地下室の一人と一匹
うちの護衛は、基本的にリズ一人だ。
リズによると、彼女の外出時など、代わりの護衛が派遣されているらしい。
しかし、見た事がないのでよく分からない。
代わりの護衛もリズと同じ近衛師団の暗殺者さんだ。
リズいわく「姿を見せる暗殺者など二流です」との事で、陰からの護衛に徹しているらしい。
ちなみに私が「リズは姿見せてるけど一流だよ?」と言ったら、顔を赤くして肩を叩かれた。もちろん軽くだけど。
けれど、やはり優秀な人材はなんだかんだと引く手あまた。
リズは優秀な人材だ。
副官であり、戦略レベルの会話が出来る。
護衛であり、暗殺者のやり方に通じ、戦闘能力も高い。
メイドであり、家事全般少しつたない所など、むしろパーフェクト。
そして、彼女は飾りではないタイプのメイドなので、買い物も彼女がしている。
現在、基本的に買い物をする場所は市場だ。
何度か一緒に町の方へ行った事はあるが、リズが渋るので、基本的に私は留守番している。
魔王軍のトップエリート(叩き上げ)である彼女が、メイドの仕事も兼任しているとは言え、どうして自分で買い物までしているかと言うと、安全な食料の確保のためだ。
彼女によると、「毒殺は、毒耐性のないマスターを暗殺するのに最も手っ取り早い手段です」との事。
毒耐性。
ファンタジーらしい言葉だ。
はっきり数字には出来ないが、きっと地球でも高い低いはあるのだろう。
毒キノコの鍋で一人生き残ったとか、たまに聞く話だ。
ちなみに私が"病毒の王"という名前を頂いたのも、それに関連した話だ。
もちろん、毒や疫病を攻撃手段の一つに提案したという事もある。
けれど、こういう名前にしておけば、相手が毒殺という手段を選ぶ可能性が少なくなるかもしれない、という事で、最終的に決まった。
なお、名付け親はリズ。
無名の頃から、彼女は私の護衛兼監視だ。
私は「ちょっと派手じゃない?」と聞いた。
リズは「お似合いですよ」と言ってくれた。
その時は無邪気に喜んだものだが、今ではなんとなく「(提案する作戦のほとんど全てが非道で性根の腐っているあなたには)お似合いですよ」という意味だったのではないか、と思っている。
さすがにそんな事はないよね、と思いつつ、当時より仲良くなったと思っている今では、なおさら怖くて聞けないので、多分一生謎のままだ。
そんな彼女が声を潜めて語った所によると、代わりの護衛は毎回違うし、自分に比べて数段落ちる、との事だ。
よって、私は彼女の留守番中、館内で一番安全だが、一番退屈な部屋――地下室にいる。
上の館の広さほどではないが、地下もかなり広い。
いくつかは貯蔵庫だ。使われていない部屋もある。
その中の一室が、徹底的に魔法的に防御を固めた部屋にされている。
魔法の明かりがあるし、冬場はやはり魔法の暖房や毛布がある。
さらに大抵、リズは外へ行く前に、手作りのおやつや飲み物などを置いていってくれる。
揺り椅子や、ふかふかのソファーまであって、いたれりつくせり。
図書室から何冊も本を持ち込んで、ゆったりとした読書タイムを過ごす事も出来る、素敵な空間だ。
扉がロックされると中からは開かない事を除けば、だが。
トイレはあるので安心だが、頭をよぎる言葉は核シェルター。
それと、ちょっと寂しい。
なので、護衛にもなるという事で、黒い犬の姿をした魔獣、黒妖犬を連れ込んでいる。
ちょっと寒い時は毛皮で暖を取り、暇な時は撫で回し、たわむれに芸を教え……と、やりたい放題。
この子達は基本的に賢いし、何より魔物の一種なので丈夫。
「マスター、ただいま戻りました」
地下室の扉が外から開く。
リズが何らかの事情で戻らなければ、この部屋の扉を開けるのは、彼女以外の誰かになる。
もしかしたら、開かないかもしれない。
「おかえり、リズ!」
だから、私は立ち上がって、走り寄って、彼女に抱きつく。
そうする事で、全身で嬉しさを表現する。
「……マスターは、私が買い物から帰ると、毎回こうしますね」
「んー? そりゃあ、心細かったから」
「どの口が言いますか……」
呆れた視線。
ほんとなのに。
私は、"病毒の王"。
けれど、中身は、真人間なのだ。
記憶が虫食いのせいもあって、多少開き直って、こちらに来てからのハードモードの人生を生き抜く事に決めただけの。
自分が何者かさえ、確かなものが存在しない。
そんな、ただの人間なのだ。
けれど、それを彼女に言うのは、きっと、卑怯だから。
私は、"病毒の王"として雇われている。
彼女とは、ほどほどに仲良くなっていると思う。
それでも、私と彼女を繋ぐ一番大切な絆は、『"病毒の王"とその副官』という関係なのは、覆しようのない事実だ。
だから、最後に一度、ぎゅっと抱きしめると、彼女を離した。
「何か変わった事はありましたか?」
いつもは、別にないよ、と答える。
けれど、今日は違う。
「ふふふ。実はね、お披露目したいものがあるの」
「何か新しい作戦でも?」
ちょいちょい、とバーゲストを手招きする。
「バーゲスト……?」
「見ててね」
「ええ」
「おすわり」
バーゲストがぴしりとおすわりの姿勢になる。
「え?」
「お手!」
バーゲストが、私の差し出したてのひらに、てし、と前足をのせた。
「おかわり」
さらに反対側。
肉球の感触は異世界の魔獣でも、地球の犬と同じなのが癒やされる。
「はい、よくできました!」
頭をがしがしと撫でる。
これは私の趣味もあるが、この子達は割と強めのスキンシップがお好みなのだ。
「どう!」
どや顔で胸を張る。
この後、リズに呆れた声で突っ込まれるまでが予定調和。
「マスター……今、何をしましたか?」
「え?」
あれ。
予定と違う。
彼女が可愛い顔に浮かべているのは、驚き。
リズの目を見開いた顔は、とてもレアだ。