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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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無条件降伏


 投降。


 それは、新鮮な響きだった。

 他の言葉に置き換えると、降伏、降参、まいった――とにかく向こうはこれ以上の戦闘継続を、望まないという事。


「武器を捨てろ! ……投降する!」


 言葉通り、武器が捨てられていく。剣に弓矢、それに魔法の補助具たる、宝石のはまった杖。


 自主的な武装解除。――武器を捨てれば攻撃されない、というルールはないが。

 攻撃してはいけない、というルールも、ないが。


 それでも、『相手の良心』に期待した、といった所か。


 普通の戦争なら、投降という選択肢は現実的だ。

 誰も彼もが、命懸けで戦うかというと、そうでもない。


 それはまあ、大義があればそれを貫くための非道もよくある話だが。――うんざりするほどよくある話で、私にとっても馴染みのある話だが。


 それでも、目的が殺戮でないなら、投降した敵の命を助けた方が、結局は得な事が多いのだ。

 身代金が取れるかもしれないし、捕虜の交換はお互いに大体の数を揃える必要がある。


 捕虜という概念があるかどうかで、戦場の凄惨さは桁違いに変わる。


 死ぬまで戦うのと、戦いの大勢が決まるまで戦うのとでは、全く違う話なのだ。


「……どうするよ?」

 アイティースが私を振り返る。


 眼下の死霊騎士達からも、様子を窺う雰囲気が感じられた。

 それはまあ、レベッカやハーケンに任せてもいいのだが、最後の一兵まで戦うとなった場合、こちらが得るものはない。


 死ぬのは、一人でも少ない方がいい。



「――投降を受け入れよう」



 私は上空から告げた。


「私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。武器を捨て、拘束を受け入れろ……。ただし、少しでも怪しい動きをした場合は、容赦はしない……皆、油断はするな」


 空気が、少し緩んだ。

 凄惨な殺し合いが、終わったのだと。


「全ての敵軍へ通告する。武器を捨て、前へ進み出て列を作れ。膝を突き、地面を見よ。我が軍の精鋭達よ。背後へ並べ。――最高指揮官は進み出よ」


 言葉通り、ふらふらと一人が歩み出て、それが指揮官なのだろう。

 死霊騎士達に遠巻きに剣を突きつけられ、そこで止まった。


 そして、複数の列を作って並んだ敵軍の背後に、死霊騎士達が回り込む。


「下ろして、アイティース」

「いいのか?」


 小声でささやきあう。


「ああ。……礼は尽くす。上空で待機を」


「分かった」

 アイティースがリーフを少し離れた場所に下ろし、私はサマルカンドとハーケンを横に従えて、敵指揮官の前に立った。


「それでは、改めて投降の条件を……」

「条件はない。――皆! 武器を捨てた者達だ。無用な苦痛は与えるな」


 私は再び高度を取るグリフォンの羽音よりもなお大きく、声を張り上げた。



「――首を刈れ。速やかに死を与えよ」



「は?」


 拘束された敵、全員の首が、ほとんど同時に落ちた。

 背後に控えていた死霊騎士全員が、即座に命令に従い、剣を振り抜いた。 

 血まみれの戦場でなお、首の滑らかな切断面からしみ出した血が匂い立つ。


「……何を!?」

 背後を振り向いて、ほんの瞬きの間に残りの部下を全員失った事を知った彼は、視線を戻すと、絶望と驚愕に目を見開いたまま、私を問いただした。


「私は、一度でも言ったか? 命を保証すると」


 死ぬのは、一人でも少ない方がいい。

 それが、戦場の原則。


 そして、指揮官が責任を負うべきは、自軍の兵の命だけだ。


「捕虜に関する取り決めは何一つなく、物資を敵軍へ割く余裕はない……」


「――っ! どちらかが全滅するまで、戦うつもりか!?」


 その言葉は、実に虚しく響いた。

 私は仮面の裏で、力なくわらう。



「――もちろん、どちらかが全滅するまで戦うつもりだとも……」



「狂ってる……」

 彼は、頭を振ると、力なく吐き捨てた。


「とうに、狂気の幕は上がっている。貴公はまっとうな人間であり、まっとうな指揮官であるようだが……それゆえに、この戦場に相応しくない」


 『落とし所』が、あると思ったのか。


 そんな気持ちで、戦っていたのか。

 ――そんな、そんな、まっとうな心と理屈で、この戦場に立ったのか。


 怒りよりも、むしろ哀れみを覚える。


 彼と私は同じ種族。しかし、住む世界が違い、理屈が違った。

 そんな言葉は、もう聞けない。


 実に自分勝手な要求を交渉と称し一方的に突きつけ、そしてその後、仮にも交渉をした相手に、宣戦布告もなしに侵攻を開始する――そこにルールと呼べる理性はない。

 そして負けた時にだけ敵の良心に期待しようとするとは、残念としか言いようがない。


 少なくとも、私は敵の良心に期待する事だけはしない。

 そんなものは、戦場にないのだから。


 少なくとも私達は、さも戦場に理性と良心があるかのように振る舞い合う事を、選ばなかったのだから。


「『魔族を滅ぼせ』。我らは四百年以上前から、そう言って剣を向けられているのだから……」


 守りたい物が、ある。


 そしてそれは、敵の命より重い。

 自分の良心よりも、重い。



「……貴様の種族に災いあれ!」



「サマルカンド。指揮官殿に速やかな死を。投降したのだ。苦痛だけは与えるな」


「はっ。"睡眠(スリープ)"。――"死の言葉(ワード・オブ・デス)"」


 睡眠魔法からの、即死魔法。

 いつか私がリクエストした順番だ。

 地球の先進国の一部でも、魔法ではなく薬品によるものだが、同じような順番で死刑執行がされる。


 敵指揮官がくたりと倒れ、そしてその身体がびくんと跳ね、動かなくなった。

 本当に苦痛がないかは分からない。しかし、拷問の果ての死よりは、多分マシだろう。


 情報が欲しくなかったと言えば嘘になるが、敵はどうせ大軍だから進行ルートは分かりやすいし、証言の裏付けを取るための精神魔法の専門家もいない。

 拷も……尋問するなら、担当はリズとレベッカになるだろうが、大規模戦闘の後だ。休ませてやりたいし、万が一の脱走も怖い。


 フィクションの悪役さんは大抵、尋問して情報を引き出して、さらに拷問して自分が楽しんで、さらにさらに精神的に屈服させてから……と欲張るから全部をなくすのだ。


 それに私は『投降を受け入れた』。


 それはもちろん、条件は出していないが。

 命だけは助かると思ったのは、向こうの甘えだが。


 せめて苦痛の少ない死ぐらいは、与えてやりたかったのだ。


「それにしても……分かってて言ったはずはないけど……よりにもよって、最期の言葉が、『貴様の種族に災いあれ』……か」


 おかしくて、おかしくて、私は口の中を震わせるようにわらった。


「そうしようとも」



 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。

 種族、人間。

 目標、人類絶滅。



 この世界に死に際の呪いがあれば、あるいは、死に際の願いを叶えてくれる存在がいるのならば。

 災いの全ては、人間へと降りかかる事だろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 真っ当な指揮官だったんですねぇ。 「人間」の「上司」としてだけの話ですが。 魔族側から捕虜すら取らず北の僻地に追いやった所業を忘れ、自らが不利になった途端に「捕虜」にしてくれと叫ぶ。 「…
[良い点] >「……貴様の種族に災いあれ!」 それはもう降りかかってるんだよね。貴方がそう言った相手、『病毒の王』人間ですから。残念! [一言] あんたら『魔族は全て滅ぼす』って名目で戦争始めたんだ…
[気になる点] >「……貴様の種族に災いあれ!」 メイドの土産に、顔を見せてやれば良かったのにw
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