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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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魔法使いを殺せ


 彼女、リーズリット・フィニスは、暗殺者だった。


 最初に配属されたのは暗黒騎士団。

 そこで適性を見出され、以後王都の警護部隊に所属。

 暗殺者(アサシン)部隊の隠れ蓑としての、表向きの所属だ。

 そして後に、近衛師団へと登り詰める。


 それから彼女は、ずっと暗殺者として生きてきた。


 今、メイド服を着ていたとしても、間違いなく彼女は暗殺者(アサシン)だ。


 暗殺者としては例外中の例外、"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"の二つ名を持ち、その名に恥じない、リストレア魔王国の中でも五指に入る腕前を持つ。


 命令に従って人を殺す、一本の刃。



(……気を付けて、リズ)



「アサシンに言うセリフじゃ、ないですよ……」


 脳裏に蘇った、直前にかけられた言葉を振り払うように、彼女は呟いた。

 ふと心に忍び込んだ感情は、今は必要ない。


 赤いマフラーを上げて、口元を隠した。

 歩く動作に合わせて揺れていたマフラーが、しゅるり、と蛇のように両腕にまとわりつき、巻きつく。


 リーズリットを縮めて、リズ。

 家族にしか呼ばれた事のなかった呼び名を許した事も。

 今、任務というだけではなく、彼女の敵に刃を振るいたいという気持ちも。



 何もかも、これから先の戦場には必要ない。

 


 彼女は歩きながら、一瞬目を閉じて、目を開く。

 それだけで『魔法』が発動する。


 "最適化(オプティミゼーション)"。


 視界と思考が限りなくクリアだ。

 ただ必要な事を、必要なように行えばいい。


 高揚はない。興奮はない。

 戦場の戦士には、高揚も興奮も、共に恐怖を忘れさせる事から有用だ。

 なので、わざわざそういった状態にする魔法もあるぐらいだが、それは暗殺者(アサシン)に必要ない。


 恐怖心を捨てれば、楽になれる。

 しかしそれは、暗殺者の戦い方ではない。


 "最適化(オプティミゼーション)"は、単純な魔法だ。

 感情調整系とも呼ばれる、自分に使用する精神魔法の中でも初歩の初歩。

 そして、初歩ゆえに使いこなすのは最も難しい。



 人は、死への恐怖を捨てる事など出来ない。



 いや、生き物は、と言うべきだろう。

 不死生物(アンデッド)さえ、存在の消失という死に怯える。


 この魔法を使っても、恐怖は、ある。痛みもだ。

 けれど、優先順位は変わらない。

 恐怖より、痛みより、必要な事が全てに優先するようになる。


 自分の定めた優先順位を裏切らない者だけが、この初歩の魔法を使いこなせる。


 自分を暗殺者(アサシン)と定義する。

 自分を、命令に従い、目の前の存在を排除するための刃と規定する。



 それだけで、いい。




 吹き抜けになっているエントランスホールの、二階に位置する壁に張り付くようにして息を潜めた。

 木製の梁が僅かに突き出ているだけの突出部。幅は、五センチもない。


 そして、身体強化も含めて、何一つ魔法は使わない。


 目を閉じて、静かに気配を探る。

 自分が魔法を使っていない事もあって、侵入者達の、身体強化に防御魔法、それに全身にまとった強力な魔法道具(マジックアイテム)の魔力反応がうるさいぐらいに頭に響く。


 数は三人。


 正確な種族は見てみないと分からないが、少なくとも不死生物(アンデッド)悪魔(デーモン)はいない。

 ダークエルフと獣人は、人間と魔力反応に差はないのだ。


 玄関ドアが、攻撃呪文でぶち破られた。


 ドアをぶち抜いてその先の廊下までを舐めるように直進した稲妻の帯。

 攻撃魔法御三家の一つ、"稲妻(ライトニング)"。随分と高い威力だ。

 

 進路上の罠が、暴発させられる。

 毒矢、攻撃魔法、落とし穴などなど。エントランスに仕掛けた罠はほぼ全滅だ。

 それも計算に入れての高威力発動だとしたら、頭が回る。


 努めて冷静に敵の戦力を見積もっていく。



「罠があるかも……いや、絶対にあると思う。気を付けて」


「全部さっきので壊れてればいいんですけど……」


「俺が、先行する」



 声は男性、女性、男性。全員が割と若い。


 ……いや、人間なら、全員が『若い』のは当然だ。

 あの種族は、魔法使いですら百年程度しか生きられないのだから。


 一人目、金で縁取られた白の全身甲冑をまとった騎士を、見送る。


 そして二人目、深い青のローブに、細長い金属の杖を握った金髪の女性を見て取った時、動いた。

 三人目を見てからでは、遅い。


 さっきの"稲妻(ライトニング)"の放射で乱れた周囲の魔力反応の中、魔法も使わず無音で落ちてくる影に気付ける道理もなし。


「後ろだ!」


 けれど、後ろからは見えている。

 警告の声と同時に、身体強化魔法を全身に行き渡らせる。


 三人目が発した警告は、間に合った。


「っ――"障壁(シールド)"!」


 防御魔法の展開も、間に合う。


 けれど、それだけだった。


 落下速度を乗せた、右手の大型ナイフの柄に備えられたスパイクが、"障壁(シールド)"をガラスの割れるような軽い音と共に叩き割った。


 そのまま肉厚で片刃の刃が、首の肉に吸い込まれるように食い込み、骨を避けて首をぐるりと半周し、半ばまで切断する。


 悲鳴さえ上げられず、細い体がゆっくりと崩れ落ちていく。


 そして噴き出す鮮血を避けながら猫のように無音で着地し、左のナイフを滑らかに心臓へ埋め込んだ。


 さらに右のナイフを引き戻し、逆手に握り直すと頭蓋骨を断ち割りながら突き立てて、脳を破壊する。



 魔法使いを殺せ。念入りに殺せ。



 それが、暗殺者(アサシン)の常識だ。そして、戦場の常識でもある。


 幻影も、防御も、回復も、全て魔法だ。


 あの速度で防御魔法を展開出来ただけでも賞賛に値する。

 だが、それ以上はなかった。


 身体強化は脆く、防御魔法のアイテムはそれなり。

 肉厚の大型ナイフを、確かな技量をもって無防備な首筋に叩き込まれ、心臓を貫かれ、脳を破壊され、それでもなお命を繋げるほどの『何か』を、彼女は持っていなかった。


 完全に死んだ事を確認し、突き立てたナイフを二本とも引き抜く。

 倒れ込んだ死体を、一歩踏み越えた。



 二人目の侵入者を完全排除して、三人目に向き直った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 心に忍び込んだ感情、彼女の敵に刃を振るいたいという気持ち…ってとりあえず置いといてとしなくては邪魔になるほどの思いに成長していたのですね。 言葉を脳内でリフレイン、恋の病の序章。 …
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