"第六軍"における業務効率改善案
エリシャさんの所から帰った翌日。
私は、仕事の合間、自室での休憩中に、リズに話を切り出した。
「リズ。業務効率改善案を聞いてくれる?」
「はい。――まず、真面目な方か不真面目な方かをお聞きしましょう」
理解が早く、そして深いリズ。
私は、早々に誤魔化す事を諦めた。
「……不真面目な方です」
「なるほど。またエリシャさん絡みですか? 今度は一体、どんな服を着てお仕事を応援してほしいとおっしゃるつもりですか? それはまた、まったくもって素敵な業務効率改善案ですねえ」
あまりに理解が早すぎる。
慄然としながらも、私は昨日購入した服をそっと差し出した。
リズが、机の上に置かれたそれを、一つ一つ手に取って確かめていく。
「ジャケット……テールコートですか?」
「そうとも言える」
私が頷くと、リズが首を傾げた。
「下がありませんけど?」
「そこにある」
リズの耳がちょっと下がり、じとーっとした目になる。
「……布面積が足りませんけど」
「そうでもない」
「で、この耳なんです?」
リズが取り上げたのは、黒いウサ耳カチューシャだった。
「うさぎさん」
「…………」
言葉を見つけられなかったらしいリズが、目をそらしてため息をついた。
「私、マスターの事、分かってるつもりでしたよ」
「一番よく分かってると思うよ?」
「……これも……マスターの世界の服ですか?」
「うん。バニースーツって言ってね。……まあ、ギリ健全な範囲のエロい服かな。賭博場とか、そういうお店で店員さんが着てたりするの」
「マスターの世界の賭博場、凄いですね」
「私もそう思う」
金銭と欲望が渦巻く人間ドラマの裏側に、常にバニーガールさんがいるかと思うと、凄い絵面だ。
誰が考えたんだろう、そういうの。
とりあえず、業が深い。
「マスターも……通ったりしてました?」
「いやあ? さすがに生で見た事ないねえ」
「ギャンブル強そうですけどね。運と度胸だけはありますから」
「……他は?」
恐る恐る聞くと、にこりと微笑むリズ。
そこに関して、それ以上は聞けなかった。
「……それで、着てくれる?」
リズは笑顔を消し、こんこんと諭すような口調になった。
「あのですねマスター……私こう見えても人妻なんですよ。後、ダークエルフなんですよ」
「よく知ってるよ。後、私も人妻だから問題ない。……っていうか、人妻って結婚相手に言う言葉ではなくない?」
「ダークエルフにうさぎ耳を付けようって発想が、一体どこから出てくるのか教えて下さい」
「心の奥底から」
「…………」
リズが、また黙り込んだ。
「私……ね」
私は、ぽつぽつと、心の内を語っていく。
「割と真面目な方だったと、思う。賭博場も、そういうお店も、行った事ないよ。覚えてる限り、恋人もいた事ない。だから……ふざけすぎたら言ってね? リズが本当に嫌な事なんて、何一つしないよ。でも、私はただ、リズの新しい魅力を引き出す衣装を着せてみたいだけなんだ」
「マスター……」
リズが、そっと私の手を取ってくれる。
「……いい話風に言えば、私が折れるって思ってません?」
「そこまでは。でも、なんだかんだ言って着てくれるような気がする」
リズがマフラーをちょっと持ち上げて、口元を隠し、目をそらす。
「……それは、まあ」
なんだかんだ言って、恋人になった後、戦後、結婚後と、私に対して徐々に甘くなっているリズだった。
衣擦れの音が、部屋に響く。
リズがベッドの上で着替えている最中だ。天蓋は閉じていないので、マナーとして後ろを向いている。
「……こっち向いていいですよ」
振り向くと、愛らしい黒うさぎさんがいた。
その名の通り後ろがツバメの尻尾のように二又で分かれている、紺に近い黒の燕尾服は、前で金ボタン――"第六軍"紋章の刻印入り――で止められている。
長袖で露出は控えめで、袖口に覗く、白いカフスがアクセントになっていた。
少し質感の違う、艶やかな黒い生地で丁寧に立体縫製されたレオタードは、ストラップなし。
リズの豊かな胸を完璧に包み込み、普通に動く程度では絶対にハプニングが起こらないだろうと確信させるだけの安定感。仮縫いなしでよくも仕上げたものだ。
私は、彼女の柔らかさとしなやかさを残しつつも筋肉のついた脚の感触が大好きだが、今は透け感のある黒ストッキングで覆われて、褐色肌をより妖艶に見せていた。
魔力布は、魔力を織り上げる製法上、薄く仕上げるのは困難だ。
さらに、薄くすればするほど、耐久性の問題が立ちはだかる。
地球ではストッキングの普及にはナイロン繊維の開発を待たねばならなかったが、エリシャさんは職人技でねじ伏せた。
代わりに値段は上がったし、魔力供給も普通の品より頻繁にしてほしいとの事。
洗濯機洗い不可のお洒落服に似た気難しさも、この質感の美しさの前には許せてしまう。
足下はいつもの靴で、これはリズが、いざという時に足下だけは動きやすい恰好でいたいと言っているからだ。
あえて首元の付け襟はなし。
いつもの赤いマフラーを巻いたままにしてもらっている。これは――リズのための服だから。
そして頭には、ホワイトブリムの代わりに黒いウサ耳カチューシャ。
途中で折れた耳は、ふわふわの生地で出来ていて、安っぽさは微塵もない。
肌の色と相まって全体的に重めのカラーリングが、彼女の月光を束ねたような銀髪を引き立てる。
飛びつくようにして、思いきり――もちろん強すぎないように――抱きしめた。
「食べちゃいたいぐらい可愛いよ!」
「っ……もう……」
背中に回した手を滑らせて、お尻のぽわぽわとした尻尾の感触を楽しむ。
少しの間、お互いのぬくもりを分け合うように、抱き合っていた。
「……ところで、やっぱりうさぎ耳はやりすぎじゃありませんかね」
「アニマルパジャマの時に慣れたかと思ってたけど」
「いやまあ……」
あれはパジャマだから、プライベート要素が強い。
もちろんこのうさぎさんも、他人に見せるつもりはないのだけど。
「猫耳付けた事もあるし。盛りすぎ感が一周回って可愛いよ」
「マスターの好みは色々と周回遅れにしてませんか?」
「リズが付いてこれるなら問題ない」
「……マスター、楽しいですか?」
「私は楽しいけど。……やっぱり、やりすぎた?」
「やりすぎだとは思ってます」
真顔になるリズ。
そして……くすりと笑った。
「……でも、いいですよ。さすがにこういう恰好は恥ずかしいですけど、見せるのは、マスターだけなんですからね?」
私の心の耐弾性能が低いのか、リズの攻撃力が高すぎるのか、大抵一発でハートをぶち抜かれる。
「……マスターが楽しいなら嬉しいですよ」
さらに私の手を取って引き寄せて、両手で握り込むリズ。
その仕草だけでも。
その言葉だけでも。
その笑顔だけでも。
私の心を奪うには、十分すぎた。




