挨拶回り
王城の中庭、今日のために整えられた草地に食事や飲み物が載ったテーブルが並び、立食パーティーに近い形になっている。
立食とは言っても、丸テーブルと椅子も用意されているので、そちらに持っていって食べる事も出来る。
料理はがっつりした肉料理から、甘いお菓子まで。飲み物もアルコールからノンアルコールまで隙のない布陣。
この辺の手配はレベッカに丸投げしたのだが、さすがレベッカだ。そつがない。
特にテーブル順などは決められておらず、反逆者(予定)達は、主に外側に固まっていた。
一部は式典警護を兼ねているので、ぐるりと囲んでいるのだ。
私はこれでも魔王軍最高幹部にして、戦争の英雄。さらに今回の結婚式は新制度の宣伝を兼ねている。
戦争が終わり、新しい時代が始まる予感に、誰もが胸を膨らませて――いれば、良かったのだが。
変革とは、痛みを伴う。
その痛みを負うのは、ほとんどが寄生虫組だと思ってはいるが、それでも、変化とは痛みと、不安を伴うものなのだ。
ゆえに今日の式典は、『滞りなく』終わる必要がある。
国家の威信を懸けて行われる、大規模な式典なのだから。
ちなみに費用の内訳は、プライベートな衣装と料理は自腹、会場設営と警護に関しては国家持ちだ。
『警護』は、反逆者(予定)達が多く担当しているのだが、さてそれを『好機』と見るか、『罠』と見るか。
もしも土壇場で引き返し、手を出さず、本当に滞りなく終われば……改革は気長にやってもいい。
今日は、これでも晴れの日。
元より、血を見たいわけでもないのだから。
……しかし、少数ながら離反者が出て、情報も提供されているので色々つつぬけな現在、計画中止の気配はないようだ。
多分、今日という日は血を見ずには終わらないだろう。
――せっかく戦争が終わり、命を拾ったというのに、それ以上何を望むというのだろう?
現状の制度では、蓄えた資産にまでメスを入れられもしないというのに。
ただ、今後の不正蓄財は許さないというだけだ。
参列者の表情は、基本的には明るい。色々と変則的ではあるが、結婚式なのだ。
親しい仲ならお祝いで、特に親しくなくとも華やかなパーティーでタダ飯。
"病毒の王"が部下のメイドさんと結婚式を挙げる、というのは、最初はジョークだと受け止められたらしい。
しかしもちろんジョークなどではない。
ジョークで結婚式を挙げるほど、女子の憧れを捨ててはいないのだ。
が、参列者――特に不穏分子の人達――の顔には、『こいつは何をやっているんだ』的な表情が隠しきれずに浮かんでいる。
つまり、戦時の"病毒の王"を知らないという事だ。
"病毒の王"に近ければ近いほど、私の事をよーく知ってる。
私の事をよく知ってる部下に聞いたら、きっとこきおろされるだろうなあ。
一応戦時中の大半は、特に"第六軍"に関しては機密だが。
しかし戦後という事で軍関係も色々緩くなって、軍内では『上官にしたい幹部ランキング』なんて物が作られ、民間にも出回っている。
無論非公式ではあるが、そのランキングのトップに、"病毒の王"は選ばれている。
悪い気はしないが、我ながら謎だ。
ちなみに二位がブリジット、三位がラトゥースと、なんだかんだで、最高幹部が強いランキングだったりする。
むしろ、エルドリッチさんを差し置いて四位につけているレベッカの人気がおかしいのだ。
なお、不穏分子の人達も軍人だが賛同者を含めて全員ランキング外。
百位まであるランキングなのだが。
……まあ、そういう意味でもその程度の人達だ。
この世界に、絶対はない。
しかし、権力と戦力で勝る以上、私は負けるつもりは微塵もなかった。
「よう、耳なし!」
野太い声が聞こえた。
ラトゥースが、グラスを掲げて、私を呼んでいた。
テーブルの上に、空になった酒瓶が既にいくつも並んでいるのは、気にしない事にした。
「ラトゥース! アイティースも」
ラトゥースは、いつもの金の肩章がついた紺のコート。
隣にはアイティース。
アイティースは、珍しく軍服姿だ。ブリジットが着ているのと同じ型だが、ワッペンの紋章は"第三軍"紋章、爪痕を模した三本線。
「おめでとさんよ」
「ありがと!」
意外と普通におめでとうを言われるのが、なんだか嬉しい。
「わ、私からも。おめでとう」
「ありがと、アイティース。軍服も似合ってるね。ラトゥースとお揃いみたい」
はにかむアイティースにお礼を言う。
「え!? いや、まあ……その、うん」
ちらちらと隣のラトゥースを見るアイティース。
私が護衛を頼んだからとはいえ、ラトゥースが鉄火場になる事が予想される結婚式会場に伴ってきて、今も同じテーブルにいるという事は……それなりに脈はあると思うのだが。
「ほら、飲め!」
ラトゥースが私にワイングラスを放り、さらにワイン瓶の口をこっちに向ける。
「……私これから式なんだけど?」
「上位死霊だろ。酔わねえよ」
「まあねえ。でも、一杯だけだよ。他も回りたいし」
空いている椅子に座る。
「おう」
とぽとぽとグラスに赤い液体が注がれる。
ラトゥースがアイティースのグラスにも注ぎ、それぞれのグラスと、軽く打ち合わせた。
今日は念のため毒耐性含め、可能な限り身体能力を引き上げている――いわば『人間やめている』状態だ。
なので、酔いはしない。
けれど、戦友達と今日という日を、杯を交わして祝えるという、それだけで私の胸は一杯だった。
「……でもラトゥース。女の子泣かせるのは、ほどほどにね?」
「あ? 泣かした事なんかねえよ」
ワイルド男前なセリフ。
と思っていたら、続けられた言葉は予想外の物だった。
「むしろ泣かされる側だ」
「……え? だって、子供沢山って聞いたよ?」
「それがどうした。結婚した相手が子供好きだっただけだ」
こともなげに言うラトゥース。
でも確か十七人とか。
「……どんな噂聞いたのか知らねえけどな。俺が抱いたのも、孕ませたのも……愛したのも、一人だけだ。俺が最高幹部になる前に逝っちまったけどよ……」
彼は今、独身だ。
心の中で謝る。
結婚せずにとっかえひっかえと思っててごめんなさい。
「誰だって死ぬ。そんなこたあ分かってる。けどよ。……本音をいやあ、俺はもう、あいつに戦場に出てほしくなかった。でもあいつは戦場を望んだ。……獣人の誇り高き戦士として……」
彼は目を伏せた。
へたん、と狼の耳も伏せられる。
アイティースの耳も、心なしか力をなくす。
私だって……自分の大切な人には、危険な場所に行ってほしくない。
それでも、それをよしとしない人を好きになったなら――?
それを否定すれば、きっと。
「……わりい。しんみりさせたな」
ラトゥースの耳がぴんと立てられる。
彼は狼の口を歪めるようにして、苦めではあるが確かな笑みを浮かべた。
「ううん」
私は、空になった彼のグラスにワインを注いだ。
そして、自分とアイティースのグラスにも注ぐ。
「もう一杯付き合う」
「おう」
「わ、私も」
三人のグラスが、軽く打ち合わされた。




