魔王軍最高幹部
私が一体『何』か。
中々に哲学的な問いだった。
当事者になってみても分からないが、違う世界からこの世界に来て、この世界で一度死んで、不死生物になったのは分かっている限り私一人。
「こんな……この数が……お前は――お前らは、一体なんなのだ!?」
なんて事を考えていると、高官の一人が、震えながら言葉を探し、しかしかえって自分の恐怖に燃料をくべてしまったらしく、顔を引きつらせながら叫んだ。
「おや。私は、かつての友軍相手に名乗らなくてはいけないか? これでも、結構有名な方だと思っていたのだがな」
芝居っ気と毒気たっぷりの、"病毒の王"の口調で私は笑った。
「私達はリストレア魔王軍。そして私は魔王軍最高幹部が一人、"第六軍"、序列第一位、"病毒の王"」
笑みを絶やさずに、言葉を続けた。
「ついでに紹介しよう。それぞれ、"第二軍"暗黒騎士団団長、"血騎士"ブリングジット・フィニス。"第三軍"獣人軍の長、"折れ牙"のラトゥース。"第四軍"死霊軍総帥"上位死霊"エルドリッチ。"第五軍"悪魔軍軍団長、"旧きもの"。空を飛ばれているのは"第一軍"竜族の長である"竜母"リタル様だな。皆、私と同じく最高幹部の地位に就いている」
「そんな事は知っている! だが……だが! これは!?」
悲鳴のような声で叫ばれた。
ユーモアが足りないなあ。
それに余裕も足りていない。
反乱しようというなら、それなりの貫禄が欲しいものだが。
しかし、余裕とは優位に立たないと生まれないものだ。
そして今、彼ら三人の配下は、ほぼ全員が切り伏せられ、護衛の数名を残すのみとなっている。
「なんだ。敵の実力も――いや、味方の実力も、知らなかったのか?」
ため息をついた。
「知っていれば、よかったな」
優しく微笑んだ。
「お前には……戦闘能力は……ないと……」
「ああ、おかげで気合いを入れないと身体が透けるようになったがな。上位死霊の意味も知らないか?」
『変なレイス』でも、『妙なレイス』でもなく。
上位存在の称号を与えられた死霊。
高い物理耐性。不死生物特有の生命力吸収能力。――緩やかだが、本来ありえない魔力の自己回復能力さえ備えた、アンデッドの頂点。
「大体、私がこの一年を無為に過ごしていたとでも思っていたか? ――いいや、それ以前からだ。私は、『誰に』鍛えられてきたと思っている?」
人間の時には分からなかった教えが、今なら分かる。
人間の時に教えられた身体の動かし方が、この身になっても残っている。
「最高幹部全員が、口を揃えてこう言った。『お前が二度と死なないように仕込んでやる』、と。……まあ、意訳だが。そしてそれぞれの得意分野を教え込まれた」
特に同じ上位死霊であるエルドリッチさんには、多くを学んだ。
先程披露した杖を交えた格闘術は、主に彼に仕込まれた物だ。
なお修行は真面目にしたが、休憩時間は主に相方さんとの付き合い方を学んだ。
とても有意義な時間だった。
「――この国を支えてきた五軍の軍団長全員に、直々に鍛えて頂いた者など、私一人だろうよ」
「……リタル様には、背中に乗せて飛んでもらっただけ……ですよね?」
「リズ。今精一杯キメてるところだから」
そんなボケボケな会話をしていて、一見攻撃し放題のタイミングだが、既に制圧は完了している。
なので、リズと一緒にリタル様の背中に乗せてもらった体験を、懐かしく思い返す余裕さえある。
「先程リストレア様と共に魔法を披露したサマルカンド。彼もまた私の魔法の師の一人だ。"蘇りし皇女"、"歩く軍隊"、"戦場の鬼火"と、複数の二つ名を持つ、かつて死霊軍で鳴らしたベテラン、レベッカ・スタグネットもな」
私は喉を震わせるようにして笑った。
「そして"病毒の騎士団"が、僅か四百十二名で敵軍中央を突破せしめた逸話を――まさか、国民向けのプロパガンダとでも思ったわけではないだろうな? あの戦場から、うちのハーケンは十二名を連れ帰った。その意味が分かる頭があったら、自らの愚かさを悔いて逝け」
彼らの顔が、ダークエルフの褐色肌でもはっきりと分かるほどに青ざめていく。
ようやく、戦力差が身に染みたらしい。
彼らは、一度も負けなかった。
そして負けていないうちは、自分が強いように思うものだ。
数字では測れない世界があるし――正直、数字の上でも、大人しく寄生虫やってる方が良かったと思う。
私は権力という物に、メイドさんに側にいてもらえる以上のメリットを感じないのだが、そんなに魅力的なものだろうか。
「そしてうちの副官さんは、笑顔が可愛くてメイド服とウェディングドレスが似合うだけじゃなくて、元近衛師団所属で、あの"薄暗がりの刃"だぞ」
「私だけ、なんか変じゃありません……?」
「気のせいです」
悪役がトドメを前に、とうとうと語る気持ちが、今なら分かる。
絶対強者が油断から転落する時のシチュエーションの意味が、今なら。
まあ、落ちる気はないのだけど。
「"火きゅ――」
「"死の言葉"」
高官達の近くにいたローブ姿のダークエルフが、膝から崩れ落ちて倒れる。
魔法使いをたった一度の呪文詠唱で倒すのは、魔法使い同士の魔法戦においては本来困難だ。
それも、呪文を見てから、詠唱の隙を見て差し込んだ。
それを容易くやってのけたサマルカンドが、漆黒の大鎌を携えて、私の背後に影のように控える。
……この黒山羊さんが、私の事好きすぎるぐらいでよかった。
暗殺に来たのが初めての出会いだったのも、今ではいい思い出だ。
「不意打ちすればなんとかなるとか、そういう状況ではないという事に気が付けないとは、部下の質も知れているな。私は自信があるぞ。同僚にも部下にも、本当に恵まれている事に関しては、な」
「と、投降を……再びの、忠誠を誓う……」
「断固拒否する」
私は笑った。
「お前達は、この国のために戦うという誓いを裏切ってみせた。そんな軽い忠誠は、要らないな」
そして続ける。
「――私はお前達に分かってもらおうとは、思わない」
何一つ、必要ない。
相互理解? 歩み寄り?
ああそれは、テーブルの向こうの相手にすべきものだ。
「ただ死ね。お前達が、私達が守ってきた物の重みを分からない愚か者だという、それだけで十分だ。それ以上お前達の事を分かろうとは、思わない。お前達の死をもって、この『反乱』を終わらせよう」
引き返す時間がなかったとは、言わせない。
十名に満たないが、『直前で離反』した。彼らは、彼女らは、正しい。
戦力差がどうこうでは、ない。
これが最後ではないかもしれない。
けれど、これが最後である事を願う。
もう力をもって意志を通す事を許しては、いけないのだ。
これからは、いかに剣を抜かないかになる。
私達はリストレア魔王軍。この力は全て、この国のために、確かに規定された法の名の下に行使されなくてはいけないのだ。
その単純にして厳然たる原理原則を侵した者達に、慈悲を与えるつもりはない。




