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病毒の王  作者: 水木あおい
EX

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薄暗がりの中の歪み


「――全土を焼き払うと聞いた時は、正気を疑ったものですが、王都の被害は思いのほか少なかったようで」


 豪華な、しかし薄暗い部屋に、揶揄するような声が響く。

 この場に集った者達は、男女共に全員が、笹の葉のような長い耳を持つダークエルフ。ゆえにまだ日が高く、閉められたカーテンの隙間から差し込む光だけの薄暗さでも、話をするのに何の問題もない。


 しかし普通は、カーテンを開けて光を入れるか、明かりを灯す。

 あえて閉め切った暗い部屋で密談するなど、後ろ暗い所があると言っているような物だった。


「ええ、失われた物は大きかった。しかし、伝統が失われなかった事をよしとすべきでしょうか」


「……しかし、此度の『改革』とやらは、目に余りますな」


「はっきりと仰る……」



「これ以上、あの毒虫をのさばらせるわけにはいきますまい……」



 現在リストレアでは、『改革』が進められている。

 それとなく妨害はしているものの、さしたる効果もなく、法案は全て通りそうだった。


 婚姻制度に関しても言いたい事はあるのだが、差し迫った物は――戸籍の整備から始まる、今後十数年を掛けて行われるという税制の改革。


 ペルテ帝国では施行されていたと聞く『全国民の登録』を前提としている。


 国による行きすぎた管理であると主張してはみた物の、実際にデメリットがあるかと言えば、ないに等しい。

 行政の手間は増えるだろうが、既に最大の敵の人間はいない。



 戦争に割かれていたリソースが、民の生活を良くするために使われようとしている。



 大陸の中でも前時代的な方だった税制は……地域ごとに大まかな住民の数と経済規模を把握し、その地域を担当する者が、割り当てられた金額を国へ納めるという物だ。


 名誉の名の下に運用されてきた、シンプルさが売りのシステムだ。

 ランク王国も同様だが、あちらはかなり苛烈な税率であったようで、噂に聞くそれに比べれば……という気持ちが民にはあったようだ。


 なお、新制度はペルテ帝国がモデルケースとされているらしいが、砂漠が多く、住民の移動が困難ゆえに把握しやすかったというのはあるらしい。

 代わりに、一部地域で遊牧民がいる関係で違う面倒さがあったようだが。


 ちなみにエトランタル神聖王国は教区という形で住民数がおおむね正確に把握され、ランク王国よりも、もう少し実情に沿った徴収が行われ、かつ大幅に税率が抑えられていた。

 ……のだが、国と教会への『寄進』という『慣習』があり、実際には帝国と同程度だったようだ。


 戸籍制度自体は何度か検討されてきたし、言い分はまっとうだ。

 よりきめ細やかな徴収が行えるだろう。そして一部は安くなり、一部は高くなる。税制の改革とはそういうものだ。



 そして透明度が増せば、不正が炙り出される。



 本来の住民の数や、経済の規模を少なく申告すれば……単純に差額が懐に入る。

 そもそも『徴収』の際に『経費』が掛かるのは当然の事。


 おおっぴらにやらないのがコツだ。


 そこに集った者達に不正をしているという自覚はあったが、民の事をないがしろにしているつもりはなかった。

 乳牛を搾り殺す愚も、卵を産める鶏を絞め殺す愚も、犯さない。


 焦る事はない。

 長命種たる自分達には長い時間があり、そして貨幣経済が浸透した現在では、人より……『少々』多い金貨があれば、その長い時間を快適に過ごせるというもの。


 引き替えに何も与えてこなかったわけではない。軍人として民を守る。……それに対価を頂く。


 ただそれだけの事。


 しかし、多くの軍人が倒れ、そしてリストレア魔王国軍が、かつてのような規模に戻る事はないだろう。

 人間に対抗するために設立され、そして設立の理由を失った。


 国内の魔獣に対処するだけなら、今でも足りるし、余裕を持たせるにしてもそれほど多くの増員は望めないだろう。


 遊ばせていられる戦力も……なくなるはずだ。



「誰がこの国を真に守り支えてきたか……という事を、教えてやらねば」



 彼らが、彼女らが、この国を守り支えてきた事は、間違いない。

 ただそれは、寄生虫としてだった。


「それでは、例の『結婚式』を利用するとしましょう」


「ええ。不死生物(アンデッド)が、同性と。それも相手はメイドとか。なんとまあ腑抜けた事で……」


 薄暗い部屋で、くつくつと笑い合う。


「あの戦場で、精鋭の多くが果てた……対してこちらは戦力を温存している」


 『最後の防衛線』として、後方に配置された戦力がいた。


 リストレアの保有する六つの軍は、全てが大きく弱体化した。


 そして何より、あの『敵国の内政基盤の破壊』を目的に設立された軍は、戦争が終わった今、リストレアに必要ない。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の仕事は終わったという事だ」



 全員が、満足げに頷いた。




「――との事です」


 リズは、"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"の名にふさわしい暗殺者(アサシン)装束の黒レザーで、大型ナイフだけ外した姿だ。


 情報収集を一通り終えたその足で、部屋にやってきた彼女の報告を聞き終わった私は、改めて彼女の顔を見た。


 目に感情のないリズ。

 口調は完全に平坦で、感情は完璧に抑制されているにも関わらず、むしろその完璧さこそが、彼女の苛立ちを私に伝えてくる。


「ご苦労。――それで、敵の暗殺者(アサシン)の練度は?」

 リズが無事に帰還しているのだから、リズより優れているという事は有り得ないが、警戒は必要だろう。



「いません」



「……なんだって?」

「だから、いません」


「……ああ、なるほど。戦闘能力はない情報収集担当がいる感じ?」


 暗殺者(アサシン)、という言葉からはダイレクトに人を暗殺する存在という印象を受けるし、実際そうなのだが、密偵や潜入工作員……品のない呼び方で言えば、泥棒のようなスキルも、この世界においては暗殺者(アサシン)のスキルに含まれる。


 "第六軍"が誇った暗殺班の生き残りは、今はその暗殺技術を封印し、潜入技術を生かした密偵として国内に散っている。


 だから、『暗殺者(アサシン)がいない』という言葉は、暗殺技術を持っている者はいないという意味だと思った。……そうとでも思わないと、筋が通らなかった。

 しかし、彼女はもう一度繰り返す。



「いません」



「嘘でしょ?」


「私も未だに泳がされているのではないかと思うぐらいですが……」

「だよねえ」


 それは、確かに。

 『不穏分子』達は、"第二軍"暗黒騎士団の一部……ダークエルフが中心で、僅かに獣人が混ざっている……らしいが。

 把握している限りでは、保有するのは通常戦力ばかりで、暗殺者はいない。


 それでも、普通は暗殺者として書類に記載されるのではなく、ダミーの籍が与えられる。


 例えばリズで言えば、元近衛師団の一員であり、昔も今も、"第六軍"の副官だ。メイドとしての立場は正式な物ではなく、各軍それぞれに違う副官業務に含まれている。

 その愛らしさから、彼女がただのメイドであり、お飾りの副官だと思う者が多かったのは自業自得というやつだろう。


 なので、それらしい者がいなくとも、暗殺者(アサシン)を私的に抱えている物だと思っていたが……。



 奴らとの『戦い』の舞台は、主に書類上だった。



 過少申告と水増し。不正は不正なのだが、はっきりとした証拠がない……というか、『行政上の不備』の一言で片づけられてしまう程度の物。

 そもそもが、多少の誤差を受け入れて、それよりも、そこに割り振るべきリソースを惜しんだゆえの税制だ。


 名誉さえあれば、そうひどく間違う事もない。


 不穏分子共は、思想は過激派に近いが、同時に表立って反旗を翻す事もない寄生虫だった。

 摘出のための手術をし、強い薬を飲む体力が、リストレアにはなかったのだ。


「しかし、泳がされている可能性はごく僅かだと思われます。つまり、暗殺者(アサシン)なしで、正確な情報なしで、あの者達は、"第六軍"に――いえ、リストレア魔王国に、反旗を翻す意図を明確にしているのです」


「……私、この国に来て、色んな……本当に色んな経験して、慣れたつもりだったけど……反乱する人の気持ちは、まだ分かんないよ」


 ……私は奴らに、最後のチャンスを与えた。


 『環境の変化』を受け入れるならよし。

 環境の変化を疎み、それこそを悪とし、寄生虫の立場を維持するために、この国を傷付けようというなら。


 引きずり出して、排除する。


「私もです。道理も、誇りも、損得さえ解さぬ愚か者の気持ちなど、分かる必要もありませんが」


 淡々と吐き捨てるリズ。

 光のない瞳の暗さに、背筋がぞくりとした。


 主に性的な意味で。


 椅子から立ち上がると、歩み寄る。



「……リズのせいで性癖が歪んだ」



「は?」


 抱き寄せて、逃げられないように頭に手を伸ばして、口付けた。

 その後、お姫様抱っこの恰好でベッドに連れて行く。


 リズが、精神調整魔法"最適化(オプティミゼーション)"の効いた無感情な目のままで、大人しく私の首に腕を回している。

 キスもお姫様抱っこも、スムーズにするためには、やられる側の全面的な協力が必要だ。


「まだ、昼間ですよ」

「天蓋ベッドはそのためにあると思う。可愛いお嫁さんと婚前交渉って事で」


「今さらですよね」

「今さらだね」


 彼女をベッドに横たえた。

 天蓋を閉じると、薄暗くなり、小さな世界に私達二人だけになる。

 上位死霊(グレーターレイス)になってよかった事の一つが、薄暗がりの中でも、リズの顔がよく見える事。


 リズが好んで使う、精神調整魔法"最適化(オプティミゼーション)"は、実は感情を無にする魔法ではない。

 ただ心を落ち着かせ、目的のために行動を、文字通り最適化するための魔法だ。


 痛みも、恐怖もそのままに、ただ必要な事を行えるようになる。


 だから、彼女が光のない目で、嬉しそうに微笑むのは。

 護符(アミュレット)の紐を掴まれて、引き寄せられて、リズからキスしてくれるのも。


 全て、彼女にとって『最適化』されたものだ。


 彼女の長い耳に軽く触れながら、笑いかける。


「いつものリズも、怒り顔も、照れ顔も……全部好きだけどね。目に光のない時のリズは、暗殺者(アサシン)さんって感じがして、大好きだよ。……初めて会った時の事も思い出すし」


 リズが、少し笑みを深くする。



「マスターの性癖は、最初から歪んでいたと思います」



 言葉のキレも最適化されているような気がする今日この頃。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後方でただただ甘い汁を啜っていた「寄生虫」達。 人類を絶滅させる偉業を成した「軍人」達の、思惑を図る頭も、実力を計る目も、持たぬか…。 哀れを通り越して、感情が湧きませんね。粛々と処理…
[良い点] …フィニスふぅふのせいで性癖が歪んだ。 [一言] 何回読んでもこの話のオチは最高だぜ! (※全ての話が最高) 好きな話ばかり読み返していましたが、せっかくなのでもう一度始めから読…
[良い点] まぁ、敵国を滅ぼしたら完全平和という訳には行かないでしょう。しかし、能力以上の悪銭を貰うの人達は有能の筈が無いかぁ。 それにしても、主人公さんは特別な性癖もお持ちですねwww
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