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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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叙任前夜


 その後、小規模部隊が、あくまで私の『アドバイス』の下に運用された。


 この世界の戦士は強い。

 私が最初想像していた以上に、強かった。

 けれど、ただの村人は私の世界と変わらなかった。



 私と同じぐらい、無力だった。



 戦士より遙かに簡単に死んで『戦果』が積み上がっていく。

 すぐに、大きな影響は見えない。

 一つ二つ村を潰したところで、大局は変わらない。



 だから、私は人間が社会的な動物だという事実に由来する武器を、死神の大鎌がごとく、思う存分振り回す事にした。



 ある者には疫病と。

 ある者には呪いと。

 ある者には魔王軍の侵攻と。

 ある者には人間国家側の粛正と。



 人々の耳に数多の虚言と一片の真実をささやき、心に恐怖という名の毒を注ぐ。



 狼の大量発生。

 共同地や水源の使用権利を巡っての争い。

 痴情のもつれから発生した争い事が村中に広まって二つに割れての共倒れ。


 ――その他、私が適当に思いつき、さらに自分以外の意見も片端から採用して、噂を広めまくった。



 人間国家の上層部は、普通の対応をした。



 魔王軍の侵攻であると公表したのだ。


 恐れる事などないと、浮き足立った行動を取ってはいけないと、あくまで冷静に対応しようとした。


 愚かだった。


 村が一つ二つ全滅したのは、事実なのだ。

 そして魔王軍侵攻という事実さえ、恐るべき事なのだ。


 畑仕事をするだけで殺される――そんな噂が流行り、そしてそれが、理由がなんであれ事実に近いと分かった時、民衆は恐怖した。

 畑を捨てる者が続々と出た。

 そしてその人達は町に流れ込み――当然、食料生産が滞る。


 人口の多さが、人間達の豊かさの根幹だ。

 しかしそれは、自分達の首を絞める縄でもある。

 豊かさを前提に構築された社会は、歯車が狂った時ひどく脆い。



 人間達も、全くの無能ではなかった。



 常備軍による護衛、そして山狩り。

 いち早くこちらは兵を下げたので効果はなかったが、効果がなかった事で、魔王軍の不在を証明したとも言える。


 確かに瞬間的には正しい対応だった。


 けれど、兵士は精鋭ばかりではない。護衛中に弱いところから狙われて殺され、山狩り中にはぐれた兵士が狩られ、軍が展開していない地域では、やはり村人が片端から狩られた。


 少しずつ、確実に、じわじわと毒を盛るように。


 人間国家にも情報網と呼べるものはあったらしい。

 完全ではなかったとしても、情報を入手していた。



 ――新しい、敵がいる。



 そして私は陛下に名を頂いた。

 ぼんやりとした恐怖に、形を与えた。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。



 それが、私がばらまいた、恐怖の名前だった。


 あらゆる病と毒の王。

 禁忌の魔法で人々を刈り取る、恐るべき大魔法使い。


 それはただの虚像だ。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は本当にいる。私がそうだ。

 だが、私はそんな大魔法使いなんかではない。


 けれど、人間側は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を執拗に殺そうとした。

 きっと、信じたかったのだ。



 私を、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を殺せば、それで全ては元に戻ると。



 事実は違う。

 もう、地獄の釜の蓋は開いたのだ。


 『頻繁に殺されそう』にはなったし、危ない時も何度かあった。

 けれど、リズ――当時はまだリーズリットと呼んでいた――と、たまに姿も見せずに助けてくれるリズの同僚さん達のおかげで、私は生き延びた。


 差し向けた暗殺者が消え、焦った侵攻計画が計画倒れする度に、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名前は知られていった。

 魔族の中にも裏切り者はいたが、私という分かりやすい目標を前に尻尾を出し、炙り出された。



 そして私は、それらの功績をもって魔王軍最高幹部に任じられた。




「いよいよですね」

「うん」


 監視・兼・護衛として顔を合わせる事も多くなったリーズリットが言った『いよいよ』とは、私の叙任式だ。


 私は、ここまで来た。

 『私』はもう、『名無し』ではない。

 リーズリットが提案し、陛下が採用した名前がある。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"という、名前が。



 そして、魔王軍最高幹部という肩書きが加わる。


「でも、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"って、ちょっと派手じゃない?」


「お似合いですよ」


 ほんの少しだけど、口元を緩めて微笑んでくれるリーズリット。

 私も微笑んだ。


「ありがと」


 リーズリットが、クローゼットを開けて、何かを取り出した。


「こちらも、どうぞ」

「これ……?」


 差し出されたのは、畳まれた緑色の布と、杖に仮面。


「あなたの衣装です」


 リーズリットに手伝ってもらいながら、まとっていく。



 薄緑色のローブ。


 濃緑色のフード付きローブ。


 黒地に金糸で縁取りされ、ルーン文字が刺繍された肩布。


 首に紐で下げた、小瓶、牙、金属板……三種類の護符(アミュレット)


 手には、鉄の鎖で八面体の青い宝石が繋ぎ止められた、曲がりくねった木の杖。



 オレンジ色の呪印が刻まれた黒の仮面以外の衣装を全て身に付けると、鏡の前に立った。


 ――悪の大魔法使い、といった風情だ。


 くるりと回ると、二枚重ねのローブの裾が翻り、はためいた。

 首を傾げる。


「……似合って……る?」


「ええ。よくお似合いです。ローブ以外は、あなたのために職人に作って頂いた品です。どれも最高級の魔法道具(マジックアイテム)ですよ」


 魔法道具(マジックアイテム)。心がときめく響きだ。


「すごいね。どんな魔法効果が?」



「こちらの小瓶は、防御効果があり、一定のダメージを吸収します。砂の色が赤くなったら限界です。この牙は物理攻撃に対する防御効果が。この金属板は魔法に対する防御効果が。杖も込められた魔力によって防御魔法を常時展開します。肩布はほぼ飾りですが、これも弱い防御効果が」



「……あの、防御以外の効果は……?」


 多彩な効果がありそうなラインナップで、実際多彩なのだが、全て防御に特化している。


「ありません。これらは、あなたの安全のための装備であり、我が国はあなたに、戦場で華々しく活躍するような武勇を求めておりませんから」


「……そうだね」


 私は、前線ではなく後方が仕事場であり、命令する事が仕事だ。


 極論すれば、死なない事が仕事だ。


「それで、仮面ですが」

「あ、うん。これ、どうやって着けるの?」


 この仮面には、紐のようなものがない。

 どうやって着けるのか分からなかった。


「顔に当ててください」

「……顔に?」


 言われた通り、顔に持っていくと、視界が遮られて暗くなり……ふっと、吸い付くように同化した。

 そして視界が明るくなる。


「呼吸はできますか? 視界は?」

「うん。どっちも大丈夫だよ」


 息苦しくはないし、視界も平常だ。


「視力の調整などもできますが、それはおいおい慣れていきましょう。すぐに使う機能ですが……声を変えられます」


「声を?」


 仮面とは、顔を隠すためのもの。

 ……という固定観念は捨てた方が良さそうだった。


「手を当てて、イメージしてください。その通りに、声色が変わるはずです」

「イメージ……」


 彼女には、"浄化(クレンジング)"という魔法だけ教わった。

 手を添えられたり、握られたり、距離感が近くて、思わずどきりとしたが、大人が子供に教える時はこうすると言われた。

 魔族的には、手洗いみたいなものらしい。


 その時に学んだ魔力の扱い。そしてイメージの重要性。


 ……どんな声色が相応しいだろう?


 仮面の口元を、撫でた。

 そして、重々しく宣言する。



「――私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"」



 地獄の底から響くような、重低音。

 自分の喉から発されたものとは思えない。……けれど同時に、ひどく馴染んだ。


「……完璧です、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様」


 リーズリットが一礼する。

 期待通りに、できたらしい。


「外していいですよ」

「うん」


 外していいと言われて外すと、ほっとした。


「ところで、ローブ以外は職人さんに作ってもらったって言ってたけど、ローブは誰が作ってくれたのかな」

「こちらは、私が魔力を織って作らせて頂きました」


 まさかのお手製。


「え、何それすごい」

「防具としても服としても優秀ではありますが、この国では、一般的な品であり、一般的な技術ですので……」


「ううん。こんな服作れるなんてすごいよ。ありがとね、リーズリット」

「……いえ」



「本当にありがとう。――行ってくる」



「お気を付けて。私も、陰から見守っております」


 ちなみに叙任式は明日で、今日は衣装合わせとリハーサルだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新種の敵。人間側もよく気がついた。 新型が恐ろしいのは今の世が証明している。 ましてや雲をかむようなモノならば。 [気になる点] ローブに愛を感じる!いったいいつから織っていたのでしょう?…
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