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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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"病毒の王"の言葉


 私は、両軍から実によく目立つ、小高い丘の上に立っていた。


 お互いに攻撃魔法と弓の射程外に陣を構えて睨み合っている。


 平地での決戦となれば数が多い人間の方が有利――のように見えて、実の所そうではない。


 私達にとっての最悪は、こちらが王城で籠城戦をするつもりでいて、相手が王都を無視していく事。

 正確な地理を把握しているとは思えないが、"闇の森"と呼ばれる森林地帯に居住区がある事ぐらいは知っているだろう。

 そちらを食料目当てで狙われれば、城から出て追撃せざるを得ない。


 そもそもリストレア魔王国の王城は……リストレア全軍が入って防衛戦が出来るように、作られていない。

 四百年前の設計というのもあるが、王都は本来『最終防衛ライン』であり――そこに至るまでの戦いで、多くの戦士の命が失われている事を前提にしたものだ。

 特にサイズ感とか。


 ランク王国の王城は、むしろそのサイズ感の大きさゆえに手薄な箇所が多く、実に攻めやすかったため、大きければいい、という物ではないが。


 お互いに、ここで全ての『敵』を滅ぼす腹づもりだ。


 これから先の未来は、誰にも分からない。


 人間が――そして魔族も――最後まで恐れた『決戦』だ。

 お互いのほぼ全軍を大平原で向かい合わせ、おそらくはどちらかが全滅するまで戦う。


 数十万の命が、今日ここで使い潰される。

 種族の存続を賭けて。

 ありとあらゆる信仰と誇りが試される。


 数で不利。

 戦力で互角。

 私は勝利を信じているが、確実な物など何一つない。


 この戦いが、この世界のその後を決めるのだ。


 今日が、中世の終わり。

 今日、『剣と魔法の世界』が終わる。


 私達が勝ち、そして私が望んだ形にこの国が進んでいくのならば、種族間の戦争はもう起きない。起こさせない。

 予算の大半を持っていくリストレア魔王国軍は緩やかに縮小され、私達は英雄でなくなる。



 ――今日という日を、覚えていれば。



 ダークエルフと、獣人と、不死生物(アンデッド)と、悪魔(デーモン)と、(ドラゴン)が、共に戦列を築いた日の事を。

 今日という日に滅びた人間という種族は、同族で殺し合うような事をしたから、滅びの道を辿ったのだと。

 今日の戦争を、生き延びた者がいれば。

 今日という日を、覚えていれば。

 語り継がれる未来が、あれば。


 人間が勝ったのならば……荒廃しきった世界で、人類は生きていく事になる。


 八割以上の人口を喪失した本国に、食料はろくに残っていない。一冬を、狩猟採集で生きていける能力を持った人達がいれば、その人達が生き残るだろう。


 こちらに侵攻してきた人間が勝ってさえ、魔族の『残党』と戦う事になる。護衛の軍は魔獣種に対抗出来る程度の少数だが、ギリギリ徴兵年齢に満たなかった若者達と、決戦にはご遠慮願ったご老人方、そして――幼竜も含むとはいえ、五十近いドラゴン達がいる。

 『魔族』を殺し尽くさねばこの戦争は終わらないと言うなら、人間は地獄を見るだろう。


 魔獣種に溢れ、魔法を日常的に使わねば生きていく事さえ辛い土地を、土地勘もなしにさまよって、生きていかねばならないのだ。


 もう、人類の『勝ち』はない。

 人類には、この場にある戦力の他、もう何もない。


 私は、いつか望んだ物を、全部持っている。


 ここへ来た時、名前を失った。

 家族との繋がりを失った。

 沢山の記憶を失った。

 財産を失った。


 自由意志さえ。


 それでも、今の私は魔王軍最高幹部だ。

 

 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"という、ゴツいが、色々便利な名前を手に入れた。

 そして、私を慕う可愛い部下達がいる。

 私と共になら、地獄へ行ってもいいと言う、馬鹿野郎共。


 それは――全て、今日この日のため。

 

 人類絶滅という、無謀極まりない目標を掲げた私が、それを果たすための道具として。



 私は今日、積み上げた物のほとんどを失う。



 いや――『使う』。


 命を数字と見て。

 信頼を道具と見て。


 ただ、未来のために。

 違うものを違うものと切り捨てない。

 積み上げた物が、失われない。

 違う者同士、誰もが笑っていられるような。


 そんな、怪しげで不確かな、あやふやな未来のために。


 私の全ては、今日この日のために。

 あらゆる非道は、今日この瞬間のために。



 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"として、ここに立つのだ。



 暗緑色のローブをまとい、金糸でルーンの縫い込まれた肩布をなびかせ。


 手には八面体の青く輝く宝石が鎖で繋がれた、まがりくねった杖を携え。


 首からは牙に瓶に金属板、多様な護符をぶらさげて。


 深くかぶったフードで顔を隠し、フードの陰には黒い、空気穴一つない仮面。


 そして仮面にはオレンジ色に怪しく輝くルーン文字が一列に刻まれ、一つきりの眼らしき物が刻印されている。


 これが、私。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。

 "第六軍"、魔王軍最高幹部。

 病と毒を司る、最低最悪の魔法使い。


 "病毒旗"の名前で呼ばれる、『短剣をくわえた蛇』の紋章が縫い込まれた、蛇の舌のような二又の黒い旗が、私の背後に目立つように高々と掲げられた。



「――私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"」



 それを合図に、魔法で変えられ増幅された、地獄の底から響くような重々しい声で、私は最後のお仕事を始めた。


「我らが敵対者諸君。お前達は、『間違えた』」


 とん、と杖の石突きで地面を突く。


「お前達の帰る場所は、もうない」


 そして合図をした。


「――映像展開」


 離れた場所にいるサマルカンドが宙に大きく、無数に展開した映像は――全て、人間達が、背後に置いてきた物。


 ランク王国の王城が。

 ペルテ帝国の帝都が。

 エトランタル神聖王国の大聖堂が。



 全てが、燃えて、崩れ落ちていく。



 燃える畑。燃える家。燃える街。燃える城。燃える人。

 映像の中で、何もかもが等しく、燃えて、消えていく。

 映像の中で、老若男女の区別なく、狩り出されていく。


 それら全てが、もう終わった事。

 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の『戦果』。


 全ての映像が、端からほどけ、淡い光の粒子となって、冷たい北の風に吹き散らされて消えていく。

 少し早い雪のように、この世界で見る事は二度とないだろう桜吹雪のように光が舞い散った。

 それと同時に、凍り付いたように止まっていた時が動き出し、敵軍に動揺が広がっていく。



「――お前達の帰る場所は、もうない。お前達を待つ人は、もう誰もいない」



 もう人類の『勝ち』はない。


「お前達の守る物は、もう何もない」


 人が戦うべき理由は、全て灰になった。

 一時は復讐心に駆られたとしても、冷静さを失う諸刃の剣だ。


「女子供の最後の一人に至るまで、死に絶えたぞ」


 不意に、何かが弾けた。


 涙が頬を伝う。仮面の内を伝う。

 私は、仮面を剥ぎ取った。仮面をもぎ取って、叫んだ。



「――私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"! 私は人間だ!」



 声量拡大の魔法は未だ声帯に息づいている。


「ろ、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様!?」

 近くの兵が慌てたように私の名を呼ぶが、私はそれを振り切るように叫んだ。


「お前達が私をここに喚んだ! お前達が私をここに喚び込んだ! お前達が私をここに召喚した!!」


 ざわざわと、違う種類の動揺が敵軍に広がる。


「よくもここまでさせたな。私にここまでさせたな。――人間に、人間を殺させたな……っ!」


 あの日、あの城壁の上で、それをぶつけるべき相手をすぐに失った激情が、私に叫ばせた。



「お前達が、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を作った。お前達が、一番の敵を生み出した。お前達に、人間に、未来などあるものか!」



 そして振り返る。


「魔王軍も聞け! 知らない者も、知っていた者もいるだろう。私は人間だ。だが、私は魔族の側についた。人間を滅ぼす事に決めた!」


 本来の予定にはない演説だが、誰も彼もが静まりかえって聞いている。


「さあ、これを最後の大戦(おおいくさ)にするぞ。これをこの世界で最後の戦争にするぞ。人間を滅ぼした後に、『同族』で争おうなんて馬鹿はいないと、私は信じているぞ? ――そうしたら、こうなるぞ」


 笑った。


「こうなりたいなんて、馬鹿はいないな?」


 笑い声と共に、「おう!」という返事がちらほらと聞こえ、それが「オオ――ッ!!」という、うねりになる。



「今日が、人類最後の日だ。同族同士で殺し合った馬鹿な種族が滅びる日だ。今日という日を、歴史に刻みに行くぞ!」



 そして再び仮面を着けると、私の昂ぶった感情に反応して、仮面に刻まれた単眼が燃えるように金色に輝いた。


 今日、この世界から戦争を根絶する。


 視線を敵軍に戻す。

 背後で、うねりが爆発した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「病毒の王」の思いの丈、積もりに積もった激情が、炸裂。 全ての想いがここで決する。 [気になる点] 人間達は、何を思うだろう? まあ、罪悪感、衝撃、動揺なんかも有るだろうけど。 きっ…
[一言] ぶっちゃけコレそもそもの話、人間側は士気保てるんだろうか? 信じるものは心折れるし信じないものも病毒の王ならやりかねんって疑念の中で戦うワケで。 信じたものの中に王侯貴族のせいだと暴走する連…
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