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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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完成された暗殺者


 私はもう一日だけ、マルタの小屋に滞在した。


 彼女とグスタフの亡骸のみ埋葬し、金には手を付けず、食糧と服だけを貰う。


 傷と、無理な動かし方をした全身が痛むが、歩くだけならなんとかなった。


 あの魔力を通した布を身体に巻き付けて、外部からコントロールする手法は、リスクもあるが有効かもしれない。

 今回は外部から動かすだけに近かったが、本来の動きに連動させる事に慣れれば痛みも減るし、動きも良くなるだろう。


 私が、完成された暗殺者(アサシン)なら良かった。

 私が、ただの道具なら。


 今の私は、多少腕に覚えがあっても、ただの下っ端だ。

 使い捨てにされる程度の、道具。


「…………」


 離れる前に、墓標代わりに突き立てた杖の根元に、そっと白い花を供えた。




 ――荒れ地の砂に煙る、石造りの城壁が見えた。


 ほっと一息をつく。


 リタルサイド城塞が誇る城壁を迂回して、リタル山脈の端を登る。

 道らしい道もない急な岩山で、監視塔もあるが、今の体調では山登りの方が、ロープでの城壁登りよりは楽だった。


 監視塔にて、名前と共に――表の――軍籍を名乗り、照合を待つ。


 一応見張りが付いてはいるが、幻影魔法のチェックまで終われば、後はもう警戒している様子はなかった。

 体力が限界に近かったので、毛布を借りてくるまりながら、休憩用の長椅子に腰掛けて背を石壁に預けた。


 ふと、もし私がドッペルゲンガーだったらと思う。

 警戒の厳しい、リタルサイドの国境でさえこうなのだ。


 人間達の間では、『魔族』は目立つ。

 最も目立たないのは獣人の女性だろうが、それにしても耳と尻尾を隠し通すのは容易ではない。

 

 あらゆる魔法的なチェックに引っ掛からず、姿形に魔力反応に至るまで模倣出来る完全変身能力を持つ、かの希少種族なら……。


 ――と一瞬思ったが、戦闘能力が全くないという事実を思い出す。

 魔力量自体が少ないとも聞くから、敵地への潜入は過酷だろう。



「――リーズリット・フィニス……ですね」



 その淡々とした声に、どういう意図が込められている分からず、しかし名前を呼ばれたので顔を上げた。


 気が付くと、見張りがいない。

 その代わりに、目の前に一人が立っていた。


「……はい」


 焦げ茶のフード付きマントは、足首まである長い丈の物。

 見えている顔は褐色肌で、黒髪で、黒の瞳。

 フードに隠れて耳は見えないが、その部分の膨らみ方と、肌の色からしてダークエルフ……なのだろう。

 顔立ちからして、女性である……はずだ。


 それ以上の情報が、頭に入ってこない。


 顔をさらしているのに、もしもフードを下ろして街を歩いているところを見ても、彼女とは気付けない。

 そもそも、目の前に立っているのに、自分の感覚を疑いたくなる。


 まるで壁に貼られている絵と会話をしているような。



「所属のみ名乗りましょう。……近衛師団の者です」



 近衛師団。

 時期によって多少前後しつつも、五百名程度の少数精鋭主義を貫く、魔王陛下直属のエリート部隊。


 そして直感する。

 ――暗殺者(アサシン)だ。

 影に生き、影に死ぬ、薄暗がりの住人。


 それも、『完成された』。


「二、三、お聞きしたい事があります。まず一つ目。――『任務』の成否を」


「ガナルカン地方南区にて、領主を殺害しました。及び、護衛一名を殺害」


 人間にかくまわれた事は、語らなかった。

 盗賊を殺した事も。


 あれは『任務』とは関係ない。


 歩哨と同じだ。『報告する価値のない命』が、私達アサシンにはある。


「帰還に時間が掛かったようですが」

「負傷したので」


「なるほど。……傷の具合は?」

「命に別状はありませんが、後で医務室にて治療を受けたく」


「許可します。……確認しますが、本当に『一人で』任務を遂行したのですね?」


「……はい」


 マルタの顔が頭をよぎる。

 けれど、あれは、任務ではない。


 私と彼女は、出会うはずではなかった。



「……頭おかしい。まだ新米の癖に、警戒の厳しい敵地にバックアップなしの単独で潜入して、護衛ごと暗殺とか」



 ぼそぼそと呟く言葉が耳に届いたが、意味を理解しきれなかった。

 こちらへ意識を向けられていないと、目だけでなく、耳も、目の前の彼女という存在を認めようとしない。


「――規定により精神魔法による戦果鑑定が行われますが、一個人として、まず言っておきましょう。……困難な状況下での任務達成を賞賛します」


「はい。……ありがとうございます」


 自分の行動が賞賛されたのは……きちんと、『上』に評価されたのは、もしかして初めてだったかもしれない。


「しかし、今回の件は、問題視されました」

「……問題視?」



「正式な命令が、出ていません」



「…………」


 精神調整魔法を使っていないので、顔に出ただろうか。

 一応そういった事がなくとも、任務中はなるべく感情の変化を表に見せないようにしているつもりなのだけれど。

 疲れているので、顔に出てしまったかもしれない。


「命令書がなく、記録に残っていません」


 つまり、私のやった事は――命令なしに表の軍籍にある任務(城塞警備など)を果たさず、敵地へ勝手に赴いた挙げ句、敵国民とはいえ殺人を犯してきたという事になる。


 処分が下されるならば、極刑となるだろう。

 彼女の態度はあまりにも完成されているために、淡々とした言葉にどんな意図が込められ、この会話がどのような結果に繋がるのか読めなかった。


 反抗する気力もなかった。

 アサシンによる直接介入は、バランス感覚が必要とされる。


 成功の確率はもちろんの事だが、成功してさえ、それが有効か、かえって敵の戦意を煽り立ててしまうかは、やってみなければ分からない事だ。


 暗殺者に、人間を殺し尽くす事など出来ないのだ。

 私達に出来るのは……時間稼ぎ程度でしかない。


 穴の空いたコップで、水を汲み上げているような虚しさを覚える時がある。

 ここで時間を稼いで――何を待っているのだろう?


 機会を?

 奇跡を?



 ……英雄を?



 建国以来国軍は増強され続けているが、折々のリタルサイド防衛戦で戦力を削がれ、結局は緩やかな現状維持程度にしかなっていない。


 建国から三百六十年近く、国境線は変わっていない。


 軍も同じく、変わっていない。魔王陛下が五人の魔王軍最高幹部を従え、それぞれが"第一軍"から"第五軍"を統率する。それが全てだ。


 ……人間達の国は、統廃合を繰り返し、国力を蓄え、洗練されていっているというのに。


 リタルサイド防衛戦が、"第六次"をもって最後となる可能性さえあり得る。

 "第六次"はなんとかなったとして。


 その次……"第七次"は?


 長く生きる私達は、人間達より強くなれる。

 けれど、『古参兵』一人の死が、重くのしかかる。

 建国よりの戦士など、最早"第四軍"と"第五軍"の不死生物(アンデッド)悪魔(デーモン)しか残っていないし、それさえも少数だ。


 この国を守りたい気持ちは、今も変わらない。


 それでも、私が従った命令が正規のものでなく、それが処罰の理由たり得るのなら……未練はなかった。



「ですが、貴方を責める意思はありません。口頭でそういった命令が下された事実があり、命令による作戦行動と追認されました」



「……そう、ですか」


 少し、ほっとする。

 この国はまだ……腐りきっていない。


「該当の命令を出した者には、『処分』が下されました」


 『処分』の内容は――察しがついた。

 溜飲が下がる……と言うほどの事もなく。


 ただ、もうあの『上官殿』の、命令とも呼べぬ命令を聞く事はないのだと思うと、少し肩の力が抜けた。


「それを受けた、転属命令を伝えます」

「はい」



「リーズリット・フィニスへ、近衛師団への転属を命じます」



「……私が?」

「一応、拒否権もありますが。――やる気のない者を必要としてはいませんので」


「いえ。転属命令を拝命します。ただ、よろしければ……転属の理由をお聞かせ願えますか?」

「…………」


 彼女は無言になった。

 そしてまた、ぼそぼそと呟く。



「え? 死なない方がどうかしてる扱いを受けて、死なないどころか命令遂行してるのが異常だって自覚ないの? まあ、この様子だとないんだろうな……。後輩が暗殺者(アサシン)として完成されすぎてて怖い」



「……?」


 やはり、言っている意味を捉えられない。

 意味を理解しようと努める事はおろか、言葉を音としてさえ覚えきれず、頭からこぼれ落ちていく。


 これは何かのテスト――なのだろうか。

 聞き取れなかったら、近衛師団への転属は、なかった事になるとか。


 一瞬そんな事を考えたが、そういう事ではなかったらしい。


 彼女は少しの間私の反応を見ているようだったが、再びこちらへ意識を向けた、私に聞き取れる話し方に戻した。


「貴方は理不尽な状況下でなお、結果を出した。素質を見込んだまでです。近衛師団は常に優秀な人材を欲しています。……我らは、教導隊としての側面も持ちますので」


 仮想敵の役を務める訓練を通じ、全体の底上げを担う。それが教導隊だ。


「……私に、務まるでしょうか」

「そう信じています」


 彼女は即答し、強く頷いて見せた。


 その動作は、すんなりと理解出来て……胸が少し熱くなった。



「リーズリット・フィニス。我ら近衛師団の暗殺者(アサシン)は、貴方を歓迎します」



 淡々とした言葉だった。

 しかし確かに、そこに込められた歓迎の意思が伝わる。


 私も――こんな風になれるだろうか。


 私は、一本の短剣。


 私一人に出来る事など、たかが知れているかもしれない。

 それでも。


 私達が稼いだ時間が。

 私達が鍛えた誰かが。


 未来に、意味のある物になる事を願った。




 ――医務室へと連れて行かれる途中で、『先輩』が、口を開いた。


「……ところで、黒妖犬(バーゲスト)との交戦経験があるとの事ですが」

「はい。あまり、思い出したくありませんが」


 死んでもおかしくなかったし、いい記憶とはとても呼べない。


「二十匹の群れに遭遇……いえ、囮にされ、一人で半数を倒したというのは、事実ですか?」

「事実です。残り十匹は他の者が」



「……単独で囮にされて食い付かれた上で、十匹も倒せるってどういう事? 黒妖犬(バーゲスト)って、暗黒騎士や獣人の戦士ならまだしも暗殺者(アサシン)だとやり合いたくない相手の筆頭のはずなんだけどなあ。というかこの子本当に暗殺者(アサシン)なのよね? 正面突破しすぎ」



「……?」

 やっぱり、よく聞き取れなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 互いに頭おかしいと褒め合っているw 確かにリズさんは直接戦闘し過ぎてますよね。いや、格好いいし、素晴らしいことなんだけどもw 格闘センスに、本来のアサシンの気配遮断技術がプラスされて、…
[一言] ああ、やっぱり暗殺者がそんなに直接戦闘するのはここの常識でも変なんだw
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