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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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砂漠エルフの商人


 "戴冠の儀"から、三年後。


 私は、十三になった。

 ……思ったよりも身長が伸びない。年齢的にもう少しは望めるはずだが、伸び率が悪い。

 成長に差し障りがあるからとまだ重い剣を与えられていないが、剣の鍛錬もしているし、攻撃魔法も防御魔法も、様になってきている。


 ……しかし二人の姉、ヘンリエッタとアネットは、私の年齢でもう少し身長(と胸)があったと小耳に挟んでしまい、未来の希望が失われつつある今日この頃。



 父と私は、砂漠エルフの商人を招いて話を聞いていた。



 砂漠エルフらしい、太陽の光を吸い込まず反射する銀髪に、太陽に強い褐色肌。頬に走る白い傷跡は、由来をホラ話三つ分聞いていて、つまり話したくないという事なのだろう。

 彼は、オルドレガリアとも交易をしている。私達家族とも親しくしていて、世間話を兼ねて、外の情報を貰っているのだ。


「アシェル兄様(にいさま)。泊まっては、いかれないのですか?」


 兄のように私達姉妹も可愛がってくれている彼、アシェルは、少し困り顔に……そして疲れたような顔になった。

 商人らしく、商売相手に対しては、少々わざとらしいまでの快活な笑顔を絶やさない彼にしては珍しい憂い顔だ。

 声にも、いつもの滑らかさがない。


「ああ。……悪いが、すぐに離れたい。俺達みたいな流れの商人にとって、空気が悪すぎる」


「そんなにも……? 何があったのだ」

 父が眉を寄せた。



「……ハーナーディヴァが落ちた」



「ハーナーディヴァが……?」

「そんな……」


 私と父は、思わず顔を見合わせる。


 商業都市、ハーナーディヴァ。

 オルドレガリアからは、かなり南に位置する砂漠地帯にある、砂漠エルフの部族が治めるオアシス都市だ。


 彼の生まれ故郷であり、商売上のホームでもある。



「人間に、一人残らず滅ぼされた……」



「一人残らず……だと?」

「人間に……?」


 父と私は、顔を強張らせた。


 ハーナーディヴァを落として……誰が喜ぶというのだろう。

 あそこは大陸交易の拠点の一つ。

 オアシスは生命線であり、それを巡っての抗争は今に始まった話ではないが――『一人残らず滅ぼされた』というのは尋常ではない。


「……人間達は砂漠エルフの事を、『ダークエルフ』って呼ぶようになりはじめてる。そして、全部ひっくるめて魔族……って」


「『魔族』……」



 呟いて、その響きにぞわりとする。



 なんとざらつくような響きだろう。


「この国も危ない。……例の宗教、知ってるよな」

「知っている。不死生物(アンデッド)悪魔(デーモン)を敵視し、唯一神の教えを説くという……ああ、確か、教義に魔族という言葉があったか」


 父の言葉で、思い出した。

 近隣諸国で急速に布教が進む一神教。教義も一通り頭にある。


 人間を至上とした……宗教。


「物知りで助かる。……俺達『ダークエルフ』は、『魔族』だってさ」


 ――いつ、その『魔族』に、砂漠エルフが入ったのだ?


「獣人の部族とも抗争が始まっているみてえだ。……一応取引は出来たが、どこもかしこも、殺気立ってやがる……」

「そんな……」


 獣人もそう。



 魔族とは……悪魔(デーモン)不死生物(アンデッド)を指す言葉では、なかったのか?



 ぞわぞわと、悪寒が消えない。

 獣人が人と争うのは……そう珍しい事ではない。


 けれど、生活圏は別れているし、獣人とて無駄な争いを好むほど血に飢えた種族ではない。

 むしろ……人間達よりも、かの者達の言う『誇り』という価値観を理解すれば、話がしやすいぐらいだった。


 そして砂漠エルフが本格的に人間と敵対する理由など、どこにもない。


 人口が少ない種族ゆえに、争い自体を好まない。

 人間との繋がりで言えば砂漠を中心に、交易していたはずだ。



 ――そんな風に隣人として培った信頼は、戦争をしない理由には、足らなかったのだ。



 そしてそれは自分達……森エルフにも当てはまる。


 森の恵みなど、エルフに頼らずとも手に入る。

 ……むしろ、森を長期的に利用するためにうるさく言うエルフがいなければ、短期的にはその全てが手に入るのだ。


 悪寒が、引いてくれない。


 エルフは、魔法に優れた種族だ。

 オルドレガリアは、防衛戦力だって持っている。

 ただ、それを頼みに戦うには、オルドレガリアは弱すぎた。


 もしも世界に線が引かれた時、エルフの力は、人間達に劣る。


 絶対的に、数で劣るのだから。


 そしてエルフが一人死ぬという事は、人間が一人死ぬという事と同じではない。

 同族だとか、そういう事ではなく。


 絶対的に、数が少ないのだ。


 種族を維持するために死ぬまでに子供は最低二人、出来れば三人産まなくてはいけないのに、エルフは子供が出来にくい。

 願っても子供が中々出来ない夫婦も多い。


 同じく出生率の低い獣人のように双子や三つ子が生まれやすいとか、そういう事もなく、純粋に子供が産まれる事が少ない。


 そして全員が育つわけでもない。もっと知識があれば、もっと回復魔法の使い手が増え、医療技術が発達すれば救えるかもしれないが、今は出産とは命懸けであり、幼い子はあっけなく死ぬ。


 それでも寿命の長さ、生殖可能な時期の長さゆえに大きな問題とはなっていないが……母が、自分の寿命を縮める覚悟で三人の子供を作る事にこだわった理由は、それだ。


 長命種なのだから、人間のようなペースで産まれたら、気を付けねばすぐに資源を巡っての争いが起きるだろうから、当然と言えば当然なのかもしれないが。


 だから私達は、人間達と比べて、争いを好まないのかもしれない。

 争った時失われる未来が、人間よりも、遙かに長いから。



「森皇様よ、あんたを見込んで言う。……リストレアに行くべきだ」



「……リストレア……しかしあの国は……悪魔(デーモン)不死生物(アンデッド)を率いているというではないか」


 悪魔(デーモン)は時折オルドレガリアにも現れる。討伐の際に死人が出る事も、なんら珍しい事ではない。

 不死生物(アンデッド)に関しては、きっちりアンデッドにならないように処理をすれば被害は抑えられるが、時折森の獣がアンデッド化し、人を襲う。

 それが魔獣であった場合、悪魔(デーモン)と並んで数少ない軍の出番となる。


 それらは、私達の敵だった。


「それでも、砂漠エルフを受け入れてる。……俺達の隊商も、行くつもりだ」


「……そうか。しかし……移住となれば……」

 父が思案顔になる。 


「分かるよ。故郷を……住んでる所を捨てられない気持ちも。でも……」


 彼は顔をくしゃりと歪めた。


「ハーナーディヴァは滅んだ! オアシスが欲しいっていうなら分かるさ。でも、全員殺されたんだぞ!? 俺の家族だっていたし、親戚も、友人も、知り合いも沢山……」


 顔を手で覆い、止めきれない嗚咽が漏れる。


「……すまぬ」


「いいや……でも、空気が悪すぎる。どこもかしこも戦争だ」


「例のドラゴンナイトは、今はどうだ……?」


「止められる奴らなんかまともにいねえよ。三十年前とは大違いだ。あれは暴走だったらしい。もう鱗が硬く、しっかりしてるって話だ。戦場で見かけるのはまだ二十匹ぐらいだが、噂じゃ百匹を超えるって聞くぜ」


「百匹だと!?」


 父が叫んだのも当然だ。


 約三十年前、『ドラゴンナイト』という兵種がこの世に産声を上げた。


 どうやったのかは知らないが、卵を盗み、幼竜を孵したと聞く。

 幼い頃から精神魔法を重ね掛け、人を乗せられるように調練し……そしてそんな、人を乗せただけの幼竜など、攻撃魔法の前に容易く屈した。

 以後ドラゴンナイトと言えば、金ばかり掛かって下らないものを指す冗談として語り草になった――と聞いている。


 その計画が、まだ生きていたという。

 『ランク王国』という国が、勢力を広げつつあるとは聞いていたが――


「殺せねえ相手じゃないが、熟練の魔法使い、それも多数がいなきゃ無理だ。そんなのまとめて抱えてる国は、そうはない。……奴らが大陸を支配しても、俺ぁ驚かねえよ」


「リストレアなら……抵抗出来ると?」


「……ああ。北の獣人は例の『魔王』に尻尾を振っ……おっと、協力を申し出たらしい」


 獣人相手への商売もしている彼の事。獣人はこの場にいないとはいえ、少々不適切な発言を言い直す。


不死生物(アンデッド)は例の"上位死霊(グレーターレイス)"がまとめてるって噂だ。デーモンも結構な数が集まってるっていうしな」


「……"上位死霊(グレーターレイス)"? 伝説の存在だとばかり……」

「ま、伝説のお方ご本人かは知らねえけどよ」


「それにデーモンを使役? どうやって……」

「……さあ。"四本角"のデーモンがまとめてるっていうが、そもそも、そいつがなんでダークエルフに従ってるんだか」


「"血の契約"とでも?」

「そんな伝説の代物で縛ってるんなら、もっとアピールして、耳に入ってきそうなもんだけどねえ」


 アシェル兄様が肩をすくめる。



「――案外、話し合ったのかもな?」



「馬鹿……な……」

 そう言う父の声が、か細くなる。


 悪魔(デーモン)は、敵。


 ……けれど、彼らと話をした事が、あっただろうか?

 彼らの話を聞こうとした者が、いただろうか……?


 悪魔(デーモン)が敵とされた理由を、誰も知らない。

 実際、略奪や殺人が行われている以上、疑問を抱いた事はなかったが……。


 悪魔(デーモン)を見たら殺せと言われる昨今、どちらが先に手を出したかなど、分かりはしない。


「これも裏は取れてねえけど……リストレア側の軍に、白い(ドラゴン)がいるのを見たって噂もある」


「白い(ドラゴン)? まさか……」

「案外、その『まさか』かもな? 『お母さん』としちゃあ、卵泥棒は敵だ。……敵の敵は味方っていうだろ?」


 白銀の竜。――この世で最も古き(ドラゴン)と目されているのが、リタル。

 "竜母(ドラゴンマザー)"の異名で呼ばれ、山脈の名で呼ばれるようになったとも、逆に竜の名から山脈が名付けられたとも言われ、由来がはっきりしない。


 ただ一つ確かなのは、リタル山脈には白銀の竜が棲んでいるという事だけだ。


「……すまぬ。やはり一日泊まってくれぬか?」

「え?」


「使者を送りたい。すぐに移住などは、現実的に出来ぬ。しかし……リストレアという国とは、友好的な関係でいたい。そなたと共に使節団を派遣した方が、印象が良かろう」


 彼は真面目な顔になった。


「……商売の話と思って、いいんだな?」


「ああ、いつも以上に便宜を図ろう。交易品の値引率を一割上げる。使節団を同行させ、口を利いてくれるなら、補給物資はタダだ。……もちろん宿泊代もな」


 宿泊代は、こちらから乞うて泊まってもらっているので、元から無料だ。

 ちなみに交易品と、水や食糧をはじめとした補給物資は割安で販売する契約になっている。


「オーケー。――商談成立でございますな、森皇陛下」


 商談成立と同時に、キリッとした顔と口調になった彼に苦笑しながら、父は彼と握手をした。

 そして手を離すと同時に、父は立ち上がった。



「それではすまぬが、早速準備に入る」



「ああ。明日出られると思っても?」


「うむ。昼過ぎの出立という事で、予定を組んでいてくれ」


「話が早くて助かる。道中の食事は期待してくれていいって、使節団の皆様に言っとくれ」

「……それの材料費はこちら持ちだろうに」


「ははっ。でも食事は美味い方がいいだろ?」

 彼は屈託なく笑った。


「……違いない」


 以前に『社会勉強』という名目で、彼に隊商の食事を三種類食べさせてもらった事がある。


 一つは……大事なお客様に最大限気を遣った物(美味しい)。

 一つは……彼の隊商で商売が上手く行っている時に出る食事(美味しい)。

 一つは……商売が上手く行っていない隊商の食事(悲しくなる)。


「ではな。レベッカ、もう少し彼に話を聞かせてもらいなさい」

「はい、お父様」


 頷くと、父が部屋を出る。

 アシェル兄様は、視線で見送った後、私を見た。


「……なあ、レベッカ嬢ちゃん。オルドレガリア、好きか?」


「もちろんです、アシェル兄様。……私は、この国の守護者ですもの」

「……そっか」


 彼は力なく笑うと――ニカッと、わざとらしいまでの満面な笑みを浮かべ、両膝を叩いた。



「さ! じゃあ固い話じゃなくて、旅先で聞いたおもしれえ話でもしようか」



「はい! 聞かせて下さい。アシェル兄様のホラ話。姉様達も楽しみにしていますから」

「……いや、ホラじゃねえよ? 裏付けが取れてない噂話ってだけで」


「それをホラ話というのでは?」


「いんや。ホラ話ってのは『本当じゃないっていう裏付けが取れている』か、『本人が本当じゃないと思って喋っている』話の事なんだ。俺は、自分が仕入れた噂話は、全部本当の事だと思って喋ってるよ」

「はあ」


「よっしゃ、そんじゃあ、どれから行く? あのバーゲストがとうとう捕まったって話だとか、違う世界の存在が最新の魔法理論上で証明された話だとか、(ドラゴン)の血を飲むとエロくなるって話だとか、よりどりみどりだ!」


「アシェル兄様! さ、最後のは……私みたいな歳の女の子に言う話ではありませんよ」


「ははは! エルフにこそ必要かもな!」


「もう! ――ヘンリエッタ姉様に言いつけますよ」


「ごめんなさい勘弁して下さい」

 一番上の姉の名前を出した途端、真顔になるアシェル兄様だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] エルフの国から見た、建国して間もないリストレアが完全にお伽噺の超大国(笑) 獣人達と協力し、上位死霊、四本角の悪魔、竜母と共に歩む、砂漠エルフの魔王。 どう見ても少年マンガか、なろうの…
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