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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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リストレア最高会議


 私は、魔王軍最高幹部として、最高幹部が勢揃いした軍議に出席していた。


 魔法で音が遮られた草原の一角に輪になって集まっているのは、七人。



 "第一軍"より、"竜母(ドラゴンマザー)"リタル。


 "第二軍"より、"血騎士(ブラッドナイト)"ブリングジット・フィニス。


 "第三軍"より、"折れ牙"のラトゥース。


 "第四軍"より、"上位死霊(グレーターレイス)"エルドリッチ。


 "第五軍"より、"旧きもの(オールド・ワン)"リストレア。


 "第六軍"より、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。



 そして、それらを束ねる我らが魔王陛下。



 魔王陛下の元に六人の最高幹部全員が集うのは、実はこれが初めてだったが、だからと言って特別な事は何もなく、軍議は粛々と進んだ。


 副官さえ伴っていない事からも分かるように、軍議というほどの物でもなく、連絡事項の通達という方が正しい。

 基本的な事は、もう決まっているのだ。


 作戦をおさらいし、後は追加要素の共有だ。

 リタル様が率い、参戦が決定したドラゴンが味方である旨の徹底。

 その強大さゆえに、誰からともなく呼ばれ始めた仰々しい名前を持つ、"病毒の騎士団オーダー・オブ・ディジーズ"――"第六軍"の死霊騎士達の使い方についての決定。



 そして私の配置について。



「……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"」


 身体が大きすぎるので伏せているリタル様を除けば、唯一簡素ではあるが椅子に腰掛けたままだった陛下が私の名を呼んだ。


「はい、陛下。私は最前線へ囮として配置するという事で」

 こういった大規模戦闘の際の役割は、陛下との話し合いの末、決まっている。


 最前線で"病毒旗"を掲げ、囮役を務めるのだ。

 もちろん囮なので迎撃のための戦力も配置され、決して捨て駒ではない。



「その件だが……考え直すつもりはないか?」



「……は?」

 一体、何を言われたのか……正直に言ってよく分からず、思わず間抜けな声を上げてしまった。


「そなたはもう、十分に働いた。最前線から退き、後方へ下がる許可を与えよう。……皆、異論は」



「あろうはずがない。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は我ら"第一軍"へ、かつて敵であったドラゴンを多数組み込むという功績を上げた」

 と、リタル様。


「ありません。長がおらずとも、"第六軍"の騎士達はその任を果たすでしょう」

 と、ブリジット。


「ねえな。うちのアイティースと一緒に下がってろ」

 と、ラトゥース。


「ない。与えた騎士達を、よくもあそこまで育て上げたものだ。あれぞ不死生物(アンデッド)の極致よ……」

 と、エルドリッチさん。


「陛下のお言葉なれば。ここまでの功績で、十分であると考えます」

 と、リストレア様。



「冗談じゃない。誰がこの期に及んで、蚊帳の外に置かれたいと願うものか」



 ――と、私、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。


「……かや?」

 ブリジットが小首を傾げた。


「ブリジット。もしかして蚊帳って、ない?」

「植物の……茅か?」


「それは違う。――ええと、故郷の慣用句です。仲間外れ、というような」


「……そなたは自らの責務を完全に果たした。もう、これ以上の危険を負う必要があろうか」


「陛下。……私はお優しい方を王と仰ぎました。しかし、王たる者なら、一時の情に流されないで頂きたい。――皆も、だ」


 私は全員を睨み付けた。



「責務を完全に果たした? まだ私達は、勝ってない。私は自分の部下にだけ死ねと言うつもりはない。"第六軍"の黒妖犬(バーゲスト)は私の指揮下にある。また、私は元々囮だ。何の力も持たない人間が、この国で魔王軍最高幹部の立場を得るために、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を名乗った。この戦争に勝利し、人類が滅びて……最後の一人になるまで、私はこの名前を捨てるつもりはない」



「……此度の決戦は、全軍を挙げての物だ。最善を尽くすつもりではあるが……何が起こるかは分からぬ」


「それは全員平等です」


「平等とは思えねえな。あの旗を……"病毒旗"を掲げれば、敵が殺到するだろう。第一、お前は戦士じゃねえ」

「ラトゥース。それは承知の上だ。……私は戦士ではないかもしれない。それでも、私は、この国の守り手であり……軍人であるつもりだよ」


 実に縁遠い職業ではあったが。

 休暇制度が各軍でまちまちで、きちんと整備されていないブラックさはさておき、私達は正規軍であり……その作戦行動は、自らの死を前提としている。


 まだ死んでこいという命令に頷くつもりはないが、死ぬ可能性がある任務なら、私は部下に何度も命じた。


「死ぬのが……怖くないのか?」

「ブリジット。……怖いよ。いつだって、怖い事ばっかりだ。でも自分に出来る事があるのに、自分の知らない所で全部終わる方が……その時、自分が何かしていれば変わったかもしれないと思う方が、私は怖いんだ」


 この国の『お客様』では、いたくなかった。

 王城に一室を与えられ、大事な事は何も知らされず、求めに応じて地球の知識を垂れ流すだけで、生きていく事は許されただろう。

 所詮、何の力もない人間一人。


 ただ、その場合きっとリズは私の隣にいなかった。


「……覚悟は、変わらぬか」


「陛下。私は、私の意志で参ります」


 私は、私の意志でここまで来た。


「とうに手は汚した。今さら私を、特別扱いなどしないで下さい」


 誰も殺さない道なら、選べた。

 ただ私には、許せない事があっただけ。

 ただ私には、誰かを殺してでも、死なせたくない人達がいるだけ。



「私は、魔王軍最高幹部。この国を守る盾の一枚です」



「……後方に回ったとて、誰も、そなたの忠誠を疑いはせぬ。それでもか」


「ええ、陛下。……初めてお会いした時の事を、覚えておいででしょうか?」

「忘れられるはずもない」


 陛下が苦笑した。


「陛下は……私に対し、こう命じられたのです。『この国を守れ』と。そして私は、この国が私を裏切らぬ限り戦うと決めた。……この国に裏切られたと思った事は、ありません」


 魔族のひとに命を狙われた事は、何度かあった。

 それでも、その都度、相応の処分が下されてきた。


「……ちっ。この大馬鹿野郎が」

 ラトゥースが舌打ちし、吐き捨てる。


「よく知ってるよ。でも、出来る事をしないクソ野郎にはなりたくない」


 ラトゥースが、狼の口を大きく開けて笑った。


「――耳なしにしとくのはもったいねえな」


「……ラトゥース?」

「この馬鹿野郎を目指して突っ込んでくる奴らを全員討ち取って、手薄になった敵本陣を叩けばいいって事だろ? ――それが出来る奴らが、ここには揃ってる」


「……"折れ牙"の。そう軽く言うがな。敵軍は我らより数も多い。人間を侮るなよ。そこに、私達の常識を変えてくれたような奴もいるんだ」


 ねえブリジット。それ私の事?


「へえ。ブリングジットの嬢ちゃんは自信がねえのか?」


「――暗黒騎士団を侮ってくれるな。やってみせるとも。それとも何か? 喧嘩を売っているのか?」


「暗黒騎士団とケンカするぐれえなら、人間全員と戦争した方がマシだなあ」


 二人が不敵に笑い合う。


 頼もしい事だが、"第二軍"と"第三軍"も、精鋭が多く死んで、義勇兵で数を揃えているような状態だ。

 それは向こうも同じと思いたいところだが、実際にどれだけ戦力が温存されているかは、定かではない。


「……反対する理由は、"第四軍"としてはない。だが個人的に言わせてもらえば……危険が大きいだろう」


 エルドリッチさんが骨の手を顎骨に当てて、思案する様子を見せた。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"という存在が、どれだけ恨まれているかにもよるが……」


「それは自信があります。徹底的に怒りと憎しみを煽り、まともな判断力を奪ってみせましょう」



 全員が呆れ顔になった。



 内輪の場だからこそだろう。

 魔王や魔王軍最高幹部が、公的な場でしていい表情ではない。


 それぞれが目と目で会話をした後、ブリジットが口を開いた。


「なあ。リスクって言葉、知ってるか?」

「よく知ってるよブリジット。私はリスクとリターンをきっちり考えて動くタイプだからね」


「で、自分の安全は? 二の次か?」

「そうだね。二番目ぐらい?」


 自分の安全を度外視していた事もあるし、これからもそうする事はあるだろう。


 けれど、今回は『囮役を務め、敵軍の被害を増やし、自軍の被害を減らす』のが一番。そして二番目が、自分の身の安全だ。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。……そなたは、人間なのだよな?」

 リストレア様が首を傾げた。


「ええ、"旧きもの(オールド・ワン)"様。どこを切り取っても人間ですよ。――『何故か』、よく聞かれますけど」


「それが……そんなものが、人間の精神性か……?」


「――ええ」

 私は薄く笑った。



「自分の大切な物のために命懸けで戦うなど、当たり前でしょう。――どんな種族だろうと」



 誰もが、命を張らずとも夢を追える世界になればいい。

 もしかしたら隣に並んで笑い合えた相手と、殺し殺されながら、平和という名のよく似た夢を追い求めなくていい世界が欲しい。


 それは多分、血塗られた夢だ。


 私がこの世界に来た時には、人間と魔族は剣を突きつけ合っていた。

 憎しみが絡み合って、こんがらがって、もう誰にもほどけなくなっていた。


 私はブリジットに視線を向けて、ちょっと微笑んだ。

 戸惑いながらも、はにかんで微笑み返してくれるブリジット。


 それでも、そんな世界で、違う種族に手を差し伸べてくれた人がいたのだ。

 自分達の属する種族、そして属する国だけを考えるなら、何の痛みを感じなくてもいい人が、私を殺しかけた事に、胸の痛みを覚えた。


 殺しても、責める者はいなかっただろう。私達、この世界に召喚された人間は……この世界の『モノ』ではない。

 ブリジットからすれば敵の種族。国が違うから、厳密に言えば敵ではない……が、味方でもなかった。


 リストレアでさえ、運用上の都合もあるとはいえ同じ種族同士で固まっている事を思えば……種族が違うというのは、重い要素だ。


 それでも彼女は、私を助けてくれて……今では、親しい友人として扱ってくれている。


 ブリジットが、真剣な顔になって私を見つめた。



「……死ぬな。それだけだ」



「ありがとう、ブリジット」

 この短い言葉に、どれだけの気持ちが込められている事か。


「……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"」


 摩耗した鋼のようなしっとりとした声で、リタル様が私の名を呼ぶ。

 ドラゴンの声で、人間の名が呼ばれる。


 ここに集っているのは、七人で六種族。陛下とブリジットが同じダークエルフである以外は、全員が違う種族だ。



「そなたらが、我ら(ドラゴン)の事を同胞と呼んでくれた事を、我らは忘れぬ。……そして、そなたも忘れるな。人の身だが、そなたもまた、リストレアという国に属する同胞である事を」



「……! ――はい」

 リタル様が、優しい語り口で告げてくれた言葉に喉が詰まり、うつむくようにして頷く。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。そなたは、我が国が誇る魔王軍最高幹部……我が最も信頼する六人の内の一人だ。そなたの忠誠と覚悟を、受け取ろう、病と毒の王よ。責務を果たせ。そして、最後の人間となるがよい」



 追い討ちを掛けるように、陛下も微笑まれる。

 ――どこを見ても、誰を見ても、あれ、私死んだ? という感じで優しい笑みしかない。


 リズ達で多少耐性がついたような気がしていたが、憎しみには慣れても、もしかしたら、優しさには慣れるという事はないのかもしれない。


 うろたえた挙げ句に、思わずフードを目深にかぶった。

 丁寧に整える暇がなかったので髪とかぐしゃぐしゃだが、今はそれよりも視線が痛……いや、優しい。


「ぶ、ブリジット。なんとかして」

「いやあ。陛下は私より偉いし、他の皆も同格だから」


 ははは、とわざとらしく笑うブリジット。

 初めて会った頃と比べて、えらく柔軟になったような気がするのは気のせいだろうか。


 いや、断じて気のせいではない。一体どんな悪い友達に悪い影響を受けた。


 と、やくたいもない思考で気を紛らわせていると、ブリジットが私に歩み寄ってきた。


「ブリジット? ――うわ!?」


 フードが下ろされ、髪がばさりと広がる。

 軽く顔にかかった分が払われ、そして何故か、頭を撫でられた。


 革手袋の感触と、ガントレットの金属同士が擦れる微かな音。

 優しく、けれど親しみの込められた、あまり遠慮のない手つき。


「な、何の真似?」

「いやあ、非道の悪鬼様のこんな姿は、滅多に見られそうにないから、つい」


 真面目な顔を作っているが、ブリジットの目が笑っている。


「戦争が終わったらいくらでも見せたげるから!」


 私が叫ぶと、ブリジットの口も笑った。



「――約束だぞ」



 そして、結局優しい視線を注ぎ続けられたという。


 いつか歴史にこの軍議が記される事があっても、この辺は絶対にカットしてもらわねばなるまい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うう、胸が詰まる みんな優しいー!
[一言] 本当に陛下と最高幹部たちが優しくて安心できる。 平和になってほしい
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