口調で宣言する。
「休憩は終わりだ。私の判断が必要な物を、優先度順に頼む」
「はい、"病毒の王"様」
ウサ耳を付けたリズが、すっと私の側に控える。
この後、滅茶苦茶お仕事した。




